まだ気温はやや高い物の、吹く風が涼しくなってきた頃。 悠希は匠と一緒にフリーマーケットのような催し物に来ていた。
その催し物は、フリルとレースがたっぷり付いた洋服、所謂ロリータファッションに身を包む乙女達が、 作った品物を売ったり、交流をするための物だ。
そんなイベントな訳だから、普段通りの着物と袴では来づらいので、 悠希は黒いスーツにシルクハットという出で立ちになっている。匠も、黒いレース付きのドレスワンピースと、 頭には暗い色の花とレースがあしらわれたカチューシャを付けている。
二人は今回出店側と言う事で、割り当てられた机の上に、黒い布をかけ、 黒い金網にアクセサリーをディスプレイしていく。
「ねぇ、匠。これ置ききれるかなぁ?」
「置ききれるかなぁ。じゃないの。置くの」
後から後から出てくる自作のアクセサリーで、机の上は溢れんばかりになっている。
机に配置された椅子に腰掛けて会計の準備をしている悠希がオロオロとして居るが、 匠は攻めの姿勢だ。多少見づらい物の、全てアクセサリーを展示して見せた。
展示されたアクセサリーを金網の裏側から見て、匠はすごいなぁ。と悠希は思う。
アクセサリーを展示しおえて、匠も机の反対側に入り、悠希の隣に座る。
「そう言えばお兄ちゃん、今日もジョルジュさんとフランシーヌさん来るの?」
「ん? あの二人も来るってメール貰ってるよ」
ジョルジュと言うのは、悠希の短大時代の友人で、その頃から時折しか会わないとは言え、親しくしている。
そして、フランシーヌはジョルジュの恋人だ。なんでも、元々はネオ・フランスに住んでいた貴族らしいのだが、 領民の反乱に遭い、日本国に亡命しているのだという。
正直言って何を言っているのかわからない感じだが、実際そう言う経歴の持ち主なのだから仕方が無い。
そんな亡命貴族とジョルジュが何故仲が良いかと言うと、実はジョルジュは大日本帝國の軍人である父を持ち、 母がフランス人と言う事で、軍人でかつフランス語が堪能な父経由で知り合い、以降親しくしているのだという。
そんな二人な訳だから、きっと軍の護衛がこっそり付いて来るのだろうな思いながら、悠希は携帯電話を開いて、 メールを確認する。
ジョルジュは春にあったこれと同じ催し物で、出店側ででていたのだが、今回はどうだったか。改めてメールを読むと、 今回も出店側だと、そう書いてあった。
「今回、ジョルジュも出店側みたいだから、挨拶に行こうか」
「うん。そうだね」
そう匠と話して、悠希達が席を立とうとしたその時、声が掛かった。
「やぁ、悠希に匠さん。ご機嫌如何かな?」
「お久しぶりですわ」
声のした方を向くと、そこにはゴシック調のスーツを着た男性と、 ややタイトではあるけれどもバッスルが優雅に膨らんだ煌びやかなドレスを着た女性が立っていた。この二人が、 ジョルジュとフランシーヌだ。
「ジョルジュ、久しぶり。こっちは変わりないよ。
フランシーヌさんもお久しぶりです」
「お久しぶりです。ジョルジュさん達は今日何を売るんですか?」
軽く挨拶をやりとりして、四人は本日の販売物の話をする。
悠希と匠は見ての通りアクセサリーを、ジョルジュとフランシーヌは洋服と、ネックコルセットを販売するようだ。
「そう言えば、前回ネックコルセットが好評だったって言ってたもんね」
悠希の言葉に、ジョルジュは嬉しそうに言葉を返す。
「そうなんだよ。まぁ、洋服の方はそんなでも無かったのだけれど、作るのは好きだからね」
その話を聞いて、匠はこんな事を言う。
「ジョルジュさんが作った服とか、気になりますね」
「気になるかい?」
「見てみたい気はしますね。
ジョルジュさんもお兄ちゃんと同じ服飾科の学校に通ってたんですよね」
「ああ、そうだよ」
