セイタの給料日。例によって休みを取り、貰った給料を抱えて家へと戻った。
「ただいま」
「あ、兄さんお帰りなさい」
早速セイタを出迎えたのはネテプ。
どうやら丁度掃除を終えた所だった様だ。
給料の食料を台所に置き、居間でゆっくりしていると玄関からシェリティが入って来た。
手に持った器と、その中に入った食器を台所に置くなりセイタに抱きつく。
「お兄ちゃんお帰り!一ヶ月ぶりだね」
「兄さん、今日は泊まっていくの?
それとも晩ご飯を食べたら兵舎に戻るの?」
「ああ、今日も晩ご飯食べたら兵舎に戻るよ」
セイタの言葉にシェリティが抗議の声を上げるが、奥から出てきた母にたしなめられ渋々大人しくなる。
「セイタもミエ様のお付きになって、随分と頑張ってるみたいじゃ無いか。
本当は俺の脚が良ければ、お前一人に生活を支えて貰わなくて済んだんだけどなぁ」
杖をつきながら母と一緒に奥から出てきた父に、セイタはぶっきらぼうに返す。
「別に。
父さんは若い頃頑張ったんだからもう悠々自適に暮らして良いんだよ。
今は俺が頑張る番なだけだって」
「ははは、大層な事を言うようになったじゃ無いか。
いつ俺が死んでもセイタが居れば安心だな」
「不吉な事言うなよ。
ちゃんと長生きしろクソ親父」
「わかってる。
せめて孫の顔を見るまでは死ねないさ」
照れているのか、ふてくされたような顔をするセイタの背中を、父が笑顔で叩く。
その様子を母とネテプが微笑ましく眺める中、シェリティがいつの間にか用意したおやつを運んできた。
「おやつだよ~。
今回のお給料、イチジクが多かったからイチジクを煮たやつだよ。
お兄ちゃんイチジク好きだったよね?」
「あ、イチジク多かったんだ。
じゃあ有り難く食べるよ」
好物の登場に少し顔を緩ませながら、セイタはクールなつもりでイチジクに手を伸ばす。
家族で談笑しながら食べるおやつ。
「美味しいなぁ、美味しいなぁ」
もはや顔を取り繕う事をやめて笑顔でイチジクを頬張るセイタ。
そんな彼に、泊まっていけば朝も美味しいご飯を作るよ。とシェリティは言う。
それを聞いても、セイタは夕食後に戻ると意思を変えない。
ふくれっ面になってしまったシェリティにネテプが、それなら泊まりたくなるくらい美味しい晩ご飯を作るのよ。 等と言っている。
セイタとしてもシェリティの作った料理が美味しいのと、 家族と一緒に過ごしたいと言う思いもあって出来れば泊まっていきたい。
けれども、ミエを守るという責任とは引き替えに出来ない。
結局、その日も夕食後すぐに兵舎へと戻って行った。
その翌日の夜、突然街を警邏している兵士に呼び出された。
何事かと聞くと、強盗殺人をした犯人を捕まえたという。
「それは俺に伝えないといけない案件なんですか?まずは兵長に伝えた方が……」
兵士の話にセイタがそう返すと、この件はセイタに伝えろと兵長直々に指示を出されたとの事。
街の警邏担当では無い自分に何故?とセイタは疑問に思ったが、兵士の口からこう告げられた。
今回捕まえた強盗殺人犯によって、セイタの家族が皆殺しにされたのだと。
思わず身体に痺れが走った。
昨日まで街の中に有った家族の笑顔。
それと、ミエと交わした、いつかお忍びで家族に会いに行くという約束が頭を過ぎる。
あの『いつか』はもう来ないのだ。
抱えきれない程の悲しみの後、手に負えない程の怒りがこみ上げてくる。
「そいつは、今どこに?」
「兵長の計らいで、拷問室に」
「わかりました。案内していただけますか?」
勤めていつも通りに話しているはずなのに、言葉の奥に暗澹とした物が混じる。
セイタは兵士に連れられ、拷問室へと足を運んだ。
拷問室の中には、鎖で壁に繋がれ、痩せ細った男が立っていた。
セイタは笑顔を浮かべて男に訊ねた。
「どうして強盗など為さったのですか?」
口元をつり上げ、丁寧な言葉で話しかけたせいか、男は情に訴えれば許されるかもしれないと思った様で、 如何に自分が貧しいか、餓えていたか、そんな事を涙ながらに訴える。
「そうですか、その様な事情が有ったのですね。
では、住民を殺した理由は何ですか?」
その問いで男は気付いた。
セイタの眼の奥で、何かが渦巻いている事に。
男は怯えながら、殺す気は無かったと、素直に食料だけ分けてくれれば殺さなかったと言う。
「そうですか。そんなにお腹が空いていたのですね」
男の言葉に、セイタはナイフを取り出して握りしめてこう言った。
「それでは、これからお腹いっぱい食べ物を食べさせてあげますね」
笑顔を浮かべたまま、セイタはナイフで男の腕の肉をそぎ落とし、それを口の中に詰め込む。
「ほら、食料ですよ。
しかも高級な生肉ですよ。
人を殺すくらいお腹が空いているんでしょう?
沢山食べて下さいね」
笑顔のままそう言い、男の肉をそぎ落としては口に詰めていくセイタ。
狂気。そんな言葉では到底説明の付かない光を瞳に宿らせ、 悲鳴を上げようとしているのか呻き声を上げる男を見つめていた。
男が息絶えた後、セイタはミエの元に呼び出されていた。
人払いをしては居る物の、いつもの様に甘えるような表情を見せる事は無く、 ミエは毅然とした態度でセイタにこう告げた。
「貴方のご家族が殺されたのは大変痛ましい事です。
ですが、貴方にはあの男にあそこまで罰を与える権限は有りません。
流石の私でも、弁護のしようが無い程です。
依って、暫くの間謹慎処分とします。
わかりましたね?」
「……はい。申し訳ありませんでした」
ミエの言葉に、セイタは反省する気持ちとその反面、あれでも足りない位だという気持ちが入り交じる。
ふと、ミエの顔を見ると目元が微かに光っていた。
セイタがぽつりと言う。
「『いつか』はもう来る事が無くなってしまいました」
それに対し、ミエが声を震わせながら返す。
「いいえ、『いつか』はきっと来ます。
貴方のご家族が生まれ変わって、私と貴方も生まれ変わって、そうしたら……」
ミエの言う様に、生まれ変わってまた出会ったら、その時はミエにも家族を会わせる事が出来るのだろうか。
いつかというのはいつなのだろう。
神官であるミエ程神を身近に感じていないセイタには、全く想像が出来なかったし、 もう『いつか』は来ないのではないかと思ってしまう。
ミエに慰めの言葉をかける事も出来ないまま、セイタは部屋を後にする。
そして、外で待っていた兵士に謹慎室へと連れて行かれ、そこで眠りについた。
その日の晩は、いくつも夢を見た。
シェリティとネテプと、自分と。三人でテーブルを囲い見た事も無い料理を食べる夢。
それから、ミエと二人で甘い香りのする飲み物を飲む夢。
最後に、シェリティとミエが河辺で殴り合っている夢。
「ちょっと待て最後の何だ!」
思わずそう叫んで起き上がると窓からは朝日が差し込んでいる。
陽を浴びて反射的にミエの警護の準備をしようとしてしまったが、今は謹慎中だ。
狭い部屋の中で、最後に見た夢について悶々と考えながら、気がついたら日が暮れていた。