第二章 浅草食べ歩き

 浅草に着いた一行は、荷物をコインロッカーに預けて早速浅草寺へと向かった。浅草寺の参道の入り口、 雷門には沢山の人がひしめいていた。

「ひぃぃ……人がいっぱい居るよ……

悠希君も語主も、置いていかないでおくれ」

 こんなに人が集まっている場所には慣れていないのか、蓮田が早速泣き言を言っている。両手で悠希と語主の手を握り、 俯いている蓮田に、悠希が開いている方の手で上を指してこう言った。

「蓮田さん、上を見てみて下さい。

この上にある大きい提灯がここの目玉なんですよ」

 言われるがままに、蓮田は恐る恐る上を見上げる。するとそこには、人間が何人も入ってしまいそうな程大きい、 赤い提灯がぶら下がっていた。それを見て驚いたのか、ぽかんとしている。

「すごいねぇ。こんなに大きな物がぶら下がっているんだね」

 じっと提灯を見ていた三人だったが、浅草寺へと向かいたい人に押され、 蓮田がまた不安そうな顔になったので、取り敢えず一旦、雷門から離れる事にした。

 参道に入ってしまうと、人が多いとは言え密度はだいぶ低くなったので、立ち並ぶいろいろな店を覗く余裕があった。

 外国人観光客をターゲットとしている日本風の雑貨を扱っている店を見て、蓮田は物珍しそうにしている。

「蓮田さん、こういうのは珍しいですか?」

「そうだね。今はこういうのが流行りなのかな?」

「いや、それは外国人向けの典型的な日本国像を示した物だから流行ってるわけじゃ無い」

 じっくりと店を見て歩いて居ると、どこからともなく甘く香ばしい匂いが漂ってきた。

「おや、なにやら良い匂いがするね」

 匂いを嗅いで嬉しそうに周りを見渡す蓮田に、悠希がこう説明する。

「この辺りは揚げまんじゅう屋さんが何件かあるんですよ。その匂いだと思います」

「あげまんじゅう?」

 初めて聞く言葉なのか、蓮田はきょとんとしている。その様子を見て、語主がこう訊ねた。

「蓮田、今お腹空いてる?」

「うーん、そうだね。しんかんせん? の中でお弁当を食べたけど、ちょっとなにか食べたいね」

「そっか。じゃあ揚げまんじゅう買ってくるわ。新橋先生も食べますか?」

「え? 良いんですか? それじゃあお言葉に甘えて」

 軽くやりとりをした後、語主は揚げまんじゅう屋で注文をしている。その後ろ姿を見ながら、 蓮田が不思議そうに悠希に訊ねた。

「悠希君、あげまんじゅうってなんなんだい?」

「ここのは、おまんじゅうに衣を付けて揚げたやつですよ」

「おまんじゅうというのは、なんなんだい?」

「えっと……」

 そこから説明をしなくてはいけないのか。流石におまんじゅうの作り方までは知らないので、 あんこを柔らかい皮で包んだ物だと説明する。すると蓮田は、柔らかいのか。楽しみだねぇ。と言っているが、 どこまでおまんじゅうのことがわかったのか、悠希には察する事ができなかった。

 そうこうしている間に、語主が紙で包まれた揚げまんじゅうを両手に持って戻ってきた。ひとり一個ずつ、 まだ熱いまんじゅうを手渡す。

「熱いうちに食べた方が美味いけど熱いから気をつけろよ」

「そうなのかい? 難しい食べ物だね」

 確かに言われてみると、熱い方が美味しいのに気をつけなくてはいけないというのは、 難しいことを言われている気がする。そう思いながら悠希は、 揚げまんじゅうを控えめにかじる。餡に辿り着くほど大きく囓ったわけでは無いが、 衣のサクッとした食感と、ほんのり甘い皮、

こってりした油の香りを感じた。まんじゅうは初めてらしい蓮田の様子を見てみると、 何口か囓ったようだがひとくちが控えめだった。

「蓮田さん、どうですか?」

 悠希がそう訊ねると、蓮田は口の中の物を飲み込んでから、嬉しそうに答える。

「とても美味しいよ。おまんじゅうというのは、ふかふかしてるんだねぇ」

 ごく当たり前のことを言っている気はするが、 初めてならそう思うのも当然だろう。三人はその場で揚げまんじゅうを食べて、お寺の参拝に向かった。

 

