世間がお盆休みに入る頃、悠希の元に突然電話が掛かってきた。
『悠希、飲みに付き合え。』
酷く落ち込んだ様子でそう掛けてきたのは、いつもはおどけている筈のアレク。
これは只ならぬ事があったのだろうと、悠希と鎌谷はアレクの仕事場が有る新宿へと駆けつけた。
新宿駅でアレクと待ち合わせ、そのままタイムサービスをやっている英国風パブへ入る。
「お前ら何飲む?奢るよ。」
「いいの?じゃあ僕クールジェイド。」
「俺生。」
始終落ち込んだ様子のアレクを見て、悠希と鎌谷が小声で囁き合う。
「何があったんだろ、急に奢るなんて言い出して…」
「奢ってでも聞いて欲しい愚痴があんじゃねーの?」
不安を抱えながら待っていると、アレクがカウンターから番号札を持って戻ってきた。
席についても項垂れているアレクに鎌谷が問いかける。
「急にどうしたんだよおめー。
いつもと逆ベクトルにテンションおかしいぞ。」
そう言う鎌谷に煙草を勧められ、アレクは煙草に火を点けて話し始めた。
「実は…彼女にフラれたんだよ…
なんでも他に好きな人が出来たからってさ。
で、まあ、色々話を聞いた訳だよ。
別れても友達で居たいとか、そんな事とか。」
「彼女がいた事自体に驚きを隠せないけど、 まだ仲良くしたいって言ってるんだったら良いんじゃないの?」
「悠希、さりげなく今酷いこと言っただろ。」
テーブルに運ばれてきたお酒を飲みながら、アレクの話は続く。
「友達で居たいって言ってくれるのは良いんだけどさ、彼女が好きになった相手ってのが、 俺が前に紹介した同僚なんだよ…鬱だ…」
グラスを持ったままテーブルに突っ伏したアレクを横目に、悠希と鎌谷が再び囁き会う。
「鎌谷くん、僕生まれて初めて複雑な大人の人間関係を垣間見たよ。」
「おめーの心が少年過ぎるんだよ。」
「アレク、大丈夫?」
悠希が声を掛けると、アレクはのそりと起きあがって一気にグラスを空ける。
「あ~、もう一杯行って来るわ。」
「じゃあカルーアミルクお願い。」
「俺も生追加。」
傷心の所に容赦なく注文を振りかけられても、アレクは文句一つ言わずにカウンターへ向かい、 番号札を持ってくる。
これは相当ショックを受けてると思った悠希が、何とか慰めの言葉を探す。
「元気出しなよ、ほら、また他にいい人見つかるかも知れないし。」
「そうかな~、俺お前みたいにモテ系じゃないし。」
「そんな事無いよ!
それに僕、今だかつて付き合ったことのある人居ないし。」
「え、マジで?」
悠希に今まで彼女が一人も居ないと言うのが意外だったのか、 アレクは自分が受けたショックの事を忘れて驚く。
少し苦笑してお酒を飲みながら悠希が訊ねた。
「そう言えば、アレクの彼女さんってどんな人なの?」
「ああ、写真有るけど見る?」
そう言ってポケットから定期券入れを出し、一枚の写真をテーブルの上に差し出す。
悠希が手にとって良く見てみると、 そこに写っているのはアレクと黒い癖っ毛を短く切った女性が写っている。
とても見覚えのある女性だ。
「か…鎌谷くん、これ…」
プルプル震えながらその写真を鎌谷に見せると、鎌谷も驚いた様子で言った。
「おいおい、これ琉菜ちゃんじゃねーか。マジかよ。」
「何でお前等が琉菜の事知ってるんだよ。」
突然出てきた元彼女の名前にアレクも驚きを隠せない。
悠希がショックで凍り付いてしまっているので、鎌谷が説明をする。
「この前悠希の友人に会ったんだけどさ、その時一緒に居た友人の彼女の友人なんだよ。
世間って狭いな。」
「いやホント、世の中どう繋がってるかわかんねーな。」
鎌谷とアレクが話している間、悠希はずっと俯いて居る。
そしてふっと顔を上げ、泣きそうな声と顔で言った。
「僕もフラれたぁ~…」
「何だよいきなり!」
突然ぐずり始めた悠希を見て、アレクはもう何が何だか解らない。
悠希は悠希で、淡い恋心を抱いて居た琉菜が、知らぬ間に知らない人と付き合い始めたとか、 友人の彼女だったとか、そんな色々な事にショックを受け、 今年二回目の失恋でいっぱいいっぱいだ。
「アレク、飲むよ!」
「おう、よくわかんねーが俺達は仲間だ!」
何となく鎌谷が入れない強い結束で二人が結ばれ、失恋男達の宴は本番を迎えるのであった。