きっと今頃中華街は旧正月で賑わっているだろうという頃、悠希の携帯電話にメールが届いた。送信元を見ると、 蔵前から来たようだ。
内容を確認すると、今月、空いている休日にビーズが売っているお店を案内して欲しいとのこと。なんでも、 今度挙式をするお嫁さんが、自分で式の時に使うティアラを作ってみたいと言っているそうだ。
今のところ、休日の予定は全て空いている。なので、蔵前の都合が良い日ならいつでも良いと、そう返しておいた。
そして買い物当日、結局浅草橋を案内することになったので、悠希は鎌谷と一緒に浅草橋の駅前で待っていた。
国鉄の駅から流れてくる人を眺めながら待っていると、地下鉄の駅の方から蔵前と、 蔵前よりも背の高い女性が並んでやって来た。
「よう新橋、お待たせ」
「久しぶり。その人は蔵前君の彼女さん?」
「そうそう。美人だろ」
悠希と蔵前が軽く挨拶をして、それから、蔵前の彼女が照れながら自己紹介をする。
「初めまして、アザミの彼女の藤代紫水です。
新橋さんでしたっけ? 今日はよろしくお願いします」
藤代が言っているアザミというのは、蔵前の下の名前だ。悠希も大概下の名前で呼び合う習慣があるにはあるが、 蔵前はどうなのだろうか。何にせよ、そんな感じで呼び合う仲だというのは悠希にもよくわかった。
悠希も軽く自己紹介して、ふと、蔵前と藤代がじっと鎌谷を見ていることに気がついた。
「新橋、その犬、お前のペット?」
二本脚で立つ鎌谷にどう接して良いのかわからないらしく、蔵前が戸惑いながら訊ねる。
蔵前が戸惑っていることに気づいているのか居ないのか、悠希はいつものように、嬉しそうに鎌谷の紹介をする。
「うん。僕が小さい時から一緒に育った友達で、鎌谷君って言うんだ。よろしくね」
「よろしくな。まぁ、俺犬だし気にしなくて良いぜ」
それを聞いて、気にするなと言われても。と言う顔を蔵前がしているが、藤代は驚いた顔をした後、 鎌谷の頬をむにむにしながら嬉しそうにしている。
「もしかして宇宙犬? すげぇ、あたし本物見たの初めて!」
先程の丁寧な挨拶から一変して、かなり砕けた口調の藤代を見て悠希も一瞬驚いたが、 喜んでくれているなら良いかと思い、暫く藤代にもみくちゃにされる鎌谷を見ていた。
それから、休日でも営業している大通り沿いのビーズ屋さんを三人と一匹で周り、それから、 少し路地に入ったところに有るビーズ屋も見ようと、ガードレール下を歩いて、細い道に入った。
悠希が案内したかったのは、ヴィンテージビーズや珍しいパーツを扱っている店だったのだが、 どうやら休日は営業していないようだった。
「あの、蔵前君、藤代さん、ごめんね。事前に調べておけば良かった……」
申し訳なさそうにそういう悠希に、蔵前と藤代は笑顔で答える。
「まぁ、休業日はしょうが無いな。お店側に無理に働けとも言えないし」
「そうそう。お店の場所はわかったし、来たかったらまた来れる時に来ればいいしさ」
心の広い言葉に、悠希はほっとする。蔵前が気遣いの出来るタイプだというのは前からわかっていたが、 藤代も寛大な人だというのがわかり、この人なら蔵前と一緒にこれから上手くやっていけるだろうと、そう思った。
店が休業というのがわかったのでこれからどうするか。と言う話になったのだが、 少し疲れたからどこかで飲み物を飲もうと言う流れになる。
それなら、駅の近くのレストランが行き慣れているのでそこにしようと、 悠希は二人に言って来た道を戻ろうとした。
その時だった。
「ふはははは! 久しぶりだな新橋悠希!」
「お前らもう少し空気読んで出てこいよ」
路地を全身タイツの戦闘員が取り囲み、悠希達の目の前には、例によってココアが立っていた。
突然の展開に、どう反応して良いのか困ったという様子の蔵前が、悠希に訊ねた。
「知り合い?」
「知り合いなのかなぁ?
