第三章 隠し事の山村

 変装用の服を手に入れた一行は、急ぎ旅の準備をして件の村へと向かった。新品の服を着ていて旅人だという言い訳は通じるのかという不安はあったけれども、仕立て屋のカミーユは余程察しのいい人物だったようで、実際に服を着て動いてみるとほどよくくたびれて見えるようになっていて、しかもすこし土で汚してあった。これなら実際に数日の旅程を経るだけで、十分に旅人と言い通せるだろう。
 街を出て数日。件の村に着いた。小高い山の中腹ほどにあり、周りの森はある程度切り開かれているけれども、それでも森の匂いが漂っている。森の恵みが期待できそうな村なのにもかかわらず、村はいやに静かだ。ミカエルが住んでいる村のような牧歌的な雰囲気の代わりに、沈み込んで陰鬱な空気が漂っている。
「ちょっと誰か、いいですかね」
 ジジが声を上げて、村人の注意を引く。畑仕事をしていた村人がちらほらと集まってきて、ジジたちのことを睨みつける。
「なんだおまえは」
「よそ者が来るところじゃないぞ」
 口々に追い返そうとする村人たちに、ジジは腕に当て木をしたウィスタリアを見せて言葉を返す。
「あんまお邪魔しちゃ悪いのはわかってるんだが、仲間が見ての通り腕をやっちまってね。こいつの腕が治るまでこの村で休ませて欲しいんだ」
 それを聞いて、村人たちの間に動揺が走る。どうやら怪我人を気遣うやさしさは持ち合わせているようだ。
 戸惑う村人たちの心を刺激するように、ウィスタリアが顔をしかめ、涙目になって鼻をすする。
「うう……いてぇよぉ……」
 当て木をした腕を押さえながら泣き言をいうウィスタリアを見て、村人たちが同情の視線を投げかけてくる。
「怪我人を追い出すのはさすがに……でもなぁ……」
 ぼそぼそと言葉を交わす村人に、ジジはさらに言う。
「元々この村には、ここで採れる香木を買うつもりで来たんだ。
 用事を済ませたらすぐに先を急ぐつもりだったんだが、こいつがドジをしちまったんでね。ほんとうに申し訳ないが、しばらくこの村にいさせてくれないか?
 野宿でかまわんからさ」
 村人たちはまだ戸惑っている。しばらく言葉を交わしあったあと、一番年かさの村人がこう言った。
「わかった。村はずれに空き家があるから、しばらくそこにいさせてくれるよう村長に言ってみるよ。
 だけど、良くなったらすぐに出て行くんだぞ」
「そいつぁありがてえ。頼むよ」
 年かさの村人が村長の家へ向かったあと、その場にいるほかの村人はジジたちを監視しているようだった。まるで探りを入れられるのを警戒しているかのようだ。
 村人のひとりが訊ねてくる。
「そんなに大勢でどこへ向かうつもりだ」
 その問いにジジが答える。
「どこへなんてないさ。俺たちは香油や香木があるところを回って集めてるんだ。
 それを調香師に売って生活してるんだよ」
 続いてウィスタリアも口を開く。
「香油や香木なんて高価なもん扱ってたら、夜盗がこわいんだよ。だからおれたちは徒党を組んでるってわけ」
 村人の顔が青くなる。
「もしかして、その腕は夜盗にやられたのか?」
 その問いに、ジジがルカと猟銃を持ったトマスを差しながら返す。
「ああ、夜盗はあのふたりが倒してくれたけど、棍棒で一発入れられてね」
 そのやりとりを聞きながらずっと黙っているミカエルは、よくもまあこんなにするすると嘘をつけるものだと感心する。
 ジジは必要があれば嘘をつくことに抵抗がないたちだというのは知っていたけれども、ウィスタリアの演技もなかなかのものだ。さすがは元オペラ歌手といったところだろうか。
 そうこうしているうちに村長の許可が出たらしく、一行は村はずれの一軒家へと案内された。
 空き家とのことだけれども、その家はわりと最近まで人がいた痕跡がある。おそらく、この家の住人全員が最近行方不明になったのだろう。
 なにはともあれ、これでしばらくはこの村にいられる。村人たちが姿を消したところで、ミカエルたちはこれからどうするかを相談した。

 とりあえずは、しばらく村の様子をうかがいつつ生活をすることにした。
 食料の調達は森に入って狩猟をしたり採取をしたりでまかなう。その傍らで、ジジが村人たちと香木の取引をして注意を引きつけている間に小柄で目立たないミカエルが村の中のようすを探った。
 二週間ほど探りを入れたけれども、村の中自体には異常はなさそうだった。日曜礼拝が行われていないけれども、これは単純に、この村が辺鄙すぎて巡回司祭が周り切れていないだけだろうから気にするほどでもないだろう。
「う~ん、事件の鍵が全くつかめないね」
 あてがわれた家の中でミカエルがそうつぶやくと、トマスが憂鬱そうな顔をしてこう言った。
「それは困ったことです。
 ところで、気になったことがあるのです。役に立つことかどうかはわからないのですが……」
「気になったこと? 聞かせていただけますか?」
 ミカエルが訊ねると、トマスはすこし顔を青くしてこう続けた。
「森に、見たことのない獣の足跡があるのです」

 その翌日、新たに行方不明になった村人がでたという話をジジがつかんできた。
 ミカエルが身を潜ませながら村人の話に耳をそばだてる。
「森に入るからだ」
「でも、あの人はお父さんを探して……」
「でももなにもない。森に近づいちゃなんねぇんだ」
 森になにかあるのか? ミカエルは訝しんだ。
「横から失礼します。
 我々は森の近くの家を借りているのですが、森になにかあるのですか?」
 ミカエルがさりげなく姿を現し村人にそう訊ねると、村人たちは顔を背けながらこう答える。
「森にはなにもない」
「入るだけ無駄だ」
「くれぐれも森にははいんじゃないぞ」
 村人たちは森になにかがあることを隠している。ミカエルはそう直感した。
 その日の夜。森の中からひどくたくさんの狼の声が聞こえた。たくさんの狼の声が、とても近くで……

 

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