第十三章 異教

 カナメから悠希さんの妹の話を聞いて暫く経った頃、俺は悠希さん同伴で、 悠希さんの妹と会う事になった。

 駅の階段を降りると、そこにはロリータファッションに身を包む女の子と、 見覚えの有る袴姿の男性と二足歩行で歩く犬が居た。

「どうも悠希さん久しぶり。

この子が妹さん?」

「うん、匠って言うんだ。よろしくね」

「初めまして寺原さん。

いつもお兄ちゃんがお世話になってます」

 匠ちゃんはそう言っているけれど、実はそんなにお世話する程悠希さんには会っていない。

でも、わざわざそんな事を言う必要は無いだろう。

 今回は匠ちゃんにロザリオの制作依頼と言う事なので、早速駅の下のレストランへと向かう。

席に着き、飲み物と軽食を注文する。

「所で、今回はどんな感じのロザリオの制作依頼ですか?」

 匠ちゃんの言葉に、俺はこう返す。

「実は、お守りとして欲しいんだけれど、そんな感じでなんか力の籠もった物って……って言うのは難しいかな?」

「う、うーん。

私が作るのは、あくまでもアクセサリーとしてだからなぁ」

「ですよねー」

 そんな話をしながら悠希さんの背後を見ると、後ろに憑いている霊もなにやら興味を持った様子。

チラチラと匠ちゃんと俺を見比べた後悠希さんに抱きつき、お前も昔は作ってたのになぁ。なんて言っている。

悠希さんもアクセサリーを作ると言っていたからその事なんだろうけれど、 ロザリオは見るからに神経を使いそうな作りなので、悠希さんが作るには負担が大きいのだろう。

 俺と匠ちゃんがどうやったらお守りとして相性の良いロザリオを作れるかという話をしていたら、 コーヒーを飲んでいた鎌谷君がこう言った。

「匠ちゃん、あれじゃね?

お守りっつったらステラちゃんのお店で売ってるパワーストーン見立てて貰えば良いんじゃ無いか?」

「あ、そうか」

 はっとした様子の匠ちゃんに、悠希さんが更にこう言う。

「あと、ロザリオって言うのは形そのものにも力があるんだよ。

そこにステラさんの力を借りたらもっと心強くなると思うよ」

 なんか三人の間だけで通じる話題がある様子。

ステラちゃんってのが誰なのかは解らないけれど、聞いた感じパワーストーンで作ったらどうかという話のようだ。

ううむ、仏教の数珠なんかは、石よりも木や珊瑚みたいな生き物を使う方が好ましいってされてるんだけど、 ロザリオは違うのかな。

何はともあれ、 俺達はもう一度電車に乗ってステラちゃんという子がバイトをしているパワーストーン屋に行く事になった。

 

 それから数十分後。俺は見覚えの有るパワーストーン屋に居た。

あの、五万円超えのスギライトを買った店だ。

「あ、匠。いらっしゃい。

悠希さんもおひさしぶり」

 そこで店番をしていたのは、前に来た時と同じ、両肩に宝石ガエルの乗せている女の子だった。

和やかに店員さんと話をしている匠ちゃんを見ていて、ああ、この店員さんがステラちゃんかと察する。

「お守り用の石?」

「そうなの。お兄ちゃんのお友達がお守りになるロザリオ欲しいって言ってて、その依頼。

ステラに頼めば良い石選んで貰えるかなって」

「いや、石に関しては悠希さんの方が……

あ、OK、そう言う事ね」

 匠ちゃんと暫くやりとりをしたステラちゃんが、俺にカウンター席を勧めてきた。

「お守りと言う事ですけれど、どの系統の色が良いですか?」

「色ですか?う~ん、それも余り固まっては居なくて、とにかく俺と相性の良い石って言うのが最優先ですね」

「わかりました、ではこちらでいくらかお見立てしますね」

 そう言ったステラちゃんは、ちらっちらっと両肩に乗ったカエル二匹に視線を送る。

もしかして、カエルが憑いている自覚があるのか?