その話の流れのまま、催し物の一般客の入場が始まってからではゆっくり見られないだろうと、 悠希と匠はジョルジュが出展している場所へお邪魔する事にした。
ジョルジュの作った服は、繊細で、手の込んだ物だった。
確かに派手さは無いかも知れないが、作りが良いし、素材も上質な物だ。
見る目のある人なら、きっと欲しくなるであろうその服だが、素材や手間からわかるように、 価格もすごい事になっている。これでは、懐具合が限られているこう言った催し物ではなかなか売れないだろう。
細かいところまでまじまじと見る悠希に、全体のデザインを見て値段を見て驚く匠。
「すごいね、パターンすごく巧く出来てる」
「でも、この値段だとお店の服よりも高いし、売るのはなかなか難しいんじゃ無いですか?」
悠希と匠の言葉に、ジョルジュはにこやかに返す。
「そうだね、いくら手が込んでいると言っても高い物には変わりが無い。
でも、僕は自分の技術を安売りする気は無いよ」
それを聞いて、匠ははっとする。いつもアクセサリーを売る時に、 売りたいばかりについ値下げをしてしまう事が多いのだ。
「やっぱり、ジョルジュさんくらい巧くなったら、そう言う自信が付くんですか?」
自信なさげな匠の言葉に、ジョルジュはこう答える。
「そうだね、自信が先か技術が先はわからないけれど、売るのであればきちんとした対価を得られる価格で売らないと、 技術も自信もおざなりになってしまうよ」
それに続き、フランシーヌも口を開く。
「それに、あまり安価でお品物を出品してしまう人が居ると、 それを本職にして生活している人が困ってしまいますもの」
困ってしまう人が居る。その言葉は、匠にも悠希にも衝撃的な言葉だった。
自分のような趣味で作っているだけの人が、安価で品物を出しても、 困るのは自分だけで他の人は誰も困らないと思って居たのだ。
戸惑う悠希と匠に、フランシーヌはレースの扇子を口元に当て、微笑む。
「匠さんも悠希さんも、素晴らしい技術を持ってらっしゃいますもの。自信を持ってくださいまし」
その言葉に、悠希と匠は少しだけ反省をして、それよりも少しだけ多い自信を貰った。
催し物が終わった後、四人は駅の近くにあるティールームでお茶を飲んでいく事にした。
ティールームに入ると、なにやら妙に他のお客さんに見られている気がしたが、 フランシーヌを始め全員の服装が服装なので、好奇の視線を送られるのは仕方が無いだろう。
四人席に着き、メニューを見る。
「私はアイスティーと、パフェ食べようかな?」
「私はダージリンとケーキにしますわ」
「僕は、少しお腹が空いているからアールグレイとパスタにしようかな」
匠とフランシーヌとジョルジュが注文を決めていく中、悠希は紅茶のメニューに目を泳がせ、悩んでいる。
「んっと、僕はローズティーにしようかな」
なんとか何を注文するか決めた悠希がそう言うと、ジョルジュが心配そうにこう言った。
「悠希、お腹は空いていないのかい?」
「うーん、空いては居るけど、なんか食べるってなるとすごく時間がかかっちゃうから」
食事に時間がかかるというのは何故かというと、悠希は普段液体栄養缶だけで食事を済ませているので、 固形の料理をなかなか食べられないのだ。
匠は勿論、ジョルジュもその事は知っている。だから、 気を利かせて悠希がそう言っているのだろうというのはわかるようなのだが、 どうにも心配を拭えないと言った顔をしている。
「お兄ちゃん、お昼も何も食べて無いでしょ?
ケーキとかでも良いから、何か食べた方が良いよ」
「そうだよ悠希。偶には固体の食事も食べて食べ方を忘れないようにしないと、 もし液体栄養缶が手に入らなくなった時に困るだろう」
妹と友人がこんなに気遣ってくれているなんて。申し訳なさと嬉しさを感じながら、 悠希も思い切ってケーキを頼む事にしたのだった。