第八章 熱水鉱脈

 花崗岩から離れ、暫く洋燈以外の光が無い所を歩くと、突然前方にほのかに光る鉱石が沢山見えた。

 ペグマタイトに居た時に負けないほど豊富な種類の鉱石が浮かぶそこを、おじさんは熱水鉱脈だと言った。

 少年にとって、それは初めて聞く名前だった。姉の理科の教科書を借りて読んで、 火成岩の名前くらいは何となく知っていたけれども、そもそも少年はまだ学校で地学などやっていないのだ。

おじさんは、鉱石の説明の前に、まず熱水鉱床について説明してくれた。

 高温の熱水が岩石の割れ目を通過する時に、 色々な元素……成分が沈んで溜まって出来た鉱脈だよ。おじさんはそう言った。

「さっきまでに見た石も、沢山有るだろう?」

「はい。エメラルドやフローライトや…… あ、サファイアも有る」

 きょろきょろと周りを見渡した少年だが、ふと、ちょこちょこと鉱石を手に取り、 両手に抱えるほど集めておじさんの元に持っていく。

「水晶はわかるんですけど、知らない石がいっぱい有ります。

おじさんは、これ全部わかるんですか?」

 期待の籠もった視線を受けたおじさんは、少年の手から一つずつ石を手に取って説明する。

「そうだね、まず、君が知っている水晶から。

これは正確には石英と言ってね、こうやって透明な物以外にも色々有るんだ。

これも花崗岩に紛れている事がある。

ガラスや太陽電池の材料にもなってるって知っておくと、君の宿題の役に立つかな?」

 少年も、水晶の仲間が沢山有るのは知っていた。けれども、石英という名前は初めて聞いたし、 何より花崗岩に混じっているというのが意外だった。

 驚いた顔をする少年の手から、次に手に取ったのは、鋭く光を照り返す、鼈甲色をした三角形の石。

「これは閃亜鉛鉱。亜鉛が取れる大事な石だよ。

石英や黄銅鉱、それに方鉛鉱と一緒に出てくる事が多いかな?

鉄分が多い閃亜鉛鉱は黒っぽい事が多いんだけど、これは綺麗な鼈甲色だね。鉄分が少ないのかもしれない」

 その説明を聞いて、少年は鉄分の量で色が変わる物なのかとおじさんに尋ねる。

するとおじさんは、周りに浮いているコランダムを手に取って、少年に言う。このコランダムも、鉄やチタン、 クロムの入り方で色が変わるだろう? 鉱物は不純物の入り方で色が変わるんだよ。と。

 それから、おじさんは石英と閃亜鉛鉱を放り、少年の手から、少し虹色がかった金色の鉱石と、 四角く黒い金属質の鉱石を取り、少年に見せる。

「この金色の石が黄銅鉱で、銅が取れる大事な石。

こっちの黒い石が方鉛鉱と言って、鉛が取れる大事な石だよ。

さっき見せた、閃亜鉛鉱と一緒に見つかる事が多いんだ」

 その説明に、少年はぢっと黄銅鉱と方鉛鉱を見つめ、こう言った。

「この石と閃亜鉛鉱は友達なの?」

 おじさんも答える。

「成分的にすごく似ている訳では無いけど、みんな硫黄を含んでいるから、そう言う意味では友達かな。

君は石が好きな様だけれど、私も石が好きでね。そう言う事じゃ無いかな」

 先程少年と友達になると言う話をしたのを思いだしたのか、少し照れくさそうにそう言う。

 それからまた、持っていた石を放り、少年の手から石を取る。今度は六角柱が放射状に集まった淡黄色の結晶と、 動物の牙の様な形をした白い結晶。

「これはアラレ石と方解石。

偶に紫外線を当てると光る事があるけど、今ここでは紫外線に当てられないからね、 君に光ってる所を見せられないのが残念だ」

 纏めて説明された二つの石を見て、少年はもしかして。と言う顔をする。

「もしかして、この二つも友達同士なんですか?」

 するとおじさんも、にっ。と笑って答える。その通りだよ。と。

 この二つは、同じ成分だけれども結合の仕方が違う、難しい言葉で言うと同質異像の石なんだ。と、 おじさんが説明する。

少年にはドウシツイゾウと言う言葉は難しかったけれども、元々は同じ物なのだと言う事はわかった。

 理解の早い少年を見て、おじさんはすぐさまに手に持っていた石を手放し、次の石の説明をする。

手に取ったのは、少し厚い板状の淡青色の結晶。

「これは重晶石。こう言う白っぽい石の中では重い石だよ。

これも黄銅鉱や方鉛鉱と一緒に出てくる事がある。あと、そうだね。石英や方解石とも仲が良いかな?」

 持ってご覧。と言うおじさんの言うままに、少年が腕に抱えた石を落とさない様気をつけながら手に持つと、 ずしりと重い。

さきほど説明した方鉛鉱は、もっと重いんだよ。と言うおじさんの言葉に、少年は興味深そうに耳を傾ける。

 おじさんが重晶石を放り、少し周りを見渡した後、一つの結晶を持って少年に見せた。

それはまるで、石で出来た花の様だった。

「これは砂漠の薔薇って言ってね、花の様な形になった重晶石はこの名前で呼ばれる事が多いんだよ」

 砂漠の薔薇を見て、少年は疑問が有りそうな顔をする。実は、砂漠の薔薇という物を見た事があるのだが、 これよりももっと結晶が細かく、白っぽい物で有ったように思ったのだ。