まぁ、自覚の有る無しは置いておくにして、視線を送られたカエル二匹は石の入った棚の上をぬめぬめと移動し、 各々ステラちゃんにこれだこれだと声を掛ける。

カエルのお勧め通りの石を、ステラちゃんが何種類かタオルの上に並べて訊ねてきた。

「この辺りがお勧めなのですが、この中で気になる物は有りますか?」

「そうだなぁ、じゃあこの青緑色の奴でお願いします」

「クリソコラですね、ありがとうございます。

匠、ロザリオに使うって、何珠くらい必要なの?」

 俺が回答すると、今度は匠ちゃんに声を掛ける。

「え?五十三珠。

後これ以外に要玉が六珠必要なんだよね。

あ、寺原さん、これ以外にもう六個選んで貰って良いですか?」

「あ、はい」

 ステラちゃんがクリソコラと呼ばれた石を数えている間に、俺はもう一種類石を見て選ぶ。

どれにしよう、この紫で透き通ったのにしようかな。

そう思ってそれも六個選び、会計へ。

材料費は俺が出して、後は匠ちゃんの手間代を別途払うと言う事になっているので、レジで財布を開くのは俺だ。

 ……うう、流石に数があるだけ有って、この前のスギライト程では無いけれど、なかなかの金額が表示されている。

「ありがとうございます。

こちらがお品物です」

 そう言って石の入った紙袋を渡してくるステラちゃんは、この上なく上機嫌な顔をしていた。

 

 購入した石を匠ちゃんに託して数日後、ロザリオが出来上がったと言う連絡が入った。

俺と匠ちゃんの予定が合う日をお互い確認し、待ち合わせの予定を立てる。

そして連絡が入ってからまた数日後、今度は待ち合わせをしているのは匠ちゃん一人だけだ。

「どうもお待たせしました」

「いえいえ、そんなに待ってませんよ」

 そう言って駅の階段を上ってきた匠ちゃんと、早速駅の下のレストランに入る。

飲み物を注文し、早速匠ちゃんが取り出したのは注文していたロザリオ。

「こんな感じで仕上がったんですけど、リテイクしたい部分とか有りますか?」

「そうですね、まずはじっくり見てみます」

 そう言って受け取ったロザリオは、神聖で、いかにも俺とは異教であると言う空気を纏いながらも、 しっとりと俺の手になじむ物に仕上がっていた。

この仕上がりなら、何も文句を言う事は無い。

「これで大丈夫です。

それで、工賃はいくら位になりますか?」

「工賃と、あと細かいパーツ代を合わせて千円ですね」

 うむ、思ったより安い。これならカナメが買ってしまうのも無理は無いだろう。

 俺は提示された金額を素直に払い、運ばれてきた飲み物を飲みながら、匠ちゃんと話をした。

そこで出てきたのはこんな話だ。

「そう言えば、寺原さんってクリスチャンなんですか?

ロザリオをお守りで欲しいって」

 まぁ、そう思うよな。どう返したら良いか悩みながら、何とか言葉を口にする。

「いやぁ、クリスチャンという訳では無いんだけど、ちょっと訳ありでロザリオが必要になって……」

「そうなんですか?」

 匠ちゃんは不思議そうな顔をして、少し疑問の混じった視線を送ってきたけれど、特に深く詮索する事は無かった。

 そういえば、と、俺も匠ちゃんにこう訊ねる。

「そう言えば、匠ちゃんはクリスチャンって訳でも無さそうだけど、何でまたロザリオを作ろうと思ったんです?」

 その問いに、匠ちゃんは気まずそうに答える。

「実は、ロリータさんが集まるアクセサリー販売のイベントがあるんですけど、 そのイベントに出すのに作り始めたんですよね。

ロリータさんってこういうの好きだから」

「ああ、なるほど」

 流石宗教に緩い日本国、こんな事が許されてしまうのか。

 何はともあれ、何とか美言さんの依頼に取りかかる準備が出来てきたのだった。

 

†next?†