次第に、周りに浮かぶ鉱物の種類が増えてきた。
その様は、夜空の様で居て、宝石箱の様だった。
ここはペグマタイトだね。と言うおじさんの後について歩く少年。
ふと、おじさんが足を止めた。
ペグマタイトでは色々な石が出来るんだよと、おじさんは少年に好きな石を持ってくる様言う。
言われるままに、少年は薄桃色の結晶と、白い結晶、金色の針の様な物を持って来た。
「おや、随分と地味な物を持って来たね」
もっときらきらしたものを持ってくると思っていたのか、おじさんは少し驚いた様子。
少年は、この石は見たことが無いから名前を教えて欲しい。とおじさんに言う。
おじさんは順を追って、一つずつ少年に教えていく。
「この薄桃色の石は、正長石。
花崗岩って、知ってるかな? あれに良く混じっているんだ」
「花崗岩って、よくおっきいデパートとかの壁になってるやつですか?」
「そうだね、大理石として建材にもなっている。花崗岩に混じってる桃色の石は、大体これだよ」
全く知らない物だと思った石が、思いの外身近に有ると知った少年は、驚いた様な、嬉しそうな顔をする。
それから、話の続きをねだる少年に、おじさんは次の石の説明をする。
「この白い、柱状の結晶は曹長石。
さっきの正長石の仲間だよ」
それを聞いて、少年は不思議そうな顔をする。
「正長石とこれって、どこが違うんですか?」
おじさんは少し困った様な顔をして答える。
「ナトリウムが主成分の長石なのだけれど、そうだなぁ、もっとわかりやすい違いは……
ああ、正長石は薄桃色をして居るけれど、曹長石は淡い青色をした物が有るんだ。
正長石は白や灰色にはなるけれど、青色にはならないんだ」
その答えに、少年は少しふくれっ面をして、正長石と曹長石を手放す。
「なんか、難しい石ですね」
そんな少年を宥める様に、おじさんは頭を撫でながら説明を付け加える。
「君が知ってそうな石だと、そうだね、ムーンストーンって有るだろう?
あれの仲間だよ」
すると、少年がおじさんを見上げて、少しだけ悲しそうな顔をする。
「お友達がいっぱい居る石なんですか?」
「そうだね、正長石や曹長石には、いっぱい友達が居る。
さぁ、次の石の名前だね」
おじさんは、少年が寂しそうな顔をしているのに気付いていないのか、次の石の説明を始めた。
「この金色の針みたいな石は、金紅石って言うんだ。君にはルチルって言った方がわかりやすいかな?
チタンが取れる、大事な石だよ」
金紅石。と言われた時は初めて見る石かと思った少年だったが、ルチルと言われて知っている石だと気付く。
「ルチルって、知ってます。
水晶とかによく入ってる金針ですよね?」
チタンが何であるかはわからなかったが、その事をすっかり忘れて少年は、 父の店にルチル入りの水晶が置いてあることがあると、おじさんに話す。
やはり、ルチルという名前では知っていたね。と言うおじさんの言葉を聞きながら、少年はルチルを手放す。
ふわりと元の場所に戻った鉱石を見送った後、今度はおじさんが何種類か石を持ってきた。
赤く丸い石と、透き通った薄桃色の石、四角く緑色の中に紫の入った石と、黄色く透き通った石、 それに緑色の柱状の石だ。
「もしかして、君がこれを持ってこなかったのは、知ってる石だったからかな?」
おじさんの言葉に、少年は頷く。
おじさんは、少年にそれぞれの石の名前を尋ねる。
少年は淀みなく答える。
赤く丸い石は、アルマンディンガーネット。
透き通った桃色の石はジルコン。
四角く緑色の中に紫の入った石はフローライト。
黄色く透き通った石はトパーズ。
緑色の柱状の石はエメラルド。
これが少年の回答。
それを聞いたおじさんは、賞賛の声を上げる。素晴らしい、素晴らしい、全て正解だ。少年の顔を洋燈が照らすと、 照れているのかほのかに赤い。
紅潮した頬もそのままに、少年はおじさんに尋ねる。
この石にも他の名前は有るのですか。と。
おじさんは答える。
「鉱石名でも、ジルコンはジルコン、トパーズは少し変わって、トパズになる。他は少し難しくなるかな。
アルマンディンガーネットは、鉄礬ザクロ石。
フローライトは、蛍石。
エメラルドは、緑柱石。
こんな感じだよ」
初めて聴く名前に、少年はどうしてそんな名前が付いているのか、それをおじさんに尋ねる。おじさんは、 一つずつ丁寧に答える。
まず、鉄礬ザクロ石。これはザクロ石に鉄とアルミニウムが混じっているから、 こう言う名前になった。『礬』というのは、アルミニウムのことである。
次に、蛍石。これは熱を加えると光るからだよ。見てご覧、こうやって洋燈の火にくべると光るだろう。
最後に、緑柱石。これは緑色の柱だから、緑柱石なのだろうね。
おじさんはそう説明した。
それから、君に是非見て欲しいのだけれど。と言って、おじさんは持っていた結晶を宙に放った後、好き通った淡青色の、 柱状の結晶を二つ、少年の目の前に差し出す。
「これの違いがわかるかな?」
まるで少年を試す様な、その口ぶりに少年が怯む。その様子を見ておじさんは、 間違っても怒りも笑いもしないから。と言い聞かせ、また少年に違いを尋ねる。
「わからないです。
この二つは違う石なんですか?」
正直な少年の言葉に、おじさんは二つの石を少年に渡し、よく見る様に促す。
少年が良く結晶を見てみると、片方は縦に、片方は横に筋が入っていた。
「どちらも水色だけれどね、縦に筋が入っている方が緑柱石の水色のやつで、 横に筋が入っているのがトパズの水色のやつだよ」
その説明を聴いて、少年の顔に感動が浮かぶ。
「これ、アクアマリンとブルートパーズなんですか!
結晶の形だとこんな違いがあるんだぁ……」
「おや、青い緑柱石がアクアマリンだというのは知っていたのかい?」
「アクアマリンは、エメラルドの色違いだってお父さんが言ってたんです」
「そうなのか。緑柱石は他にも、黄色やピンク、赤もあるんだよ」
宝石として扱われ、カットされた物は見慣れている様だけれども、 結晶の形で見たのは初めてな様子の少年。彼の手から青い緑柱石とトパズが離れ、二人はまた洋燈の灯と、 宙に浮く鉱石のほのか光と共に先へと進んで行った。