五月のある晴れた日、悠希は蔵前と藤代の結婚式に呼ばれ、参加することになった。
式場に行くと、双方の親類や友人が沢山来ていて、勿論、悠希も見知った顔が何人か居た。
「あ、大島君と葛西君、久しぶり」
新郎側友人用の席に座り、悠希はすぐ側に座った後輩二人に挨拶をする。
「久しぶりです。遂に蔵前先輩も結婚ですかー」
感慨深そうにそういう葛西は、少し複雑そうな顔をしている。
「あれ? 葛西君は蔵前君が結婚するの、嫌だったりするの?」
「嫌では無いんですけど、俺がまだ全然結婚の展望無いから焦るなーって」
結婚の展望が無いのは悠希も同じなのだが、 実は焦ったことが無いので葛西にどう返していいのかがわからない。そうしていると、 悠希の隣に座っている大島が葛西に言う。
「確かに、身近な人が結婚すると焦る気持ちは出るかも知れませんが、結婚は焦ってする物では無いですし、 焦って結婚して失敗しても嫌でしょう」
「まぁ、それはそうだけど」
そんな話をして居ると、テーブルに背の低い男性近づいてきて、葛西の隣にちょこんと座る。
「やぁ、天文部諸君。元気して居るかね?」
そうにこにことしながら悠希達に挨拶をするのは、高校時代部活は違えど親しくしていた、生物部の先輩だ。
「あ、金町先輩、お久しぶりです」
悠希がそう挨拶を返すと、金町は微笑む。
「ふふっ。職場の人以外に名字で呼ばれるのは久しぶりだね」
職場の人以外に名字で呼ばれるのが久しぶりというのは、どういう事なのだろうか。これは葛西も疑問に思ったようで、 こんな事を訊いている。
「職場以外ではって、金町先輩、もしかして結婚してるとか、そこまで行かずとも彼女が居るとかですか?」
報告が無かったことに不満があるのか、少し拗ねた顔をする葛西に、金町は、違うよ。と言ってから答える。
「実は今、ルームシェアをしていてね。僕も同居人もお互い下の名前で呼び合っているんだよ。
それ以外の知り合いも、下の名前で呼ぶことが多くてね」
その説明に葛西は納得したようだし、悠希も納得する。悠希自身も、 学校以外で知り合った友人知人とは下の名前で呼び合うことが多いので、特に違和感は無い。
すると、今度は大島が金町に訊ねた。
「そう言えば、今まで金町先輩の下の名前を伺ったことが無いのですが、どんな名前なのでしょうか」
確かに言われると聞いたことが無い。
高校の卒業式の時に一度だけ聞いた気がしないでは無いが、それを思い出せと言われてもなかなか難しい物がある。
大島の質問に、金町はくすりと笑って答える。
「女の子みたいな名前だから笑われるかも知れないけれどね、ハルと言うんだ」
それを聞いて、悠希が言う。
「そうなんですね。もしかして春生まれなんですか?」
そう言った後に春生まれとか言うと犬や猫のようだと思ったが、言ってしまった物は仕方が無いし意味は通じるだろう。
それに対して、金町は予想外の返事をする。
「いや、両親がSF好きでね」
「あ、メモリーチップ抜かれちゃうやつですか」
微妙に不吉な感じのする名前だったが、響き自体は良い名前だし、ぱっとその発想に至人も殆ど居ないと思うので、 大丈夫だろう。
そうこうしている間に、もう一人男性が近づいてきて金町の隣の席に座る。
「みんな久しぶりー。元気だった?」
「あ、住吉先輩もお久しぶりです」
悠希が挨拶を返した住吉という男性は、悠希達の部活の先輩だ。高校時代、 悠希達は天文部と地学部と文芸部を掛け持っていたのだが、住吉はその中でも特に天文部を中心に活動していた。
ただ、悠希の二つ上の先輩と言う事で、何度か一緒に天体観察をした事が有るとは言え、 葛西と大島としてはどう接して良いのか少し悩んでしまうようだった。そんな後輩達の戸惑いも余所に、 住吉は気さくに話しかける。接し方で悩んでいるとは言え、葛西も大島も住吉のことは良く思って居るようで、 にこやかに返している。
「みんな元気みたいでよかった。
新橋は最近無理しちゃってたりとかない? 大丈夫?」
「はい、おかげさまで特に無理とかはしていません。
住吉先輩も相変わらず元気なようで良かったです」
悠希がそう言うと、住吉は困ったような顔をしてこう返してきた。
「うん、大体元気は元気なんだけど、最近風邪ひいちゃったりとかで仕事休んじゃうことあるんだよね。もう歳かなぁ」
なるべく仕事は休みたくないのか、残念そうな住吉に、大島が言う。
「しかし、二五歳を境目に体力は落ちていくそうですから、衰えを感じるのは仕方ないでしょう。
あまり無理をせず、体調が悪い時は素直に休んで治した方が、結果的に効率が良いです」
「なるほどー。大島は物知りだなぁ」
住吉は感心した様子だが、葛西は難しそうな顔をする。
「そうは言ってもさ、風邪ひいてもなかなか仕事休めなかったりするじゃん。
それとも、大島の職場は休んだりしても仕事回る?」
どうやら相当仕事が忙しいらしく、なかなか休みが取れないようだ。
そう言えば大島もアパレル系の仕事だから忙しいだろうと、悠希がちらりと見ると、にこりと笑ってこう返した。
「そうですね、誰かが休んで仕事が回らなくなると言うのは職場側の人事ミスなので、 それを伝えるか転職した方が良いですよ」
「はい」
「とは言っても、僕の職場も僕が休む場合はともかく、急に店長が休むことになったら、 お店自体をお休みにしないといけなかったりしますけどね」
「経営者って大変なんだなー」
後輩達が世知辛い話をして居る間に、新郎新婦入場の時間がやって来た。
アナウンスが入り、扉が開く。入場の音楽と共にそこから入ってきたのは、新婦に姫だっこされた新郎だった。
「なんだよ! なんで俺が抱えられてんだよ!」
「いいじゃん、かっこいいじゃん!」
腕の中で顔を真っ赤にして居る蔵前と、意気揚々と運んでいる藤代。
会場内に、どういうことなの? と言う空気が流れたまま、披露宴が始まった。
披露宴が終わって、会場の外でブーケトスが行われることになった。
しかし、ブーケトスをすると言っても、悠希が確認する限りでは、 同世代の女性の参列者が五人ほどしか居ないように見える。
人数が少なくても、やはりブーケトスはされた方が嬉しいのだろうなと思いながら、 悠希はブーケトスをする様を見ている。少し風が強いけれど、 大丈夫だろうか。変なところに飛んでいかないだろうか。そんな心配は有ったけれど、藤代は思いっきり腕を振り上げて、 ブーケを投げるようには見えないフォームで、ブーケを投げた。
ブーケの進行方向には女性参加者が居る訳なのだが、ブーケは投げられた勢いと上空の風圧に耐えきれず、 空中分解してしまった。
これはいいのだろうか。静まりかえる一同全員が、そう思っているのだろう。
気まずい雰囲気の中、女性参加者のうちひとりが言った。
「いつも通りの藤代先輩で安心しました」
これがいつも通りなのか。悠希は思わず、これから蔵前は振り回されるのだろうなと、なんとなくそう思った。