「ん~、どうしようかなぁ」
春も通り過ぎそろそろ初夏の日差しになってきた頃、スケッチブックの上にシャープペンシルを走らせ、 悠希は何枚もイラストを描き散らしていた。
知り合いからアクセサリーの製作依頼が来たので、そのデザインを考えているのだ。
依頼人曰く、とても仲の良い友達への誕生日プレゼントとの事なのだが、 詳細を聞く限りどうにも仲が良いだけの友達とは思えなかった。
多分、照れ隠しで友達と言っていたのだろうが、 受け取ったメールからは惚気話が垣間見えていて鈍感な悠希でさえも、 恋人か若しくは好きな人なのだろうなと言うのがわかる。
何枚かデザイン画を描いた上で、これが良いかなと言う物を選び、携帯電話で写真を撮り、メールを送る。
後は返事を待って制作に入るか、リテイクが来たらデザインのし直しだなと、携帯電話を畳んだ。
翌日、デザインの案が通ったので制作をしようと材料や工具を準備していると、突然携帯電話が鳴り始めた。
デザインの修正があるのかと思いながら手に取ると、メールでは無く通話の着信。
悠希は発信元の名前を見て、少し緊張しながら通話を始める。
『もしもし、悠希さん?』
「うん、カナメさんからかけてくるなんて珍しいね。どうしたの?」
『実はちょっと相談があって……』
一体何の相談だろうと話を聞いていたら、トースターが有ったら借りたいという。
なんでも、カナメの持っているトースターが故障してしまい、プラバンが焼けないそうだ。
本当ならトースターを新調してから自力で焼きたいのだけれど、 急ぎの用事とのことでトースターの新調が間に合わないらしい。
「うん。トースター有るから使ってよ」
『ありがとう。助かったよ』
そこまで話して悠希がはっとする。
「あの、もしアクセサリー作るんだったら、うちで作業しない?
細かい物を持って移動すると、無くしちゃったら大変だし」
『いいの? じゃあこれからお邪魔して良い?』
「僕も作業始めようと思ってた所だから、一緒にやろうよ」
『わかった。じゃあこれから準備して行くね』
そうして通話が切れて。
これからカナメがやってくるという事に浮き足立ちながら、悠希は万年床を畳んだのだった。
そしてカナメがやってきて、作業を始める。
始めの内は鎌谷も物珍しそうに見ていたのだが、 プラバンを焼き始めた辺りで匂いが辛いと言って散歩に出てしまった。
「やっぱこの匂いは鎌谷くん駄目かぁ。悠希さん、なんかごめんね」
「ううん、気にしないで。僕が香油焚いてる時も鎌谷くん散歩に行ったりするし」
ふと、悠希が気になった事をカナメに訊ねる。何故美夏の家のトースターを借りなかったかだ。
それについてカナメは、美夏は先週辺りから海外に出張に行っていると言い、帰ってくるのはもう少し先だとの事。
少しだけしょんぼりとしてしまったカナメに、悠希はそっとお茶を差し出した。
作業する事暫く。悠希が作っていた依頼の品は接着剤の乾燥待ちとなり、今作業をしているのはカナメだけだ。
お花型に切り抜いて焼いたプラバンの片面に、一つ一つ絵の具で色を塗っている。
中心に黄色を乗せ、乾いた上から空色を塗っていく。
随分と細かいパーツなので、下手に話しかけると迷惑になるだろうと、悠希は作業を眺めながらお茶を飲む。
ふと、カナメが作業の手を止めた。
どうしたのだろうと思って見ていると、右目を擦っている。
「擦っちゃ駄目だよ、特に今、手が絵の具まみれなんだから……」
悠希が慌ててカナメの手を押さえると、カナメは目を瞬かせながら悠希に言う。
「なんかまつげが入っちゃったみたいで……悠希さん、何か入ってないか見てくれる?」
「うん。ちょっと見せて」
カナメのお願いに少し照れながら、悠希はカナメの右目を見る。
上瞼を捲るのは難しいので下瞼を捲り、何か入っていないかを確認する。
何も入っていないのを確認して瞼を戻した後、もう一度瞳を見つめていると違和感を感じた。
なんだろう。そう思ってじっと見つめていると、右目が色を失った。
何が起こっているのかわからないままに、悠希の背筋に悪寒が走る。
慌てて目を逸らし、不思議そうな顔をしているカナメにこう言う。
「目の中には何も入ってないみたいだから、ちょっと使い切りの目薬持ってくるね」
「うん、ありがとう」
一旦薬箱の方を向いて目薬を取り出した後にカナメの右目を見ると、いつも通りの若草色に戻っていた。
目薬を差したカナメが作業を続行して暫く、カナメも後は接着剤の乾燥待ちになったので、 悠希とカナメの二人でお茶を飲んでいる。
「なんか長々とお邪魔しちゃってごめんね。接着剤も一時間くらいしたら動かせる様になるから」
「ううん、構わないよ。ゆっくりしていってね」
珍しく引っ張り出した小さなテーブルの上には、悠希が作った物とカナメが作った物が並べられている。
それを見て悠希は、昔、こんな約束もしたっけな。と思ったが、 すぐにカナメとはそんな昔と言うほど前から知り合いでは無い事を思い出す。
何となく不思議な気持ちになりながら、また機会があったら一緒に何かを作ろうと、カナメに言うのだった。