あれから暫くして、悠希は体に異変を感じる様になった。
「痛っ!」
鎌谷の晩ご飯に、犬缶を開けた時の事、手元がぶれて、缶の蓋で指を切ってしまう。
この所、手足の震えと目眩が止まらない。
薬が切れてそうなっているのだろうから、早く病院に行けと鎌谷は言っているのだが、 病院に電話するのも何だか怖い気がするので、悠希はそのまま病院の日を待っている。
皿に盛った犬缶を鎌谷の所へ持っていこうとする悠希。
鎌谷もそれを察し、テーブルに向かって座っていると、突然悠希が倒れた。
「おい、どうしたんだよ!」
万年床の上に犬缶をぶちまけたまま倒れる悠希を、鎌谷が揺する。
『発作を起こした。』
そう直感した鎌谷は、犬缶に目もくれず、玄関から飛び出した。
悠希が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
「あら、起きた?
発作起こしたって聞いたから、お母さんビックリしちゃったじゃない。」
「…あれ?
お母さん、ここ何処?」
「救急病院。お友達から電話が来たんだよ~。」
酸っぱい顔をしている母の横には、心配そうな顔をした父もいる。
「鎌谷君から話は聞いたよ。
薬が無くなったら、すぐに病院に行かなきゃ。」
どうやら発作を起こして倒れたらしいと言う事を、悠希はまだぼんやりとした頭で察した。
「倒れちゃったんだぁ…
お父さん、何時帰れるかなぁ?」
もう帰る気で居る悠希に、やっぱりと言った様子で父が答える。
「とりあえず色々検査とかしたけど、意識が戻ったら退院出来るって先生が言ってたよ。」
「そうか、よかったぁ…」
「じゃあ、お母さん先生呼んでくるわね。」
意識が戻ったので安心したのか、両親の顔に笑みが浮かんだ。
結局悠希は丸一日意識がなかったらしく、入院と言う事になっていたので、 母が退院手続きをしに行く。
その間、悠希は入院用の浴衣から、母が持って来た数少ない自前の洋服に着替える。
手続きに手間取っているのか、なかなか帰ってこない母を待っていると、 父がぽつりと悠希に言った。
「悠希が入院したって聞いて、友達が沢山来てるんだよ。
昔はあんなに友達が居なかったのに、いつの間にかいっぱい友達が出来て、 お父さん安心したよ。」
そんなに沢山、と言うほど友人の心当たりは無いのだが、嬉しそうに話す父の手前、 そんな事は言えないのだった。
退院手続きが終わり、病院のロビーに行くと、知った顔が沢山、悠希のことを待っていた。
「だから早く病院いけって言っただろーが。」
乱暴な言葉遣いとは裏腹に、少し涙目の鎌谷が悠希に駆け寄る。
「鎌谷くん、ゴメンね。
それにみんなも…」
悠希は鎌谷の事を抱き上げて、来てくれた人達の顔を一人一人見た。
「鎌谷君の言う通りよ。何のために出されている薬なの?」
少し怒った顔の聖史。
「お兄ちゃん、もう大丈夫?」
泣きそうな顔の匠。
「良かった、生き返った。」
「救急車呼んだ時、息止まってたからね。」
この二人が救急車を呼んでくれたのだろう、安堵の表情を浮かべるカナメと美夏。
それ以外にも、アレク、ジョルジュ、フランシーヌ、琉菜、七海、岸本、茄子MAN、 ココア、戦闘員がそれぞれ十人十色の表情をして待っている。
「お父さん、友達じゃない人が混じってるんだけど何か勘違いしてない?」
「うん、お父さんも改めて見て、何かおかしいなと思ったよ。」
友達じゃないと言われているのが自分だという自覚があるのだろうか、 ココアがはっとして悠希に言う。
「袖擦り合うも他生の縁と言うだろう。
縁は何事も大切にしなくてはな。
茄子MANがお前の御見舞いに行くと言うから付いてきたのだ。」
「何時の間に茄子MANさんと仲良くなったんですか?」
茄子MANに付いてきたと言う所を悠希に鋭く突かれ、弁明する。
「勘違いするな。
今お前に死なれては困る、それだけだ!
お前達、帰るぞ!」
「キー!」
「キー!」
結局何をしたいのか判らないまま、ココアは戦闘員を引き連れて帰って行ってしまった。
ふと、ココアが座っていた跡を見ると、メッセージカードが添えられた、 小さな花束が置かれている。
そのカードは悠希宛の物で、開いてみてみると、『早く良くなって下さい。』と、 一言だけ書いてあった。
「少年、思いも寄らぬ人物から心配される事も有る。
覚えておくと良い。」
すぐ横に座っていた茄子MANにそう言われ、悠希の視界がぼやける。
「…ありがとう…」
悠希のその言葉は誰に向けられた物か定かではないが、一粒の涙と一緒に、ぽろりと零れた。