仏様に呼び出された堕天使は、薄笑いを浮かべながらソンメルソさんに術を掛ける。
「これで天使がかけている呪縛の糸が見えるはずだ。
さぁ、寺原勤。この呪縛を解くがいい」
そう言って堕天使がソンメルソさんに向けていた手を天に向けると、 ソンメルソさんに絡みついている何本もの光の紐が見えた。
手で直接触ろうとすると、電気のような物が伝わってきて触っていられない。
これはロザリオを使って処理するしか無いな。
ロザリオを握り、光の紐が切れる様を強くイメージする。
すると、少しずつでは有るが、ぷつりぷつりと紐が切れて解けていく。
半分くらい解けた辺りだろうか、堕天使が呆れたようにこう言った。
「ロザリオなどと言うまどろっこしい物を使うとはな。
光の呪縛をたやすく断ち切れる漆黒の鋏を貸してやろうか?」
「そう言う便利グッズが有るんだったらもっと早く出してくんない?」
堕天使から早速なんちゃらの鋏を借り、サクサクと光の紐を切っていく。
光の紐を全部断ち切り、ようやくソンメルソさんが解放される。
ああ、これで仏様の救いを受けられるのだな。
しかし、そう安心したのもつかの間。部屋の周りから大きな霊圧を掛けられ始めたのだ。
「な、なんなんだこれ」
「勤さん、一体何が起こってるんですか?
なんか……息苦しい……」
そう言ってうずくまり、咳き込む悠希さん。
これは、霊圧に負けたな。
確かにこの霊圧は、一般人には耐えがたい物だろう。早く何とかしなくては。
そう思った瞬間、頭の後ろに何かがべしゃりとぶつかってきた。
一体何事……と不思議に思いながら後頭部をさすると、手にクリームが付いてきた。
勿論、実体のあるクリームでは無い。霊的なクリームだ。
かつて紙の守出版で聞かされた、八百万の神と西洋の神の戦争の話が頭を過ぎっていく。
「わぁぁ、食べ物を粗末にしちゃダメよ!」
なんか仏様の頭にも三個程パイがぶつかっている。
これは、ソンメルソさんを解放した事に怒った天使達が、戦争という名のパイ投げをしかけてきたな?
「おい、堕天使!」
「何かな?」
「空気圧縮型水鉄砲を出せるか?
霊的な奴」
「勿論だとも。
ふふふ……お前も天使達と全面抗戦するつもりだな?」
「俺は売られた喧嘩は買う主義なんでね。
相手が喩え天使だろうとなぁぁ!」
俺は堕天使に渡された水鉄砲の内圧を一気に上げ、姿を見せた天使の顔に一発お見舞いする。
堕天使曰く、俺の霊力が尽きない限り水鉄砲の中身は自動的に補填され続けるらしいので、 発射する時のロスは内圧を高める時間くらいの物だ。
かくして、パイ対水鉄砲の、よく考えたら不毛極まりない争いが始まったのだった。
で、最終的にどうなったかというと。
「……申し訳ありませんでした……」
俺の持っている水鉄砲で、溺れる程顔面に水を叩き付けられた天使長が息も絶え絶えに転がっていた。
他の天使達も皆ずぶ濡れで、疲労の色を隠せていない。
え?俺?クリームまみれだけど何か?
堕天使も仏様もクリームまみれな訳なのだが、クリームを落とす事すらせずに、仏様がぷんすかしている。
「もうっ、食べ物を粗末にしちゃダメよっ!」
「本当に申し訳ない……」
そんな感じで、転がっている天使長以下天使達が仏様にお説教をされている。
食べ物を大切にしなさいと言う内容の事を長々と話していたのだが、仏様がそれに続いてこう天使達に言った。
「それでね、ソンメルソ君はうちの籍に入って貰うから。
そっちではもう破門扱いだったんでしょ?
