そして翌週の日曜日、ロリータ向け即売会『ヴィクトリアン・ア・ラ・モード』当日。
悠希と匠は即売会会場の最寄り駅で待ち合わせをし、会場に向かった。
会場内はペット持ち込み禁止なので、鎌谷はお留守番である。
黒いスーツに赤いネクタイ、それにシルクハットを被った悠希と、 黒いミニ丈のドレスに白いレースをあしらった服を来た匠は、大荷物を持って入場する。
自分達用に用意された場所を探し、机の上に真っ黒な布を敷き、設営を始めた。
まず匠がカートの中から縦長の網を三枚取り出し、眼鏡クリップで固定。
それをL字型にして立てる。
一方悠希は、鞄の中から折り畳み式のラックを取り出し、 敷き布と同素材で出来たカバーを被せた。
二人が取り出したアクセサリーは簡単に作り出された土台の上に、 あれよあれよという間に飾り付けられる。
「ど、どうしよう匠。
またアクセサリーが置ききれないよ…」
「置ききれないんじゃなくて置くの。
レイアウトは私がやるから、お兄ちゃんはお会計の準備してて。」
どうやらアクセサリーを作りすぎたらしく、かなりきちきちの配置だ。
しかも、悠希の言葉から察するに、 置ききれないほどアクセサリーを持ち込んだのは今回に限った事では無い様子。
匠も慣れた物で、多少見づらい物の、見事全て展示してみせる。
会場中の出展者が準備し終わった頃、一般入場者の入場が始まった。
狭い会場の何処からも望める入り口から入って来るのは、丈に違いこそあれど、 匠の様にドレスを着た女の子ばかりだ。
只でさえ女性比率が高い会場の女性比率がどんどん上がり、 男だと言うだけで悠希の存在が目立ってくる。
何だかソワソワしてきた悠希は、携帯電話を取り出しメールの確認をし始めた。
「どうしたのお兄ちゃん。」
「いやぁ、今日ジョルジュが彼女さんと一緒に来るって言ってたから…
何時頃来るかメールに書いてあったかなと思って。」
「え?あの似非フランス人、来るの?」
「似非フランス人って…」
ジョルジュ・ド・三道。
悠希の短大時代の友人で、ネオ・フランス出身の母親と、 大日本帝國の軍人をしている父親の間に産まれた日系ハーフである。
どうにも胡散臭い言動が気になる様で、匠からは似非フランス人呼ばわりされている。
其のジョルジュが、彼女を連れて来るというのだ。
悠希もまだジョルジュの彼女というのは会った事が無いので、実際に会って話すとどうなるのか、 少し不安だ。
そうこうしている内にも、会場内を見回る一般客が、悠希達の店舗もしげしげと見つめては、 品定めをしていく。
「良かったらお鏡で合わせてみて下さい。」
アクセサリーを手に取るお客さんに、匠が鏡を差し出して、接客をする。
その傍らで、悠希は他のお客さんの対応をしている。
とは言っても、黙ってお客さんの動向を見つめ、アクセサリーを元に戻す時や、 値段を聞かれた時に少し手や口を出す程度だ。
暫く経ち、客足が途絶えた頃に、珍しく男性客がやって来た。
「やあ悠希、調子はどうかな?」
ゴシック調のスーツを着た男性が悠希に話しかけると、悠希の表情が明るくなる。
「ジョルジュ!
何時来るのかと思って待ってたんだよ。」
「はっはっは、僕が来るのを心待ちにしているとは、有り難いことだ。
そう、君に紹介したい人が居るんだけど、良いかな。」
「うん、いいよ。」
快く承諾すると、ジョルジュが手招きをする。
そしてジョルジュの元に現れたのは、結い上げた金髪にティアラをあしらい、 細身だがバッスルの膨らんだドレスを着た女性。
ロリータを見慣れている悠希や匠でも、これには流石に驚く。
「もしかして…彼女さん?」
心なしか周囲が輝くエフェクトが掛かっている感じのするジョルジュの連れについて訊ねると、 彼は誇らしげに答えた。
「そうだとも。
どうだい?優雅で気品溢れる美しい女性だろう。
フランシーヌ、彼が僕の友達の悠希。その隣にいるのが妹の匠さんだよ。」
「初めまして、わたくしフランシーヌと申します。
悠希さんも匠さんも、これから宜しくお願いしますわ。」
レースがあしらわれた扇子で口元を隠し、フランシーヌが優雅に微笑む。
そんな彼女を見て、悠希と匠の心は一気に十八世紀までトリップした。
「すいません、フランス革命で処刑されてませんでしたか?」
「匠!この人はマリー・アントワネットじゃないよ!
あああああ、フランシーヌさんすいません!」
うっかり滑った匠の口に、悠希が挙動不審になりながら弁解する。
「お気になさらないで、良く言われますの。」
「フランシーヌの美しさは、 可憐な薔薇と絶賛されたマリー・アントワネットと並び称されているのさ。
だから、マリー・アントワネット本人と勘違いしてしまっても仕方がない。」
勘違いの原因は美しさ云々ではないのだが、 ジョルジュはジョルジュで都合の良い方向に勘違いを押し進める。
心の中が二進も三進も行かなくなった悠希は、無理矢理話題を変えた。
「そういえばフランシーヌさんもハーフなんですか?」
脱色したとは思えない艶やかな金髪を見て、悠希がフランシーヌに訊ねると、彼女は快く答える。
「いいえ、わたくしはネオ・フランスの出身ですわ。
ネオ・フランスの貴族だったのですけれど、領民の叛乱がありまして、 数年前に大日本帝國に亡命して参りましたの。」
「待って、今さりげなく国際情勢に関わる事言いませんでした?」
さりげないフランシーヌの爆弾発言を聞き逃さなかった匠がフランシーヌに突っ込む。
ジョルジュも流石にこれは不味いと思ったのか、フランシーヌの手を取り窘める。
「フランシーヌ、余りそういうことを言ってはいけないよ。
君の身が危険に晒されてしまう。」
「御免なさい、ジョルジュ。
ずっと貴方と護衛の方が付いていてくれるから、つい安心して失言してしまいましたわ。」
「え?」
「護衛?」
フランシーヌの護衛となると、身分を鑑みるに軍人だろう。
何処に護衛が居るのか気になった悠希と匠は、思わず周囲を見渡す。
すると、少し離れた所に時折こちらの様子を窺っている、 ピンク色の髪の毛が黒スーツから浮いている女性が居た。
悠希と匠は、他の人に聞こえない様小声で話す。
「お兄ちゃん、あの人…」
「お姉ちゃんだよね…」
悠希の姉は国立の美大を出た後、何故か軍からスカウトされ、今現在、軍で指揮を執っている。
諜報部の人員なので、諜報活動や要人の護衛が主な仕事だ。
平和な世の中になったとは言え、軍の仕事はフランシーヌの護衛を含め、 絶える事は無いのである。
そうと解っていても、まさか自分の姉が、 自分の友人の彼女の護衛をやっているなんて普通は思わない物で、 悠希も匠も姉にどんな顔をすればいいのか考え倦ねていた。