第二章 暴食と虚飾

 時間は午後二時を回った頃。天使様達に昼食は済ませたかどうかを訊ねると、 食べてからあの教会に顕れたとの事だったので、時間を見ても、 今日宿泊するホテルにチェックインして荷物を置いてから回った方が良いだろう。

 予定としては、今日明日と東京を案内して、 明日の夜に茨城のホテルへと向かうつもりだ。茨城のホテルは日付を跨いだ頃でもチェックインできるようだし、 大丈夫だろう。

 お父様から借りた車に天使様達と荷物を載せ、まずは新宿へと向かう。今夜泊まるホテルは、新宿のホテルだ。

 暫く車を運転していると、メディチネル様が声をかけてきた。

「ねぇ、この車ってオーディオ付いてないの?」

「オーディオですか?

カーナビと一緒に付いていますが、それが何か」

「なんか音楽かけた方が楽しいかなって思ったんだけど、ジョルジュ君は運転中音楽はかけない主義?」

 ああ、そう言えば音楽をかけていなかった。普段はクラシックやジャズのCDをかけているのだけれど、 天使様達の好みに合うだろうか。

「普段はかけていますが、かけますか?

それとも、何か聴きたいCDを持って来ていらっしゃいますか?」

 出来れば天使様達の好みに合う曲をかけたいのでそう訊ねると、 メディチネル様が後部座席から乗り出してきてこう言った。

「CDっていうか、僕とプリンセペルで旅行中聴きたい曲をSDカードに入れてきたから、それかけたいなって。

このオーディオ、SDカード入るよね?」

「はい。SDカードも入ります。

次信号で止まった時に入れましょうか」

「そう? ありがとー。

じゃあ次赤信号で止まった時に渡すね」

 そうこうしている間に信号で引っかかり、早速SDカードを受け取ってオーディオに入れ、音楽を再生する。

 思いの外賑やかな曲だけれど、偶にはこういうのも良いかもしれないね。

 

 それから運転すること暫く。無事にホテルに到着し、チェックインをして部屋に荷物を置いた。

 宿泊する部屋はゆったりとした作りで、ソファが二つと大きめのベッドが二つ置かれている。このサイズなら、 天使様達もゆっくりとお休みになれるだろう。僕もこの部屋に泊まることになっているけれど、 僕はホテルから借りられる仮設のベッドで寝るつもりだ。

 メディチネル様がソファに腰掛け、プリンセペル様が窓から外を眺めている。僕もソファを勧められたので、 恐縮しながら腰掛けている。

 それぞれ落ち着いた所で、まずはどこへ行くかを決めないと。

「さて、先程プリンセペル様が小腹が空いたと仰っていましたが、おやつを食べに行かれますか?」

「そうだね。どっかお勧めある?」

「そうですね、新宿近辺ですと、一日数個限定のスフレが食べられる喫茶店がありますし、 原宿まで行けばパンケーキで有名なお店も有ります。

最寄りとなると、このホテルのラウンジでスイーツビュッフェが有る様ですが」

 いくつか候補を挙げると、メディチネル様がちらりとプリンセペル様の方を見て、声をかけている。

「プリンセペル、どこが良い?

多分全部って言うと思うけど、全部はダメだからね」

 すると、プリンセペル様が振り向いて、少しムッとした顔をする。

「なぜ全部は駄目なんだ」

「そんなに食べたら暴食の罪に触れるでしょ。だから、どこか一カ所ね」

 なんだか子供を見守る母親を見ている気分になったけれど、こういう気の置けない仲だから、 このお二人は一緒に旅行に行こうという事になったのだろうなと納得する。

 メディチネル様に釘を刺されたプリンセペル様が難しそうな顔で悩み、こう結論を出した。

「それなら、このホテルのラウンジが良いな。

スイーツビュッフェというのがどういう物かはわからないが、 食べた後他の所を回るのだろう? 近場で休んでから回った方が良いだろうしな」

「かしこまりました。ご案内します」

 しかし、プリンセペル様はビュッフェがなんなのかご存じないままに選んでしまったけれど、 先程の会話を聞く限り少し不安がある。

 食べ過ぎてしまわなければ良いのだけれど。

 

