悠希と匠と鎌谷の三人で大通りを歩いていると、交差点に有る銀行が騒がしい。
パトカーも止まっているので、どうやら警察も居るようだ。
「何が有ったんだろ?匠、何だと思…
…あれ?」
「匠ちゃんだったら一目散にどっか行ったぜ。」
鎌谷の言う通り、どこにも匠の姿が見あたらない。
その事実に気づいた悠希は、頭を抱えてしゃがみ込む。
「どうしよう、鎌谷くん。僕、匠に見捨てられたかな?呆れられちゃったかなぁ…」
「すぐに思考のデフレーション起こすなよ、おめーは。」
泣きだしそうな悠希を軽くあしらって、鎌谷は事件現場の銀行へと向かう。
「面白そうだから俺見に行ってみるわ。」
「え?
あっ、待ってよ鎌谷く~ん!」
頭を抱えていた悠希も、べそをかきながら鎌谷の後を追うのだった。
もう日も落ちてきた大通り。銀行の周りには人垣が出来ている。
「何が起こってるの~?」
人垣に阻まれて何も見えない悠希を置いて、鎌谷が足下をかいくぐり、状況を見に行く。
銀行の前に覆面の男と、それにナイフを突きつけられた女性銀行員が出てきた。
明らかに強盗事件である。
(へ~最近物騒やね。俺犬だから知らんけど。)
人間の愚行を見た鎌谷は、呆れた顔でその状況を見つめる。
一方の悠希は、何とか人垣を掻き分けて、鎌谷の元に辿り着いた。
「うわぁ、人質だよ、強盗だよ、助けて茄子MANさん…!」
涙がこぼれる一歩手前になりながら、救世主が現れるのを願う。
其処へ、少女の声が凛と響いた。
「巨悪はびこる大都会。
些細な悪事も見逃さない。
夜型魔女っ子戦士、スペードペイジ参上!」
声の方を振り向くと、向かいの銀行の屋上に一人の少女が立っていた。
クリーム色でハイネック且つハイレグのフリル付きレオタードの下には、緑の長袖とタイツを着て、 頭には長く二股にとんがった緑色の帽子を被り、長い前髪だけを出してなびかせている。
その姿は、近頃週刊誌を賑わせている正義の味方そのものだった。
「行くわよ悪党!とうっ!」
信じられない跳躍力でスペードペイジは向かいの銀行から跳び、強盗の前で着地する。
「くっ…来るな!
ひ、ひ、ひ、人質がどうなっても良いのか!」
「卑怯物!だけど、あなたは人質さんに何もできないわ!」
突如現れた正義の魔法少女の姿に、周囲から歓声が沸く。
この状況下に置かれた悠希は、ただただおろおろするしかない。
「…茄子MANさん…
何で来てくれないのぉ…」
「夜勤だろ。」
他の正義の味方が目の前に居るにも関わらず、悠希は尚も茄子MANに助けを求める。
素っ気なく言葉を返した鎌谷は、じっくりとスペードペイジを観察する。
鎌谷の好みは少女よりも熟女なのだが、何かが引っかかった。
正確には引っかかる物があると言うより、
(スペードペイジって匠ちゃんじゃねーの?)
という確信が有った。
理由は簡単。スペードペイジは全く顔を隠していない。
そしてその顔が先程まで一緒に行動していた匠と同じなのだ。
これで気づかない悠希は全く持って鈍感で有ると、鎌谷は溜息をついた。
強盗対スペードペイジの睨み合いは、新展開を迎えていた。
「メジャーアルカナ、シャッフル!」
かけ声と共にスペードペイジが両腕を左右に広げると、 二十二枚のカードが彼女の周りで舞い始める。
流石にこれには強盗も驚く。
スペードペイジは真剣な顔で、舞っているカードの中から一枚引き、表面を強盗に向ける。
「ザ・ハングドマン。
あなたはこのカードから逃げられない。」
次の瞬間、強盗の体が宙に浮き、逆さまになる。その隙に人質は逃げ、強盗は無事御用となった。
「スペードペイジ・フォー・ジャスティス!
それじゃあごきげんよう。」
熱烈な民衆の声を背に受けて、スペードペイジは何処かへと消える。
それはあんまりにもあんまりな光景で、鎌谷は気分転換に煙草を吸うのだった。
犯人が御用となり、人垣が散り始めても、悠希はまだおろおろしている。
「茄子MANさん、どうして来てくれなかったの…」
「だから夜勤だろ?」
だるそうに鎌谷が煙草の煙を吐くと、交差点の角から匠が現れた。
「お兄ちゃん、鎌谷くん、こんな所に居たの?」
息を切らせて走ってくる匠を、悠希がきょとんとした目で見る。
「鎌谷くんが気になるからって…
ところで、その帽子何?」
「え?」
匠が頭に手をやると、緑色の長く二股にとんがった帽子が乗っかっている。
それに気づいて匠は慌てて帽子を脱ぎ、鞄に仕舞う。
「あはは、そこの通りのお店にあって、可愛かったから買っちゃった。」
「そうなんだ。さっき強盗をやっつけた女の子もそんな帽子被ってたんだよ。
同じお店で買ったのかなぁ?」
「そ、そうなんだ。
きっと同じお店で買ったんだよ。」
真実に何一つ気づいていない悠希と、冷や汗を流しながら誤魔化す匠を見ながら、鎌谷は思った。
(こんなに正義の味方に優しい一般人、他に居ないよな。)