ある時訪れたある街で、カイルロッド一行は部屋がやたらと大きい宿に泊まる事になった。
その街はとにかく土地だけはあると言った場所で、普通の宿でも一部屋が大きく、平たい作りなのだ。
頭が宿の店主と交渉した結果、コウも部屋の中に入れる事になった。
それを聞いてコウは大喜び。
「カイルロッド、一緒にお部屋に入れるよ!
ふかふかのおふとんだね!」
「そうだね、布団なんて何年ぶりだろ」
カイルロッドも嬉しそうにコウの頭を撫でている訳なのだが、その様子を見てアリーシャは少し呆れた様にこう言う。
「全く、仲が良いのは良いんだけど、 カイルロッドもコウにばっかりべったりじゃ無くて可愛い女の子探したらどうなの?」
「あ、心底興味無い」
即答するカイルロッドにアリーシャは、まだまだお子様ね。等と言っている。
ともかく、カイルロッドとコウは、旅商人グループの男性陣と同じ部屋に入る事となった。
市場の下見も終え、夕食時。
酒場もとにかく広いので、普段は入る事の出来ないコウも一緒に入り、カイルロッドと一緒に食事をしていた。
薄めの味付けのスープに、固いパン。
カイルロッドはパンをスープに浸しながら食べ、コウはそのまま丸かじりしている。
ふと、周囲が歓声で沸き始めた。
何かと思ったら、アリーシャが踊りを披露しているのだ。
そう言えばアリーシャが酒場で踊っている所を見るのは初めてだなと思いながらも、 殆ど踊りを見る事も無く黙々と食事を続ける。
カイルロッドの様子を見ていた旅商人仲間が、こんな事を言う。
「アリーシャちゃんって、お前が思ってるより踊り上手いんだぞ?
カイルロッドは滅多に見る機会もないんだから、今の内に見て置いた方が良いぞ」
その言葉に、カイルロッドは口の中の物を飲み込んで応える。
「別に踊りを見てもお腹がふくれる訳じゃ無いし。
どっちかって言うと食べ物を凝視しながら食べた方がお腹ふくれるし、食べながら踊りを見る必要ないよね」
「そんな事言ってまぁ。
もしかして、じっくり見るのが恥ずかしいのか?」
「いや、心底興味無いだけ」
全く空気を読まずにそう言い放ち、カイルロッドはコウにパンのおかわりをあげている。
黙々と食事を続け、食べ終わるとコウと共にさっさと酒場から出て行ってしまうカイルロッド。
酒場の隣にある宿の部屋に入るなり、ベッドから掛け布団を一枚床に下ろし、コウに寄りかかる。
「あ~、布団ふかふかだぁ」
「おふとん気持ちいい?」
「気持ちいいけど、なんかいつもと違いすぎて違和感有るなぁ」
そうやって暫く和んでいると、仲間達も部屋に戻ってきた。
今日は旅の疲れを癒やそうと、皆早々に眠りについた。
真夜中、カイルロッドは眠りの中で声を聞いた気がした。
おい、起きろ。そう言われたのは夢の中でなのか、それとも仲間の内誰かがそう呼んだのか。
疑問に思いながらコウに預けていた背中を起こすと、部屋の中で動いている何者かと目が合った。
他の仲間達は寝ている。では一体何者か。
そう思ったカイルロッドはすぐさまコウを揺すり起こし声をかけた。
「コウ、あいつを逃がすな!」
コウも異変を感じ取ったのか、すぐさまカイルロッドの声に応える。
誰かも解らない人影は、宿の中を走って逃げ始めたが、コウは一般的にイメージされている物よりもずっと早く走り、 瞬く間に追いついて人影にのしかかった。
「捕まえたよ!」
コウの言葉にカイルロッドが駆け寄ると、コウが押さえ込んでいるのは宿屋の店主。
しかも、何故か手にはカイルロッド達が管理している筈の、金袋が握られていた。
それを見て、カイルロッドはにやりと笑う。
「へぇ、ここって追いはぎ宿だったんだ。
ふ~ん、僕知らなかったなぁ」
そう言いながら、店主に追い打ちをかける様に、コウの上に乗る。
離せ離せと暴れる店主に、カイルロッドは笑顔を崩さずに語りかける。
「離して欲しいの?何を離すの?
