ある日の事、用事があって母上の部屋に行った僕は呆然とした。 「は…母上…ッ!」
「あら、デュークどうしたの?」
「どうしたもこうしたも、何ですかその本の数!
この前ガレージセールやったのに増えてるじゃないですか!」
前に見た時よりも床に平積みされている本の数が明らかに増えていて、床面積が減っているのだ。
「うん、何か一冊持って行くのに二冊置いて行く人が多かったみたいで、 すっごい数増えちゃった。」
そう、ガレージセールは持っていきたい物と価値を釣り合わせるために、一つ持って行くために、 複数置いて行くことも有る。
母上が持っていた本はなかなか手に入らない物が多かったのか、母上の言うように、 一冊持って行くのに二冊置いて行った人が多かったらしい。
「…これだけ増えていると、被った物を置いて行かれてそうな物なんですけど…」
「被ってたら被ってたでまあ良いわ。
またガレージセールやるから。
『この本複数有ります』って看板出して。」
「で、また本増やすんですか?」
思わず溜息をついてしまう。
でもまあ、僕も石を集めて居て、いずれこう言う風になるのかも知れないと思うと、 余り母上の事を強く言えない。
「所で何しに来たのあなた。」
「ああ、そう。
前に借りた人形の本を返しに来たんですよ。」
母上に言われて僕が此処に来た理由を思い出した。
借りていたのは人形の絵型が載っている本。
僕も母上も人形が好きな物で、偶に本を借りては眺めている。
実を言うと、僕は子供の頃に駄々をこねて買って貰ったビスクドールを一体持っている。
もう結構古い物だけれど、母上に作って貰った洋服を着せて部屋に飾ってある。
「あなたもね~、趣味は女の子っぽいんだけど。
女の子に生まれてたらフリフリのドレスいっぱい着せたかったわ~。」
僕が男で生まれてきたせいか、人形に沢山ドレスを作って着せている母上は良くそうこぼす。
「男に生まれたんでフリフリは勘弁して下さい。」
これもいつものお決まりの文句。
まあ、勘弁して下さいと言っても、 パーティーの時とかに割とフリフリしたブラウスを着せられているけれど。
可愛い服とかドレスとか、見るのは好きなんだけど着るのはちょっと…と思うのだが。
ふと、母上が思いだしたように手を叩いて言う。
「そうよ、あなた時々女装して余所行ってるじゃない。
ちょっとアーちゃんのドレス着てみない?」
「え?」
何でそんな話に?
ちなみに言っておくと、僕が女装するとき着ている服は割とシンプルで、 そんなにフリフリしていないし、豪華でもない。
「ねー、これとかこれとか似合いそうよね~。」
戸惑う僕を余所に、母上はドレスを見繕い始める。
「あの、母上…
僕ちょっと母上のドレスは入らないと思うんですが…」
「大丈夫よ、コルセットでウエスト締めれば何とかなるわ。」
何とかやめさせようと、しどろもどろながらに口で抵抗するが、それも空しく、 あっという間に上着を脱がされウエストにコルセットを巻かれてしまう。
「あの、僕のお腹は骨と筋肉なのでこれ以上…いだだだだだだだ!」
締めるだけ無駄だと言おうとしたら、思いっきりコルセットの紐を締め上げられ、 余りの痛さに声を上げる。
「あら、余り締まらないわね。」
「だから締まらないって言おうとしたのに…」
締まらない事が解って、母上はようやくコルセットを締めるのを諦めてくれた。
コルセットを外し、脱がされた上着を着てようやく一息つく。
「あー、痛かった。」
一方の母上は何だか不満そうだ。
「ちぇー、折角ドレス着せられるかと思ったのに。
着れたらね~、今度のパーティーはドレスで行って貰おうと思ったんだけど。」
「断固拒否します。」
またなんか無茶な事言ってるなぁ。
ドレスで行って万が一正体がばれたらどうするんだか。
僕は特殊な趣味が有るわけでもないのに。
ん?パーティー?
