第四章 最適解

 俺がその場所に着いた頃には、惨状が残っていた。床に積もる塵、身体の所々が欠けて倒れている男、 それに右脚と頭の左半分を失いながらも硬いコンピューターの一部を食べている女が居た。

 かわいそうに、この女は出来たばかりであろうこの傷さえ無ければ、 人の気を触れさせるほどに美しいはずだと言うのがわかる。

「あーあ、お前らは完全にとばっちりだよな」

 そう呟いて、俺は塵の積もっているところと、 倒れた男を見る。どちらも俺の友人で昔は馬鹿な話をしたりして笑ってたっけ。

 今更昔のことを思い出しても何にもならない。俺は持っている弾丸式の銃を彼女の頭に向け、言う。

「隠れてないで出てこい」

 トリガーを引こうとしたその時、彼女の右目からずるりと、黒い触手が這い出した。背筋を悪寒が走る。 その触手は俺よりも大きい、貌の無い人型を取り、愉快そうに笑う。

「おやおや、遂に君たちも私に立ち向かう術が手に入ったのかな?」

 俺は何も言わずに、貌の無いものに弾丸を撃ち込む。するとそいつは灰となって崩れ落ちた。 しかしすぐさまにまた声が聞こえる。

「なるほど、日緋色金とオリハルコンを混ぜたのか。確かにこれなら、私たちもひとたまりもないねぇ」

 気がつけば、どこからともなく貌の無いものが俺を取り囲んでいた。そう、こいつの分身は数え切れないほど居るのだ。

「お前を処理するために、沢山弾作ってきたから感謝しろよ」

 言葉の間にも、何体かのそいつに弾丸を打ち込み、灰にする。何体も何体も撃ち殺しても、 そいつは限りが無いように沸いてくる。その様は、 人間が見たら瞬き一回分の時間も持たずに発狂するだろうという物だった。もし人間で無いもの、例えば神が見たとしても、 いつまでもは正気を保っていられないだろうと、そう思った。

 貌が無いのに薄笑いをしているというのがわかるそいつを、 根気強く撃ち抜いていく。いくら倒しても全く減る様子が見えない。こちらの一撃を避ける様子が全く見えないけれども、 きっとそれは俺には絶対に倒すことが出来ないと言う自信の表れなのだろう。

 少しずつ自分が手荒になっていくのがわかる。確実に正気を蝕まれているのを感じた。

 そいつは愉快そうに笑って言う。

「本当に私を殺して良いのかな?」

「そのつもりだぜ?」

「私が全部死んだら、その女も死ぬぞ」

「だからどうした」

 空になった弾倉を抜き、新しく詰め直し、目の前に迫ったそいつの頭を撃ち抜く。やはり灰となって崩れ落ちた。

「その女が死んだら、どうなるかわかっているのかな?」

「むしろなんで俺がわかってないと思った?」

 一体ずつ確実に仕留めていく。俺にはわかってる。彼女が死ねばこの世界その物が役割を終えて消えるという事が。 この部屋に置かれている壊れたコンピューターと彼女の役割はもう終わった。 この星に文明が産まれ出てから長らく課せられていた、物語を綴るという人間の仕事を、完成させたのだ。

 なんて哀れな最期なのだろう。もしかしたら、俺が主神の元へと彼女を連れて行けるのであれば、 またこうなる前と同じように生活を続けられるのかも知れない。

 けれどもそれは出来ないこと。誰かひとりのために奇跡を起こすことは出来ないのだ。

 もし俺に奇跡が起こせるとしたら、それはただひとつ。

「どうなるのかわかっているのか。

それじゃあ私と根気比べをしようじゃないか」

「おう、そのつもりだ。

お前の命と俺の正気、どっちが長く持つか比べてやるよ」

 この貌の無いものを殺し尽くすことだけだ。

 

 

†fin.†