 ホテル内を案内し、ラウンジで席を取る。

 すると、プリンセペル様が不思議そうな顔で声をかけてきた。

「ここは席について待っていれば、給仕が食べ物を持って来てくれるのか?」

 入り口近くに並ぶビュッフェ台をちらちらと見ながら、そわそわしている。なので、 ビュッフェとはどういう物なのかを説明し、自分で好きな物を取ってきて良いと言うことを伝えると、 プリンセペル様は驚いたような顔をする。

「好きなだけ持って来て良いのか?」

「はい。ですが、残さないように気をつけて、少しずつお願いします。

ここは制限時間が無いので、ゆっくり出来ますし」

 隣に座ったメディチネル様を視線で急かし、プリンセペル様が席を立つ。

「もう、しょうがないなぁ。

じゃあちょっと取ってくるから、ジョルジュ君待っててね」

「はい、かしこまりました」

 ビュッフェ台に向かうお二人を見て、プリンセペル様が取り過ぎてしまわないかどうか少し不安だったけれども、 きっとメディチネル様が抑えてくれるだろうと、ゆっくりと待つ事にした。

 

 少しして、全員分のスイーツがテーブルの上に並んだ。メディチネル様のお皿には綺麗に四つほどケーキやゼリーが並び、 プリンセペル様のお皿には案の定、その倍のケーキ類が並んでいる。

 まぁ、そんなに大きいケーキでも無し、これくらいなら暴食の罪には触れないだろう。

 僕は、アイスとナッツ類のトッピングを混ぜた物を取ってきた。

 全員分揃ったので、プリンセペル様は早速ケーキを口に運んでいる。僕もアイスが溶けてしまわないうちに食べようと、 スプーンですくう。

 一方、メディチメル様はスマートフォンを取り出してケーキの写真を撮っている。それから、 少しスマートフォンをいじってからテーブルに置いて食べ始めた。

 その様子を見たプリンセペル様が、メディチネル様に訊ねる。

「写真なんか撮ってどうするんだ?」

 するとにこにこしながらこう答える。

「SNSにアップして置いた。こういう所は滅多に来られないんだから、折角ならね」

 するとプリンセペル様が渋い顔をする。

「なんだ。私には暴食がどうとか言うくせに。それは虚飾ではないのか」

「これは記録付けてるだけだもーん。虚飾じゃないもん」

 今冷静になって考えると、このお二人をスイーツビュッフェに連れてきて本当によかったのだろうか。 大罪に触れてしまうのでは無いかという不安が微妙にわき上がってきた。

 ふと、メディチネル様がまたスマートフォンをいじり始めた。画面をタップして、撫でて、 それからスマートフォンをテーブルの上に置く。

「どうなされたのですか? メールが来たとかでしょうか」

 言ってから思ったのだが、天使様にメールが来るとか自分で言っていてわけがわからない。 スマートフォンを持っていると言うことはそう言う機能も使っているだろうとは思うが。

 それはともかく、僕の問いにメディチネル様はあっけからんと言う。

「ああ、『私も食べ放題行きたい』って神からコメント付いたから、 『今度はるちゃんに連れてってもらって下さい』って返して置いたんだ」

 どういうことなんだ。

 冷静に考えると天使様のみならず神様までもが利用しているSNSというのが気になるけれど、 天使様がそんなフランクに神様にコメントを返すなんて。

 僕が戸惑っていると、お皿の上の物を平らげたプリンセペル様がこんな事を言う。

「陽照の案内なら安心して神を任せられるな」

「そうだね。この前一緒に焼き肉にも行ったみたいだし」

 陽照というのは、陽照大神のことだろう。 日本国で祀られている太陽神がそんな気軽に神様を食事に誘っているだなんて。

 しかし、冷静になると、いま僕も天使様達を案内してここでおやつを食べているわけだし、 神様同士ならそう言う事もあっておかしくないだろうと、無理矢理自分を納得させた。

 

†next?†