第四章 宝石

 ある日の事、ミエの元にメティトから書面が届いていた。

差出人の名前だけを聞き、何か面白い事でも有ったのだろうかと書面を見ていると、とんでもない事が書かれていた。 内容は、宣戦布告。

 メティトが何の理由も無くそんな事をする筈が無い。そう思い内容を確認すると、河馬神様の像に填められていた宝石を、 ミエの元に属する神官が盗み出そうとしたと書かれている。

更に続きには、河馬神様の身体に付いている宝石なら、まだミエの顔に免じて厳重注意で済ませる所だったのだが、 寄りにもよって一番重要な部分、眼の部分に填め込まれていた大きな宝石を盗もうとした。 これは河馬神様に対する侮辱であると、そうあった。

 ミエは思わず顔を青くする。

これは何とか、捕まった神官の為にもメティトの許しを請わなくては。

ミエはすぐさま、自らメティトの元へ持っていく書面を作ったのだった。

 

 書面を作ったミエは、謹慎の解けたセイタとその他数人の兵士を連れ、メティトの元へと訪れた。

 メティトの神殿の兵士達は厳戒態勢に入っている様で、武器を手放さずにミエ達をメティトの元へと案内する。

 メティトの元に着くと、まさかミエが直々に来るとは思って居なかった様で、意外と言った顔をしている。

「この度は私どもの神官がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」

「まさかミエちゃん直々に来るとは思わんかったよ。

……やっぱ、戦争は避けたい?」

「民の命が奪われるのは、避けたい物では無いですか?」

「ま~、それはあたしもそうなんだけど。

でもいくらミエちゃん直々に来たからと言って、あの子らの狼藉はそうそう許せる物じゃ無いよ」

「では、どうしたら戦争を避けられますか?」

 あくまでも下手に出るミエに、メティトは難しい顔をして答える。

「あたしとしては、ミエちゃんにわざわざ来て貰った訳だし、狼藉を働いた二人を打ち首にする位で済ませたいんだよね。

だけど、河馬神様がお怒りでね。

猫神様の民の血を流せって言うのよ」

「なるほど」

 メティトの言葉に俯いたミエは、拳を握りしめて言う。

「しかし、我等が猫神様とて、民の血を流す事は望んでおりません。

なので、こうしてはどうでしょう。

私とメティトさんを擬似的に神殿とし、一騎打ちをする事で戦争の代わりとするのは?」

「戦争の代わりって事は、負けた方が打ち首って事で良いんよね?」

「そうなります。

私が勝てば、メティトさんが打ち首。

メティトさんが勝てば、私と狼藉を働いた神官が打ち首になりますね」

 淡々と話を進めるミエは、後ろに控えているセイタが青い顔をして居る事に気づいていない。

いや、敢えて気付いていないふりをしているのか。神官長同士の取引に、 お付きとは言え一介の兵士が口を出す事は出来ない。

それがわかっているから、気付きたくない。

 そんな事情を知らないメティトは、なんか具合の悪そうな兵士が居るなとは思った様だが、ミエの話に乗る。

「あいわかった。

それじゃああたしとミエちゃんの一騎打ちだね。

相手がミエちゃんだからって手加減はしないよ」

「その言葉、そのままお返しします」

覚悟を決めたミエを前に、メティトは兵士達を下がらせ、こう告げる。

「シストルムを持って来て!

当然二つね!」

 その声に応え、即座に神官の一人がメティトとミエにシストルムを渡す。

こうして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 小柄で華奢なミエは、どう見ても劣勢だった。

メティトが大柄という訳では無い。メティトは一般的な女性の体型だ。

ただ、ミエはメティトよりも幼く、戦いの経験が浅い。

お互いが神官で無く兵士だったとしたら、ミエはとっくにメティトに組み伏されていただろう。

けれどもミエは耐えている。

自らの信仰する神と、守るべき民の為に。

 お互いにシストルムを打ち付け合い、何度も間を空ける。

「ミエちゃん、やるねぇ」

 息を切らせるミエに、メティトは容赦なくシストルムを振りかぶる。

しかしすんでの所で避けられ、顎の下からミエのシストルムが迫る。

顎先をシストルムが掠め、よろめきながら下がるメティト。

ミエはシストルムを構え直しながら、メティトに言う。

「私には守る物が有るんです。

生きて、生き延びて、守らなきゃいけない人が居るんです!」

 ふらついた脚を踏ん張り、メティトもシストルムを構え直す。

「恋する乙女は強いね。

でも、あたしだって情に流される訳にはいかないんだよ!」

 メティトの震える声を聞いて、まだ体勢を立て直し切れていないと判断したミエは、自ら駆け寄りシストルムを振るう。

 数回打ち付け合った末に、メティトの手元からシストルムをはじき飛ばす事が出来た。

これで勝負が付いたか。そう思った瞬間、本能的に身を沈めた。

頭の上をメティトの拳が通り過ぎていく。

 まだ終わっていない。

しゃがんだ体勢からメティトの鳩尾目掛けシストルムを突き上げるが、手刀で払われてしまう。

思わず足下がふらつく。その隙を見逃さなかったメティトが、肘をミエの鳩尾に沈めた。

 

 次にミエが目を開いた時には、身体に縄をかけられ、いつだったか神殿で、 宝石が欲しいと言っていた神官二人と並べられていた。

神官達は泣きながらメティトに訴える。

河馬神様の瞳を持ってくる様に言ったのはミエだと。

しかしメティトはその訴えを一蹴し、三人とも打ち首であると言う事を伝える。

「見苦しいよあんた達!

確かにミエの事を打ち首にはするけど、あんた達なんかよりはミエの方がよっぽど信用出来るんだよ!」

 ミエに付いてきた兵士達は、セイタも含めメティトに逆らう事は出来ない。

神官同士のやりとりに、兵士は口も手も出してはならない決まりだから。

 神殿の一室で、泣き叫ぶ神官二人とミエの首に刃が振るわれる。

三つの生首が転がる中、メティトの震える声がセイタの耳に入った。

「ごめんねミエちゃん。

あたし初めて神官じゃ無きゃ良かったのにって思ったよ……」

 必死に涙を堪えているだろうメティトに、セイタが頼み事をする。

せめて、せめてミエの首と身体を猫神様の神殿へと連れ帰らせて欲しいと。

メティトはそれを承諾する。

罪を犯した神官二人は罪人としてこの街で晒し者にしなくてはならないが、ミエには罪は無い。ただ責任があっただけだから。 そう言って、ミエの連れてきた兵士達に、ミエの首と身体を預けた。

 

 それからと言う物、守るべき人を為す術も無く喪ったセイタは空虚に日々を過ごしていた。

次の神官長が決まるまでは今後どの様な扱いになるのかはわからない。

ただ、家族を喪い、ミエまで喪った自分には、もう何も守る物が無い様な気がするのだ。

仮に有ったとしても、守り切れる自信が無い。

 神官長の選別が終わり、セイタは新しい神官長に早速呼び出され、話をされた。

その内容は、お付きの兵士で有りながら、前神官長で有るミエを守り切れなかった罪で罪人として処刑するという物だった。

 

†next?†