それをおじさんに言うと、おじさんは砂漠の薔薇を手放してこう答えた。

「実はね、砂漠の薔薇には二種類有るんだ。

今見せた重晶石で出来た砂漠の薔薇と、石膏で出来た砂漠の薔薇。

よく見掛けるのは石膏で出来た方の砂漠の薔薇だから、きっと君が見たのは石膏だったんじゃ無いかな」

「そうなんですか、同じ名前なのに違う物だなんて事が有るんですね」

 自分が見た物も間違いでは無かったと知り安心したのか、少年が笑顔を見せる。

おじさんも、君も石に詳しくて教え甲斐があるよ。と、少年の頭を撫でた。

 おじさんの解説はまだ続く。次に手に取ったのは、尖った結晶の、鉛色をした鉱石。

「これは輝安鉱。アンチモンが取れる大切な石だよ。

見た目は赤鉄鉱に似ているかもしれないけれど、これはとても軟らかくてね。紙に擦り付けると鉛色の跡が残るんだ」

「そんなに軟らかいんですか」

 試しにと、おじさんが外套の下からティッシュペーパーを取り出して輝安鉱を擦り洋燈で照らすと、 確かに鉛色の跡が残っていた。

 それを見て少年は驚きの声を上げていたが、ふと、もじもじした様子でおじさんに尋ねた。

「あの、アンチモンってなんですか?」

 確かに、少年くらいの小学生がアンチモンを知っているとは考えがたい。

なのでおじさんは輝安鉱を放り、アンチモンの説明をする。

「ハンダの元になったり、半導体の元になったりする、希少な金属だよ。

でも、困ったなぁ、私も詳しくは無いんだ」

 宙に浮いて鈍く光を照り返す輝安鉱。それを見ながら、おじさんは苦笑い。

少年も、ごめんなさい。と言って、でもおじさんにも知らない事が有るのがわかって少し安心して。

 それからまた、おじさんは残り少ない少年が持っている結晶を手に取る。次に手に取ったのは、先程見た六角形の、 雲母のような形をした鉛色の鉱物。

平べったいその鉱物を指で弄りながらおじさんが説明する。

「これは輝水鉛鉱。モブリデンが取れる大事な石だよ。

モブリデン、が何なのかはやっぱり私も良く知らない。

でも、『水鉛』と言うのがモブリデンのことだというのを覚えておくと、 君が中学生や高校生になった時に役に立つかもしれないね」

「スイエンって、どんな字を書くんですか?」

「『水』に『鉛』だよ。それでスイエンと読むんだ」

 その説明の最中、おじさんは平べったい輝水鉛鉱を容易く折り曲げてしまう。

その様子に、少年は甚く驚いた。

鉛色の硬そうな金属が、簡単に曲がってしまうとは思っていなかったのだ。

 おじさんは輝水鉛鉱を少年に渡し、君も曲げてみるかい? と尋ねる。

少年は恐る恐る、残り一個の結晶を手に持ったまま輝水鉛鉱を手に取り、思い切って曲げてみた。

するとどうだろう、僅かな抵抗こそ有った物の、簡単に曲がってしまった。

「おじさん、これ、すごく軟らかいですね」

「そうだろう?

輝水鉛鉱は、簡単に曲げられるほど軟らかいんだ。

でもね、折るのはなかなか大変だよ。折れるまで曲げてみるかい?」

 おじさんの言葉に、少年は何度も何度も裏表に輝水鉛鉱を折り曲げる。

しかし一向に輝水鉛鉱は、折れる様子を見せなかった。

 こんな石に出会ったのは初めてな様子の少年。折るのは無理だと思ったのか、元通りの形に戻している。

 少年が輝水鉛鉱を元に戻したのを確認したおじさんは、それを手放したら、次の石の説明をしてあげよう。と、 少年が輝水鉛鉱を手放すのを促す。

 少年の手から輝水鉛鉱が離れたのを確認したおじさんは、 少年の手元に残っている銀白色をした、柱状の結晶を手に取り、少しだけ眉を顰めた。

「これは硫砒鉄鉱だね。

これも綺麗な石だけれど、これはあまり素手で触らない方が良い」

 何故この石を手で触ってはいけないのだろうか。疑問に思った少年は尋ねた。

おじさんは、すぐさまに硫砒鉄鉱を宙に放り、黄色い外套の中から筒を二本出し、更にその中から濡れ布巾を取り出して、 片方を少年に渡して手を拭くように言う。

それから、何故手を拭かなければいけないのかの話をした。

「硫砒鉄鉱の表面には、砒素化合物が付いている事が有るんだ。

砒素、と言うのがどんな物か知っているかな?昔はよく使われた毒だよ。

そんな物が手に付いていると良くないから、しっかり拭いて置いた方が良いよ」

 あの銀白色の綺麗な結晶の表面に毒が付いている。その言葉を聞いて少年は信じられないという顔をするが、 『砒素』と聞いて背筋に悪寒が走った。

 おじさんの言う通り、渡された濡れ布巾でごしごしと手を拭う。

 後でちゃんと手を洗わないとね。おじさんはそう言って、少年の分と自分の分、 二枚の濡れ布巾を外套の下から取り出した袋に入れ、外套の中へとしまってしまう。

 毒の付いた濡れ布巾の事を少年は少し心配そうに見ていたが、 この先にもまだまだ石が沢山有るというおじさんに促され、また歩き始めた。

 

†next?†