今日も今日とて編集部のお仕事。
先日、紙の守出版で抱えている作家さんから小説の原稿を受け取ったので、その組版を作っているところです。
小説の原稿の組版は印刷所でもやって戴けるそうなのですが、余り印刷所の手を煩わせてしまうのも気が引けますし、 今回原稿を受け取った作家さんは、いつも締め切りよりもだいぶ早めに仕上げて渡してくれているので、 こちらで組版を作ってしまうことが多いですね。
他の作家さんは結構締め切りが近かったり、偶に過ぎていたりする頃に原稿を上げてくるのですが、 組版のテンプレートは大体出来ているので、殆ど流し込むだけ。と言う状態なので、 割と当社の方で組版を作ってしまうことが多いです。
「美言ちゃん、組版まだ時間かかりそう?
「そうですね、一応誤字脱字のチェックもしつつなので、時間は掛かります」
「あれ? 校正には出してないの?」
「いつも校正をお願いしている方の仕事が詰まっているそうで、校正依頼はしたのですが、 提出前に組版と最低限のチェックはしておこうかと思って」
私が組版をしつつ誤字脱字のチェックをしていると、思金様が少し呆れたような顔をしてこう言いました。
「そうなの? 校正もお仕事なんだから、専門職の人からお仕事取るのは良くないと思うんだけど」
「んんん、そう言われるとそうなんですけど」
確かに、仕事を取ってしまうのは良くないですよね。出来れば専門の方に任せた方が、効率も良いでしょうし。
それは組版も同じなのでしょうが、うう……
「まあいいや。
それ終わったら、こっちの組版お願い出来る?」
私は難しい顔をしていたのでしょうか、思金様がぽんぽんと私の頭を叩いて、そんな依頼をしてきました。
それにしても。
「あれ? 思金様が書いてた原稿ってもう出来たですか?」
予想外に早く原稿が仕上がったという報告を聞いて驚く私に、思金様は自慢げに言います。
「うん。八百万神のことを書くだけなら、特に調べることも無いし、 ネット警備とかやってなければそんなに時間かからないよ」
「いや、いつもネット警備をしているから心配だったわけで……」
思金様が書いている原稿というのは、紙の守出版設立当初力を入れていた、 日本国の神道に関するムックに載せる物です。
今は小説とムックの売り上げが半々。といった感じなのですが、作家さんを確保出来るまでは、 神道系のムックを出して利益を出していました。
初めは少部数から始めたムックでしたが、その筋の方々から『本当に神様が書いたような本だ』と言う評判を戴きまして、 ベストセラーとまでは行かない物の、十分な売れ行きにはなった物です。
まぁ、『神様が書いたような本』と言われましても、実際神が書いている物なので、 どういう取材をしたかはお答え出来ないんですよね。
一応、出典等は書いているのですが……
私が小説の組版を片付け、思金様の原稿に手を着ける前に一旦休憩しようと、 会社の外にある自販機に向かうと、そこにはげんなりした様子の語主様が居ました。
「あの、どうなさったのですか?」
「きいて」
「聞く気があるから訊ねているのですが」
どうしたんでしょう、語主様がこんなに気落ちしているのは珍しいです。
普段は何か有ると割と怒る方に気持ちが行く方なんですよね。
その語主様が、やつれたような声でこう言います。
「この前、小説大賞やったじゃん」
「はい、やりましたね。
結構な数投稿がありましたけど、もしかしてもっと数欲しかったですか?」
「いや、処理能力に限界はあるから、数には不満は無い」
想定よりも投稿数が少なかったわけでは無い。では何が問題だったのかがきになったので、訊ねることにします。
「では、なんですか?」
「一次選考の時に、下読みのバイト雇ったじゃん」
「はい、雇いましたね」
下読みというのは、 投稿された小説を読んで貰って大まかに振り分ける作業。と捉えて戴けるとわかりやすいかと思います。
出来れば全ての作品を我々で読み込んで選びたいのですが、何せ紙の守出版はそこまで人数が居ないと言う事情が有り、 この度下読みのアルバイトを雇いました。
そのアルバイトさん達に、何か有ったのでしょうか?
「それで、1次選考から上がってきた小説読んだらどれも似たり寄ったりで、どういう事なのってなったんだよ」
「はぁ」
「それで、試しに選考漏れしたの幾つか読んだら、だいぶ違うテイストで結構面白いのいっぱい有って、もうほんと……」
「あああ……なるほど……」
これは、小説大賞とかをやっている出版社あるあるのようなのですが、いざ自分達がやるとなると、 自分達は大丈夫だと思いがちなんですよね。
実際の所、今回は大丈夫じゃ無かったみたいですけれど。
「これはバイトを雇う時に選ぶ目が無かった俺の責任なんだけど、結局もう一回うちの編集で全部読み直して、 選考し直したんだよ。
結果発表が遅れて、応募してくれた人達に申し訳ない」
暗い顔で缶コーヒーをちびちび飲んでいる語主様を見て、あ、これは相当胃に来てるなと思ったのですが、 小説大賞の選考に関しては私の管轄外なので、かける言葉も見つからず。
小銭を自販機に入れ、コーンポタージュ缶のボタンを二回押しました。
取り出し口から出したコーンポタージュ缶を片方、語主様に渡してなんとか言葉を返します。
「取り敢えず、カフェインは胃に悪いので、胃がやられてそうな時に飲むのは良くないですよ。
これをどうぞ」
「え? いいのか?」
「なんのために二つ買ったと思ってるんですか」
私がコーンポタージュ缶を振って開けると、語主様も缶コーヒーを呷ったあと、その缶をゴミ箱に捨て、 ポタージュ缶を振っています。
「あー、悪いな。
上司なのに部下に奢らせちゃって。
でも、ありがとな」
「はい。
今回のことは次回以降に生かしましょう。ね?」
「おう。おじさん頑張るわ」
「語主様がおじさんとなると、私もおばさんになるのでそう言うのやめてください」
「ごめん」
なんだか世知辛い話も出てきましたが、これで挫けていたら仕事を続けていくのはなかなかに難しい訳で。
暖かいコーンポタージュを飲み干した後、また組版をするために仕事場へ戻りました。