もしかして胴体と頭を離して欲しいの?
いいよ、やったげる。
この子はねぇ、丸太だって食べられるくらい顎が丈夫なんだよ、それくらいお安い御用さ。
え?違うの?じゃあ何?」
大きな亀の上からかけられたその言葉に恐怖を感じたのか、店主は大きな悲鳴を上げる。
それを聞きつけた他の旅商人達が駆けつけ、店主を取り囲んだ訳なのだが、 店主が握っている物を見て皆が笑顔を浮かべる。
「そっかそっか、この宿はそんなに経営が苦しいんだな」
「そうだな。それじゃあ余り辛い思いをさせちゃ悪いかな」
「カイルロッド、何だったら店主を楽にしてやっても良いよ」
取り囲まれてもはや悲鳴も出せない店主に、カイルロッドがとどめを刺す。
「地獄の沙汰も金次第って言う言葉が、東洋には有るみたいだね」
完全に言葉で心臓を潰された店主は、奪おうとした金袋を素直に手放しただけで無く、 宿にあるお金も全てカイルロッド達に譲った事で、何とか命を繋いだのだった。
追いはぎ宿の店主を街の治安部隊に手渡したカイルロッド達は、今度は別の宿を取る事になった。
今度の宿は広いとは言えコウが入れる程の物では無かったので、カイルロッドはまた厩で寝る事になった。
「やっぱこの方が落ち着くなぁ」
「おふとんはいいの?
ふかふかじゃなくていいの?」
「ふかふかよりもぺったんこの方が落ち着く。
それに、ここに居ればコウと一緒に居られるし」
「一緒嬉しい?ボクも嬉しい!」
お互い寄り添い合って話をしている内に、ふとコウがこんな事を言った。
「ねぇ、カイルロッドはお嫁さんどうするの?」
「お嫁さん?何でまた」
「カイルロッドももうすぐ大人の仲間入りだよね、そしたらお嫁さん欲しいよね」
大人になったら結婚して、子供を作る物だと無邪気に思い込んでいるコウに、カイルロッドは悩みながら答えを返す。
「そうだね、大人になったらお嫁さん貰わなきゃいけないのか。
でも、僕はまだ女の子に興味ないし、お嫁さんの事なんて全然想像出来ないなぁ」
「同い年のアリーシャちゃんは理想の男の子がどうっていうお話よくしてるよ?」
「そうだけどさ。
僕も理想の女の子に会えたら興味湧くのかな?」
「理想の女の子って、どんな子?」
「あ、それすら考えた事無いや」
思っていた以上に女の子に興味が無い事に気がついたカイルロッドは、自分の事ながらその事実に少し驚く。
けれども、余りそう言う事で焦っても良い事は無いだろうと、興味津々なコウに言い聞かせる。
「じゃあ、カイルロッドはまだボクと一緒?」
「まだ。じゃなくてずっと一緒」
「お嫁さん貰っても一緒?」
「うん。コウの事を嫌がる女の子はそもそもお嫁さんにしない」
「ほんと?
一緒だね!ずっと一緒!」
お互いにずっと一緒に居ると何度も言い合い、そうしている内に言葉数が少なくなっていく。
今度こそ、カイルロッドとコウはゆっくりと眠る事が出来たのだった。
その日の晩、夢を見た。
苔の様な物が入った水晶を陽にかざし、笑顔を浮かべる女性の夢。
朧気な夢の中でカイルロッドは、見た事も無い筈のその女性に懐かしさを感じていた。