屋台の並ぶマーケット。そこをゆっくりと進む少年が居た。
少年は大きな亀に乗り、きょろきょろと周りを見渡しながら難しい顔をする。
「ねぇ、コウ。
おやっさんが確保したって言う売り場、この辺だったよね?」
少年の言葉に答えたのは、彼の乗っている亀。
「うんとね、ボクに訊かれてもわかんないから、ちょっとカイルロッドが地図見てくれる?」
「あいよ」
亀が喋った事に気がついた買い物客や屋台の店員が、驚いたような視線をカイルロッドの乗っている亀、コウに向けるが、 彼らはそのような事には慣れているようで特に気にしていない。
ゆっくりとマーケットを進みながらカイルロッドが地図を見て、周囲を見渡していると、 ぽっかりと屋台が置かれていない場所を見つけた。
「あ、コウ、そこだそこ。
やっと荷物下ろせるね、ご苦労様」
「いいのいいの。
カイルロッドの役に立つなら、どんな荷物だってへっちゃらだよ」
空いている場所に辿り着いたカイルロッドは、早速コウから降りて、載せていた荷物も下ろす。
それから、荷物の中から組み立て式の台を出して組み立てる。
組み立てた台の上に並べられたのは、色取り取りの石が付いたシルバー製の装飾具だ。
この街のマーケットは、食料品だけで無く衣料品や雑貨、それにこう言った装飾品も屋台に並べられているのだ。
カイルロッドが売る装飾品は、そんなに上等な物では無い。
シルバー製とは言え、シルバーの純度もそんなに高い訳でも無く、付いている石も宝石と言えるような物では無い。
ただ、一般庶民がお洒落やお守りとして身につけるのには十分な物だった。
こうやって販売するシルバー製のアクセサリーを仕入れるのもカイルロッドの仕事なのだが、 彼は基本的に新品は仕入れない。基本的に中古品だ。
新品を職人から買うとなると仕入れの時に値切る事が難しいのだが、中古品なら交渉相手は商売人、 遠慮無く値切れるのだ。
値段交渉の事も理由としては有るが、他にも中古品を仕入れる理由は有る。
職人は自分が作る物の素材を良く理解しているが、中古品を売る商売人は素材の事がよく解っていなかったりする。
その隙を突き、カイルロッドが持てる知識を総動員して言いくるめ、値下げをさせるのだ。
そんな感じで、中古品を適正価格よりも安く仕入れ、こうやって旅を続けた先の街のマーケットで、 値段を上乗せして売っている。
台の上に売り物を並べても、カイルロッドは折りたたみ式の椅子に座ったまま、客の呼び込みはあまりしない。
興味の無い人に無理矢理眺めさせても評判が悪くなるだけだし、興味のある人は勝手に見ていくから。
小さな木の板に細々と書かれている装飾具の値段は、 あらかじめこの街で流通している硬貨の純度を見極めた上で設定されている。
今回は、純度が低いとは言えシルバーで石の付いた指輪が銀貨一枚か二枚、物によっては銅貨で買える値段設定だが、 それはこの街の銀貨や銅貨の純度が高い事を考慮しての事だ。
純度の高い硬貨は、他の街で使う時に有利になる。
純度の高い金属は、どんな形であれそれだけで価値のある物なのだ。
「あら坊や、あなたみたいな子がこんなシルバーのアクセサリーを売ってるなんて。
信用して良いの?」
店番をしているうちに、裕福そうな婦人がからかっているような、それでいて興味深そうな様子で話しかけてきた。
その婦人に、カイルロッドは臆する事無く言葉を返す。
「そうですね、正直言うと、シルバーの純度という点では信用ならないかもしれません。
この価格ですし、純度は落ちます。
しかし、丁寧に作られている物ですし、付いている石も高価では無い物の綺麗な物ばかりです。
ご婦人がお戯れに身を飾るのには手軽な物だと思いますよ」