説明すると長くなるから説明はまるっとカットするね」
「そこカットしていいところなのかよ」
ますます困惑する蔵前の様子を確認した後、藤代はどうしているのか、そう思って悠希がちらりと藤代を見ると、 どういう訳だか、藤代は手を振ってココアへと駆け寄っていっていた。
「千代子ー、久しぶりだな!」
「あっ! お姉ちゃん!」
「姉ちゃん?」
「どういうことなの?」
まさかの展開に、さすがの鎌谷と悠希も呆然とする。もちろん、蔵前はもういい加減わけがわかっていない。
「相変わらず赤いクラゲも頑張ってんだ。
でも、仕事も忙しいだろうし無理すんなよ?」
「仕事は忙しいけど、大丈夫。
お姉ちゃんはこんな所で何してたの?」
「ん? 結婚式の時に使うティアラ作ろうと思ってさ、その材料買いに来てた」
姉に会えて嬉しいと言った様子のココアだったが、 藤代の、結婚式の時に使う。と言う言葉を聞いて、表情を険しくする。
それから、悠希を一瞥した後、その隣に居る蔵前を睨み付けて戦闘員に号令を出した。
「お前達、新橋悠希の隣に居るあの男をやってしまえ!」
「なんで俺に流れ弾くんの!」
「いや、蔵前君は関係ないですよね!」
抗議の声を上げるのも虚しく、蔵前は戦闘員達にもみくちゃにされる。
それに驚いた悠希と藤代が慌ててココアに言う。
「ココアさん、蔵前君は無関係なのでやめてください!」
「千代子落ち着いて! アザミの何が気に入らないんだよ!」
「だって、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが!」
その様子を見ながら鎌谷は、つくづくブラコンやシスコンはめんどくせぇな。と思って居るのだが、 ふと、視界を小さい物が横切った。
そして次の瞬間、周囲は眩しい光に包まれた。
一体何が有ったのか。目を細めて鎌谷が周囲を見わたすと、戦闘員達をなぎ倒している茄子MANと、 道の端で蔵前を保護しているダイヤモチーフの付いた杖を持つ魔法少女が居た。
二人の姿を確認した悠希が声を上げる。
「茄子MANさん、来てくれたんですね!
あと魔法少女さん!」
その声に茄子MANと魔法少女は堂々と返す。
「勿論だとも。私は小さな悪も見逃さない」
「たまたま近くに居たんでね。
で、そこの偉そうなやつ。さっさと部下引き連れて帰んな。
でないとぶっ飛ばすよ」
この二人の登場に、ココアはさすがに分が悪いと判断したようで、撤退の号令をかける。
「おのれ茄子MANにダイヤキング!
今日の所は見逃してやる。行くぞおまえたち!」
わらわらと去って行く戦闘員達とココア。それに向かって、藤代が手を振りながら声を掛けた。
「またなー。今度遊びに行くからー!」
「ケーキ用意して待ってる!」
赤いクラゲが去った後、暫く呆然としていた蔵前だが、藤代に頭を撫でられてようやく落ち着いてきたようだ。
「……何が起こったのか全然わからない……」
「だろうな」
「そうだね。今回は僕もよくわからない」
そうこうしている間に、茄子MANと魔法少女もその場を去り、三人と一匹だけが残される。
まずさっきのは何だったのかと訊ねる蔵前に、 悠希と鎌谷と藤代で寄って集って赤いクラゲの説明をする。その説明を聞いて蔵前は、やはりわけがわからないようだ。
「取り敢えず新橋」
「ん? なぁに?」
「お前はもう設定盛らなくていい」
好きで盛っているわけではないのだが、わけがわからないという蔵前の気持ちはわからないでもない。
一方の藤代は、興奮冷めやらぬと言った様子でこんな事を言う。
「すごいな、東京の魔法少女はちゃんと戦うんだ!」
そうじゃない。藤代以外の全員がそう思ったが、楽しそうなのでそっとしておく事にした。