ある休日、私が家で何とも無しにパソコンを使ってインターネットを見ていた時のことです。
パソコンにインストールしてある音声チャットが受信しました。
誰かと思ったら、欧州や中東で崇拝されている神に仕え、医学を司る仕事して居ている天使、メディチネル様です。
「こんにちはメディチネル様、何か御用ですか?」
「美言さんおひさしぶりー。
今日はちょっと訊きたいことが有るんだ」
「訊きたいこと、ですか?」
わざわざ音声チャットを使ってまで訊きたいことと言うのは、なんなのでしょうか。
それを訊ねると、メディチネル様はこう切り出しました。
「うん、そっちの本ですごく人気なの有るじゃん。それなんだけど」
「はい、先日プリンセペル様からお電話戴きましたが、 発行予定はwebに載っている分より先はまだ決まっていませんよ?」
「ううん、発行予定なんじゃ無くって、実は、ネットオークションサイトで転売されてるのみかけちゃってさ」
「転売ですか」
転売ですか。正直言って好ましい事態ではありませんが、古本屋さんに売りに行くくらいの価格なら、 そこまで咎めることも無いと思います。
そう思っていたら、メディチネルさんはこう言います。
「元値の何倍もの値段付けて売ってたから、ちょっとこれはどうなの? って思ってさ。
そっちは小説を発行してる理由が理由だからそこまで気にしないかもだけど、一応言って置いた方が良いかなって」
何倍もの値段……いくら我は社が人が紡ぐ物語を広めるのが目的と言っても、 そう言う手法で楽なお金儲けに使われるのは良い気がしませんし、なにより、そんな何倍ものお金を払わなくても、 書店にて定価で買って戴けたらと思います。
「そうですね、わが紙の守出版では、まだ絶版になった小説というのはありませんので、 新品を定価で買えるアピールを頑張らないといけませんね」
「不安になって違法ダウンロードサイトにアップされてないかも調べたけど、そこの本は小説ばっかりだから、 それは難しかったみたいで見掛けなかったのは言っておくね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
そう言えば、我が社では漫画の扱いが無いですね。
今まで気づいていなかったのですが、それが今回は幸いしたという感じです。
「それじゃあ、転売してるページのアドレス送って置くから、そっちでどうするか相談してみてね」
「はい、わざわざご報告ありがとうございました。
こちらでも色々と調べて対応させて戴きます」
「難しい問題だと思うけど、頑張ってね。
僕達も、神も、紙の守さんを応援してるから。
じゃあねー」
折角の休日なのに、気が重くなる話を聞いてしまいましたね……
これはどう対応するか。会社に行ってから語主様に報告して、それから、思金様に相談する事にしましょう。
そして翌日。会社に出社した私は、語主様と思金様に、昨日メディチネル様から聞いた転売の話をしました。
「まじかよ……
転売ヤーからじゃ無くて、正規ルートで買って欲しいんだけど」
「当社に売り上げが入らないと困りますしね」
「でも、神の雷を転売ヤーに落とすのは簡単だけど、そうも行かないだろ。
どうしたら良いんだ?」
私と語主様で頭を悩ませて、ふいっと思金様の方を向くと、こんな返事が返ってきました。
「う~ん、古美術品なら資格が必要だからそこを突いて警察に通報って出来るけど、うちで出してるような本だと、 そうはいかないからなぁ」
うう~ん、確かに、我が社で出している本は古美術と言うにはほど遠いというか、普通にまだ新しい本ですから、 取り締まりが難しいですよね。
「思金でもお手上げか?」
「転売ヤーを懲らしめる方法を考えるって言う点では、良い案は思い浮かばないね。
だけど、うちの本を正規ルートで手に持って貰う方法は有るね」
なるほど? 我々としては転売して居る人を懲らしめることが目的なのでは無く、思金様が言う様に、 正規ルートで手に取って貰うのが目的です。
まぁ、それが結果的に転売をする人を懲らしめることにはなるかもしれませんが。
「そうなのか?
どうすれば良いんだ?」
「単純だよ。増刷して書店に置いて貰って、いっぱい宣伝すれば良いんだよ。
本屋さんで買えますよーって。
ネット通販サイトにも、定価でちゃんと納入しておけば、お客さんもより安い所で買おうとするでしょ」
至極真っ当な意見ですし、方法ですね。
それに、少し前に増刷するかどうかの会議もやっていたような。
「なるほどな。
でも、ネット通販サイトだと、偶にうちよりも安く出してる中古品があるだろ?」
「そこまでは気にしなくて良いのでは無いですか?
転売でボロ儲けしようとしている人が居るのが困っているわけで、普通に古本として安価で出している分には」
語主様は結構細かい所まで気にしているようですが、そこまで気にするのは何故なのでしょうかね。
「それでも、正規ルートで買って欲しいけどなー」
「お金にそんなこだわるなんて、語主は余り神らしくないね」
「人間社会に溶け込んで生活する以上、金が必要なんだよ!」
ああ、なるほど。確かに、お金が無いと、我々が会社を経営して、 物語を綴る人間のサポートをする事は出来なくなってしまいますね。
もっと神らしい方法でやる。と言う手段はあるのでしょうが、現在はこのスタイルで上手くいっているので、 やれるところまではやっていきたいところです。
「まぁ、語主の言う通り、お金が無いと何も出来ない。
そもそも、紙の守出版を立ち上げようって言ったのは僕だった気がするし」
「もっと金の掛からない方法を考えてくれても良かったんだけどな」
そう言えば、言い出しっぺは思金様でしたね。それを考えると、 なんで紙の守出版のトップが思金様で無いんだという感じはしますが、まぁ、 そこはいまいち任せきれないって言う気はしないでもないです。
「そうだね。
でも今すごく効率良いでしょ?
人間は権威に弱いからね」
「そう言う言い方は好かないけど、実際そうだからな」
「語主は随分と、人間くさいねぇ」
「そうか?」
「人間に近い神だなと、思うよ」
「そうか。そう思っとけ」
んんん、ちょっと微妙な空気になってきましたね。話を逸らさないと。
「取り敢えず、本の増刷をしますか?
するのでしたら、告知をSNSやブログで打ちますけれど」
「そうだな、増刷はもうちょっと前の会議で決まってたから、広告打って置いてくれ」
「かしこまりました」
その後も暫く語主様と思金様で話をして居ましたが、私は自分の机に戻り、パソコンからSNSとブログに、 増刷のお知らせを載せたのでした。