「母上、またパーティー有るんですか?」
ちょっと『今度のパーティー』という発言が気になったので、母上に訊ねる。
「そうよ、今晩またあるから。
あなたも行くのよ。」
「はぁ…」
またパーティーかぁ、余り気乗りしないなぁ。
でもまあ、今回は今まで見たいに嫁探ししろとか、 そう言う事を言われていないだけ気が楽かも知れない。
さて、準備しないと。
パーティーが始まって。
今日は何やら周りの雰囲気がおかしい。
一体何が有ったのだろう。
戦々恐々としている人々の中から、目聡く僕を見つけたエメラダとロザリンが、 僕の所に歩み寄ってくる。
「ごきげんようデューク。
ねぇ、もう話は聞いた?」
「怖いわよねぇ~。」
いきなり話は聞いた?と言われても、何の事だか全く解らない。
「話って、何の話?」
僕がそう訊ねると、ロザリンが頬に手を当てながら、信じられないと言った顔で答える。
「実はね、王様が飼ってらした御犬様が、結構前にチャイナの皇帝に、 友好の証として贈られていたんですって。」
「へ~。」
僕が相槌を打つと、今度はエメラダがロザリンの言葉に続けて言う。
「それでね、その御犬様を受け取った皇帝から、『先日は素敵な犬を有り難うございました。
大変美味しゅうございました。』って手紙が来たんですって。」
「へ~。」
喰われたんだあのチワワ。
一瞬あの小憎たらしい顔が頭を過ぎる。
あの嫌チワワが喰われた事に、僕は何の感慨も湧かなかったけれど、 目の前にいる二人はその事についてキャーキャーと話をする。
「チャイニーズって怖いわね、犬を食べちゃう何て信じられない。」
「本当よね、あんなに可愛いのに食べちゃうだなんて。
聞いた話によると、チャイニーズって歩いてる物は何でもとって食べちゃうらしいわよ。」
そんな話初めて聞いた。
いくら何でもそれは偏見だと思う。
でも、チャイニーズが歩いてる物を何でも取って喰ってしまうんだったら、 今目の前にいるこの二人も取って喰ってくれないかなぁ。
不謹慎ながらもそう思っていると、 両手にワイングラスとティーカップを持ったソンメルソが現れた。
「やぁデューク、食べてるかい。」
「見ての通り、全く食料に手が着けられてないよ。」
「はは、やっぱり。まあ一杯どうぞ。」
そう言って彼はティーカップを手渡してくれる。
こう言ったパーティー何かだと、ワインを飲むのが一般的なんだろうけれど、 僕はワインがどうにも苦手なので、こういう時、何時も紅茶を飲んでいる。
ソンメルソはいい加減長い付き合いなので、その辺の事が解っている。
紅茶を貰った僕は、ソンメルソとたわいの無い話をしながら、そろりそろりと、 ロザリンとエメラダの二人から遠ざかっていく。
充分に距離を取った辺りで、僕はソンメルソに訊ねた。
「あのさ、今日なんか戦々恐々とした雰囲気なんだけど、何か有った?」
その問いが意外だったのか、少し驚いた顔で彼が答える。
「何だ知らないのか?
何でも王様がチャイナの皇帝に贈った犬が食べられたとか。
その話で持ちきりだぞ。」
「…あ、皆あのチワワの話題なんだ。」
成る程、皆犬が食べられたというのが相当ショックなんだな。
僕個人としてはあのむかつくチワワが居なくなって清々したと言うか何と言うか。
あのチワワ、元は王様の飼い犬なのでそんな事口に出しては言えないけれど。
そこまで考えを巡らせた所で、ふと過ぎった疑問を口にする。
「そう言えば、あのチワワ何で喋ってたんだろうね、犬のくせに。」
そんな僕の何気ない疑問に、ソンメルソが丁寧に答えてくれる。
「ああ、あの犬は他の国からの貢ぎ物だったらしいぞ。
珍しい喋る犬だと言って贈られたらしいが…」
「が…何?」
「噂を辿っていくとあの犬、色々な所を転々と贈られ歩いてるみたいなんだよな。
まあ、珍しいから無理もないか。」
「へぇ、そうなんだ。」
色々な所を盥回しにされているのは、珍しいだけじゃなくて性格に問題があったんじゃないだろうか、 あのチワワは。
僕の思いを知ってか知らずか、ソンメルソもこう言う。
「まあ、あの犬、何かひねくれてそうだったし、あっちこっち回されても仕方ないかな。」
やっぱり他の人の目にも、あのチワワはひねくれてそうに見えるんだ。
思わずチワワの事で二人して笑い合う。
ふと、僕はパーティーに来てからまだ何も食べていない事に気づいた。
「ごめん、ちょっとお腹空いたから何か抓んでくるよ。」
「ああ、たっぷり食べて来い。」
ソンメルソに一言断ってから、僕はサンドイッチ等の軽食が置かれたテーブルに向かう。
テーブルの上には色とりどりの食料が置かれていて、食欲を誘う。
暫く僕はそのテーブルの前で軽食を食べた。
