悠希には姉が一人と妹が一人居る。 余り連絡を取る事は無いのだが、時々妹から『一緒に即売会に出ない?』と誘われる事がある。
初めはフリーマーケットの様な物だと思っていたのだが、少し違った雰囲気だった。
けれども、こぢんまりとしていて何となく内向的な感じがする即売会は、 しっかりと悠希の心を掴んでいた。
妹と一緒に出ている即売会、『ヴィクトリアン・ア・ラ・モード』は、 少し前から流行りだしたロリータファッションを身に纏う乙女の為の催し物だ。
出店側として参加するからには作品を作らなくてはならない。
創作意欲を刺激される其の催し物は、短期とは言え美術大学に通っていた悠希に取っては、 楽しみの一つだった。
今日は、妹の匠と一緒に浅草橋のビーズショップを回っている。
兄は着物に袴、妹は黒いフリフリのミニドレスで、二人揃って長い前髪を出したポニーテール。
そんな訳で周囲から好奇の視線を浴びながら、二人は買い物をしていた。
「お兄ちゃん、何か良いの有った?」
チェコグラスやベネチアングラスの前を行ったり来たりしている悠希に、 買い物袋を下げた匠が話しかけてくる。
ぼーっとしていた悠希はそれに気づき、匠の手提を見て訊ねた。
「ああ、やっぱり手作業の味があるビーズを使いたいなって思って。
匠は何買ったの?」
「私?スワロの4ミリと6ミリ。あと天使モチーフと十字架モチーフ。
簡単なクロスネックレス作ろうかなと思って。」
「スワロかぁ…
スワロの算盤型は肌辺りが痛いからなぁ。
いつも通りチェコにしようかな。」
そう言って悩む悠希に、匠が思い出したように言った。
「そう言えば、隣のスワロ館の二階にヴィンテージビーズがあったよ。」
それを聞いた瞬間、悠希の目の色が変わった。
匠を置いたまま、凄い勢いで店を出て行って仕舞ったのだ。
「お、悠希買い物終わったのか?」
話しかけてきた鎌谷の言葉も聞こえない様子で隣の建物に入り、階段を急いで上がる。
それから、店内の天井から下がっている札を見渡し、 ヴィンテージビーズのコーナーへと一直線だ。
そして彼が目に留めたのは、現品限りで残り少なくなっているビーズが入れられた籠。
「どうしよう…此処に有るやつ買い占めちゃおうかな…」
残り僅かのヴィンテージ品の前でおろおろしていると、呆れた顔で匠がやってきた。
「やっぱりここに居た~。
ヴィンテージ買うのは良いけどお金は?」
「去年何処かの小説大賞で貰った賞金が有るから何とか有るんだけど…生活が…
いいや!買っちゃう!」
そう言って悠希は、籠ごとレジに持っていく。
そんな兄の姿を、匠は苦笑いを浮かべて眺めていた。