その言葉に、婦人はじっくりと品物を見始める。
「まだ若いのに、こう言う物の価値がちゃんと解ってのね、偉いわ。
実は私、こう言った装飾具に関しては少しうるさいのよ。
あなたがでたらめな事を言ったら、お友達に信用ならない小僧が居るとか話しちゃってたかもしれないけど、 あなたは信用出来る子みたいね。正直な子は好きよ」
そう笑った婦人は、台の上に乗せられている装飾具の中で、一番高価な物を手に取り財布を取り出す。
銀貨数枚をカイルロッドに渡し、こう訊ねてきた。
「あなた、普段このマーケットで見ない顔だけど、旅の商人か何か?」
「そうなんです。この街に暫く居て、そのうちまた他の街に移動しますよ」
「あら、良いお店は何時までも居て欲しいけどねぇ」
「旅をしながら仕入れもしてるんで、定住は出来ないんですよね。
あ、でも、この街には十日程居るつもりなので、良かったらその間にご婦人のお友達も連れてきてくださいよ」
お金のやりとりの後も少し和気藹々と話し、婦人は今度はお友達も連れてくるわ。と言って去って行った。
それから日が暮れて。
カイルロッドは彼の所属する小さな旅商人のグループが取った宿の、厩にいた。
高級な宿という訳でも無く、ごく普通の宿。
他のメンバーは宿の部屋でゆっくり休むのだが、何処の街のどんな宿でも、カイルロッドは厩で睡眠を取るのだ。
何故厩なのかというと、理由は一つ。
「ねぇ、カイルロッドも偶にはふかふかのおふとんで寝て良いんだよ」
「ん~……
僕はふかふかの布団より、コウと一緒の方が良い」
宿の部屋に入りきらないコウと一緒に居られるように、厩にいるのだ。
野営の時にも使っている、しっかりはしているけれども分厚くは無い掛布を被り、コウにもたれかかる。
コウは陸地で普通に過ごしているが、本当は水場に棲んでいる筈の亀だ。だから、陸亀と比べると甲羅が平べったく、 もたれかかるのに丁度良い。
水に不自由する事も多い旅路は、コウにとっては辛い物だろうとカイルロッドは思って居るのだが、 コウ曰く、水気の少ない所でずっと過ごしていたら慣れてきたから大丈夫。との事だったので、 それを聞いて以来余り水場が恋しいかについてコウに訊くのは控えている。
本当に慣れているのか、はたまた強がっているだけなのか、その判断はカイルロッドには出来ないのだが、 コウの言葉を信用しない事の方がコウに対して悪いと思うので、そうしているのだ。
「ねぇ、コウは僕と一緒に居るのが嫌になる事、ある?」
「うーん、もしかしたらあるかもしれないけど、思い出せないからいいや。
ボクはカイルロッドと一緒が嬉しいよ」
「そうかぁ、僕も、ずっとコウと一緒が良いなぁ」
お互いぼんやりと話をしながら、少しずつろれつが回らなくなっていく。
辺りに静寂が満ちた頃には、カイルロッドもコウも、深い眠りについていた。
翌日、カイルロッドとコウは昨日と同じ場所で屋台を開いていた。
街行く人が、装飾品を眺めて購入したり、偶に喋るコウに驚き、珍しい亀だと言ってコウの頭を撫でていったりしている。
少し人並みが途切れた所で、コウがカイルロッドに訊ねた。
「そういえば、どうやってシルバーの純度とか見てるの?
見ただけで解るの?」
その問いにカイルロッドは頭を撫でながら答える。
「意外と見た目で解っちゃったりするよ。光りかたとか、あと黒ずみの付き方も違ってくるしね。
手に持った時の重さでも何となく解るし。
でもこれって、他の人からすれば勘って奴なのかなぁ?」
「すごいなぁ!カイルロッドはすごいなぁ!」
嬉しそうにそうはしゃぐコウに、カイルロッドも照れたような様子を見せる。
そんなこんなで、今日もマーケットの一角に座っていたのだった。