 お寺で参拝するために階段を上る途中、 悠希は気づいた。今回の東京観光は人間が回ることを前提としてコースを組んだけれど、 蓮田と語主は神だ。ここでお寺を参拝して良いのだろうか。そう思ったけれども、 ここまで来て仏様に挨拶をしないわけには行かないし、きっとあの二人は上手くやるだろう。そう思って、 悠希は賽銭箱にお賽銭を入れた。

 

 浅草寺を参拝し終わって、次はどこに行くのかと言う話になる。そこで悠希はこんな話を出した。

「実は、浅草にはとても美味しい芋ようかんのお店があるんです。

その芋ようかんを使ったパフェを出してくれるところがあるんですけど、 行きますか? さっき揚げまんじゅうを食べたばかりですけど」

 その話を聞いて、語主はなんとなく心当たりが有る様な顔をするが、蓮田はよくわからないと言った顔をする。

「えっと、それはどんな物なんだい?」

「そうですね、冷たくて甘い物の下に滑らかな甘い物が有って、その下に固形の甘い物が有るんです」

「随分と甘いのだね」

 きっと蓮田は、その甘い物にどういう差があるのかがわからないのだろう。それを察した語主が、こう補足する。

「基本的に甘いけど、そこそこ量があるから晩飯大丈夫かって話だよ」

 夕食の心配をされ、蓮田は少し悩んだ様子だけれども、 ここでしか食べられない美味しい物が有るのなら食べてみたいと言う事で、悠希はその店まで案内することにした。

 

 悠希の案内で辿り着いたのは、路地を少し入ったところに有る小さなカフェ。人は沢山居たけれども、 席は取れそうだ。取り敢えず、語主に席を取って置いて貰って、悠希と蓮田が注文カウンターへと向かった。

「悠希君、どれがその、甘いやつなんだい?」

「この背が高いやつです。これにしますか?」

 悠希がカウンターにある写真を指さすと、蓮田はそれにしてみるという。そう言うわけで、 悠希はこの店の目玉のパフェを、二つ注文した。

 悠希と蓮田がパフェを持って席に戻った後、語主も注文カウンターに行き、 同じくパフェを持ってきた。三つのパフェが揃ったところで、いただきますをしてから食べ始めた。

 一番上に乗っている芋ようかんのソフトクリームは、冷たいけれども確かに芋の味がして、 なんとなく暖かい感じがした。

「おおすげぇ。ほんとに芋ようかんの味がする」

「あ、語主さんもこれ食べるの初めてですか?」

「そうなんですよ。実は案外、東京都内を歩き回ると言う事をしないので」

「そうなんですね」

 そんな話をしていると、蓮田がゆっくりとソフトクリームを食べながらこう言った。

「この冷たいのはお芋なのかい? こんな甘いお芋があるだなんて、知らなかったよ」

 もしかして、蓮田は薩摩芋の存在を知らないのかも知れない。悠希はそう思ったが、 薩摩芋の説明がとても難しいので、こういう甘い芋もあるのだと、そう答えた。

 パフェに乗ったソフトクリームを食べ終えると、その下には生クリームと、 芋ようかん味のペーストが敷かれている。それを食べて、 もしかしたらこのペーストは芋ようかんその物よりも甘いかも知れないと、 悠希は思う。蓮田に誤解を与えてしまう心配をしながらも、最下層にはちゃんと芋ようかんが入っているので、 これが美味しいという噂の芋ようかんだと言う事を教えれば良いかと、そんな事を考えた。

 

 芋ようかんのパフェを食べ終え、とても満足そうにして居る蓮田に訊ねる。

「どうでしたか?」

 すると、彼は嬉しそうに答えた。

「とても甘くて美味しかったよ。

でも、少し甘すぎる感じがしたから、一番下に入っていた黄色いのが丁度良かったかな?」

 それを聞いて、語主が言う。

「それなら、あの芋ようかんだけのやつが上野駅で売ってるから、お土産に買って帰ったらどうだ?」

「あれだけのが売っているのかい? 買って帰ろうかな」

 そもそも芋ようかんがメイン商品なのだが、 その辺は今説明しなくても良いだろう。芋ようかんパフェの余韻を引きずりながら、三人は駅へと向かう。

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