街中で死んでいた鼠を処理する準備をして道を歩いていると、行く先々で気味悪そうな目で見る人々とすれ違った。
リンネはこの街に来てもうすっかり馴染んではいるけれども、街中で死んでいる獣を焼くことにはまだ理解が得られていないのだ。
はじめはイーヴですら、獣を焼くことを気味悪がった。気味悪がったというよりは、疑問に思っていたというのが正しいだろうか。とにかく、獣を焼くということが異質な行動であるということだけは確かなのだ。
けれども、どの様な死因であれ、死んだ獣を放置しておくのは良くない。そんなことをすれば疫病が流行りやすくなる。リンネのかつての先生はそう言った。
焼く理由が伝わらなくても疫病を未然に防げるならと、リンネは先程見つけた鼠を通りの広い場所に移し、鼠の外側に薪を組んで松毬を入れる。そこに、火の付いた燐寸を差し込んだ。
大きな炎が立つ。毛皮と肉の焼ける匂いが漂い、異臭に気づいた街の人が遠巻きに集まってきている。
「リンネさんは、あれさえなければ良い人なのに……」
「でも、腐る前になんとかしてくれるのは助かる」
人々がそんな風に囁きあっているのが微かに聞こえる。でも、こう言うことには慣れていた。以前住んでいた村で死んだ獣を焼いていたときも、野次馬で集まった村人達に遠巻きに噂されたものだった。
以前師事していた先生に教わった流行病を防止する方法になかなか理解が得られないのはもどかしいけれども、街の人は気味悪がりながらも、街中に死骸を放置しておくよりはましだと思っているようだった。
鼠が焼き終わり、炭と灰だけになったものを踏みつけて地面と同化させる。本当は、どこか木の根元とかに撒いて栄養にしてしまうのが良いのだろうけれども、きっとこの街ではそのことに理解を得られない。この街で木の下といえば、憩いの場なのだ。憩いの場に穢れを持ち込まれたくない人は多いだろう。
すっかり鼠の処理を終えたリンネが帰ろうとすると、子供を連れた婦人が声を掛けてきた。
「あの、リンネさん」
「はい、なんでしょう」
「実は……」
少し怯えた様子でその婦人がいうには、他の場所でも鼠が死んでいるのだという。
これからの季節、餌となるものが増えるはずなのに、餓死する鼠がそんなにいるとは思えない。不審に思ったけれども、やはり放っておくことはできない。リンネは婦人にどこに鼠がいたかを教えて貰い、現場へと向かった。
言われたとおり、そこには何匹もの鼠が転がっていた。目を凝らしてよく見ると、どれも息絶えている。
冬場でもこんなに鼠が死んでいるところなどほとんど見ないのに、一体なぜ。疑問はつきないけれども、放っておくわけにはいかない。リンネはまたその鼠たちを開けた場所に移動させ、上に薪を組んで松毬を差し入れて燐寸で火を付けた。また異臭がする。その異臭はまるで、死してなお瘴気を撒き散らしているかのようだった。
鼠も燃え尽き、焼いたあとを踏んで処理してから、リンネは家に帰ろうと道を歩く。すると、行きには気づかなかったけれども、店の看板の影や路地に入った壁の影、それ以外にもいたる所で何匹もの鼠が死んでいることに気がついた。
思わず悪寒が走る。こんなに鼠が死んでいるというのは、一体どういうことなのだろう。さすがのリンネも、ここまで鼠の死骸を見掛けると気味悪さと恐怖を感じずにはいられない。鼠がこんなに死んでいるということは、鼠のあいだでなにかの流行病が起こっているのではないかと考えてしまうのだ。
鼠の流行病に人間が感染したらどうなるだろう。死んでいる鼠に素手で触れてしまった人がいたとしたら、それは悪い空想ではなくなるのだ。
とりあえず、他の人が触れる前に処理しなくてはいけない。リンネは両手いっぱいに鼠を掴んで開けた場所に集め、集め終わったところで薪を組んで火を付ける。異臭が漂い、それを嗅いだ街の人が遠巻きに集まってくる。
「リンネさん」
遠巻きに男が訊ねる。
「はい、なんでしょう」
「さっきも鼠を焼いてましたよね?
そんなに鼠の死骸がころがってるんですかい?」
その問いに、リンネは真剣な表情で答える。
「はい、とりあえず見掛けた分はこれで全部ですけれど、もしまたどこかで鼠が死んでいるのを見掛けたら、注意してください。
腐りかけの鼠を素手で触ると、良くありませんから」
普段おっとりしているリンネが、気迫を感じさせる様に話すのは珍しい。それもあってか、話し掛けてきた男は気圧された様子でいう。
「その時はリンネさん達にお知らせすれば良いですかね?」
「はい、僕かイーヴさんに伝えていただければ」
「他のお医者さんじゃあ、だめですかね?」
「それは……」
この街に住む他の医者は、動物が疫病を運ぶとは思っていない。だから、死んだ獣を焼くことには、否定的で無いにしろ確実に乗り気ではない。そうなると、直接リンネが全部やってしまうのが効率的だろう。
「他のお医者様も忙しいでしょうし、僕の所に伝えていただければ助かります」
そう言って街の人の協力をこじつけたけれども、なぜここまで鼠の死骸を見掛けるのか。その理由は今のリンネがいくら考えてもわからないことだ。
もしこのまま鼠の死骸が増えていくようなら、いずれイーヴをはじめ他の医者にも協力してもらわなければいけなくなるだろう。その時、どうやって医者達を説得するのか。
獣の死骸は瘴気を発する? 獣の死骸に触れると病がうつる? このふたつのどちらかの理由付けで上手く説明すれば説得できるかも知れないけれども、獣から人へ病気がうつるというのは、考えにくいことだといわれてしまえばそれで終わりだ。
どうすればいいのか。リンネはそれを考えながら家に戻った。