構わないよね?」
「し、しかし、禁忌を冒した人間を救うなどというのは……」
「だからね、そっちで禁忌になってる事でも、こっちでは禁忌じゃ無かったりするの。
そっちとしても地獄に落とす人数が多いと業績に悪影響出ちゃうでしょ?」
「はぁ……まぁ」
「だったら、そっちで地獄に落とす予定だった子をこっちに回してくれれば業績も落ちないし、 この子もこっちで救われる。
悪い取引じゃ無いでしょ?」
仏様の言葉に、天使達は完全に納得した訳ではなさそうだったが、これ以上水鉄砲を撃たれるのが嫌なのか、 すごすごと帰って行った。
天使達が帰った事で悠希さんの体調も元に戻った様子で、お香をもう一個焚き、 改めてソンメルソさんの今後について話をしていた。
ふと、悠希さんがおどおどした様子で俺に訊ねてくる。
「あの、勤さん、ちょっと良い?」
「ん?なに?」
「なんか皆クリームまみれなんだけど、僕が倒れてる間に何が有ったの?」
「あー……
ちょっと、ソンメルソさんを解放した事に怒った天使達とパイ投げを少々……
まぁ、霊的なクリームだから、放っておけばその内消えるよ」
「そうなの?」
パイ投げの話はそこそこにして。今はソンメルソさんが本当に仏様の籍に入るかどうかの話だ。
「やっぱり、東洋の異教ってなると抵抗有るかな?」
「で、でも、ホトケ様は俺の事を救おうとしてパイ投げにまで参加してくれた訳だし……」
そうは言ってもソンメルソさんは戸惑いを隠せない様子。
そこにつけ込むように、堕天使がこう言った。
「ならば地獄へ来るかい?
地獄は良い所だよ。
完全週休二日制、定時退社厳守、初任給二十三万、食堂ではランチの割引チケットも配っている。 完璧な場所では無いかね?」
「うわー、地獄って想像以上にホワイト企業だった」
そんな堕天使の誘惑にも、ソンメルソさんは首を振る。
いや、むしろ堕天使の話を聞いて、俺が地獄に就職したいとか一瞬思ったよ。
ソンメルソさんは暫く悩む様子を見せた後、仏様にこう訊ねた。
「俺のした事は、ホトケ様から見たら禁忌にならないのですか?」
その言葉に、仏様はにこにこしながら答える。
「正直言うと、無益な殺生は禁忌になるの。でも、ソンメルソ君の場合は仕方ないかなって事でそこは大目に見てあげる。
あと、同性愛について何だけど、そっちは何の問題も無いの。
結構お坊さんとかだと男の人同士でなんちゃらとかしてるのが、昔は普通だったしね」
「ホトケ様、今後ともよろしくお願いします」
「ソンメルソさん、不純な動機で仏籍に入られちゃう仏様の気持ちも考えてな?」
仏様の言葉に、すんなり仏籍に入る事を決めてしまったソンメルソさんに思わずツッコむ。
すると、仏様はこんな事を言う。
「いいのいいの。宗教なんて、元々は何らかの欲が集まって出来た物なんだから。
誰だって救われたいし、その為には自分に合った宗教に入るのも悪くは無いよね。
信徒だって適材適所ってこと」
う、ううむ、仏様にこう言われてしまっては、仏教徒である俺は何も言えない。
地獄行きを拒まれてしまった堕天使はつまらなそうにしているが、悠希さんは笑顔で、ソンメルソさんにこう言う。
「それじゃあ、仏様の元で生まれ変わって、次会った時はまた友達になってね」
すると、ソンメルソさんが顔を赤くして、小声で呟く。
「あの……友人じゃ無くて、出来れば恋人……」
その言葉に、悠希さんはソンメルソさんの頭を撫でて優しくこう言った。
「うん。そうだね。
でも、まずは友達からじゃ無いと判断しにくいから、友達からが良いな。
それで、お互い好きになったら、恋人になろう」
ぼろぼろと涙を零すソンメルソさんに、仏様が声を掛ける。
「それじゃあソンメルソ君、早速成仏しようか。
成仏した後も転生するのに準備が要るし、善は急げよ」
何も言葉に出来ないまま、何度も頷くソンメルソさん。
仏様が俺達に手を振って、ソンメルソさんを連れて天へと昇っていく。
ああ、これで彼は救われたのだと、安心感に包まれた。