いくらかお腹が膨らんで、周りを見る余裕が出来てきた辺り。
何とも無しに周りを見渡すと、壁際に一人の女性が立っていた。
その女性を良く見てみると…メリーアンだ。
やっぱり彼女もパーティーに来ていたんだ。
メリーアンを見つけられたのが嬉しくて、早速彼女の元へと歩いて行く。
「メリーアン、来てたんだ。」
「あ…デューク。ごきげんよう。」
彼女は笑顔で挨拶を返してくれるけれど、心なしか顔色が青い気がする。
「どうしました?気分でも悪いんですか?」
少し心配になって彼女に訊くと、疲れた声で答えた。
「少し、人酔いしてしまって…」
調子が悪そうに俯くメリーアン。
僕は彼女の手を取って、
「人酔いしたのでしたら、テラスで休憩したらどうですか。」
テラスへと連れていく。
初めてメリーアンと会ったのもテラスでだったな。
そんな事をふと思い出す。
今日もあの日と同じ様にテラスは暗くて、お互いの顔が良く見えない。
けれど空を見上げると、とても星が綺麗だ。
「星が、綺麗ですね。」
僕がそう話しかけると、彼女も空を見上げて声を上げる。
「凄く沢山星が見えますね。
初めて会った時は雪が降っていたのに。」
その口振りからすると、初めて会った時の事を彼女も覚えているのだろうか。
「あの時は、貴方の方が人酔いしたんでしたよね。」
「始めて会った時の事を、覚えて居るんですか?」
「勿論ですよ。
だって、散々話しかけようかどうか悩んだんですもの。」
彼女がそう言って、ふと二人の視線が重なった。
暫くの間沈黙が流れる。
何も言えなかった。
いや、何を言えばいいのか解らなかった。
僕はメリーアンの手を取り、それでもやっぱり何を言えばいいのか解らない。
こんな時口下手って絶対損だよ。本気で今そう思っている。
頭の中はもう、色々な事がぐるぐる駆けめぐっているのに、 話を切り出すのに適切な言葉が全く持って見つからない。
メリーアンの手を取ったまま暫くじっとしていると、彼女の方から口を開いた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと…話題が見つからなくて。」
ついうっかり本当の事を言ってしまう。
言った後で気づくのも遅いのだが、メリーアンは気を悪くしていないだろうか。
自分でうっかり言って置いて、そんな事が気に掛かる。
だから僕は、自分で言った言葉を取り消すように、慌てて彼女に言う。
「あの、今更言うのも何だけど、初めて会った時、話しかけてくれて凄く嬉しかったです。
何でずっと貴女の事に気づかなかったんだろうって思った位…あの、それで…」
小首を傾げるメリーアンを見つめ、顔が熱くなるのを感じながら言葉を続ける。
「あの日からずっと貴女の事が頭から離れなくて。
それで…」
自分で自分の声がだんだん小さくなっていくのが解る。
僕は何とか声を絞り出して、
「…貴女の事が好きです…」
蚊の泣くような声で、ようやくその一言を言った。
それからまた暫く沈黙が流れる。
どうしよう、やっぱり言わない方が良かったかな。
迷惑だったかな。
そんな思いが僕の頭の中を駆けめぐる。
メリーアンも呆然とした様子で、口を噤んでしまっている。
少し泣きそうな気持ちに為りながらメリーアンの事を見つめていると、彼女が口を開いた。
「私なんかで宜しいのですか?」
その声は少し鼻声で、もしかしたら彼女も泣きそうなのかも知れない。
「何でそんな事を聞くんですか?」
僕は彼女の言葉に抱いた疑問を、素直に口に出す。
彼女はそれに答える様に話し出す。
「私は占いの名手として、色々な人から占いの依頼を受けています。
けれど、その裏では黒魔術もやっているという噂が立てられて居るんですよ。
そんな私でも、良いんですか?」
「それでも構いません!」
僕の答えは決まっていた。
「むしろ僕の方が貴女と釣り合わないんじゃないかって、心配です。
家に引き篭もってばかりだし、口下手だし、話題もあまりないし…
でも…」
僕はその場に跪き、先程から手に取っていたメリーアンの手の甲に軽くキスをする。
「そんな僕で良かったら、僕とお付き合いをしてくれませんか。」
僕は真剣な眼差しで、メリーアンの顔をぢっと見つめる。
僕の言葉にメリーアンは鼻声になりながらも答えてくれる。
「ありがとう。私とお付き合いして下さるなんて…
初めて会ったあの日より、ずっとずっと前から貴方の事を見てたんです…」
彼女は溢れてくる涙を拭いながら僕に言った。
「私も、貴方の事が好きです…」
その言葉を聞いて僕は立ち上がり、やさしくメリーアンの事を抱きしめた。
今日の花は「マトリカリア」
花言葉は「集う喜び」
その花言葉通り、今日は珍しくパーティーに来て良かったと思える日だった。