クリスマスも終わり、僕はまた工房に籠もる生活が続いている。
何故かというと、毎年一月一日には必ず、路上でジュエリーを売りに行っているので、その為だ。
普段割とお偉方のジュエリーの受注を受けて作っているのだけれど、 それだけだとどうにも自分の評価という物が解りづらい。
なので、一般的に見て僕の作品というのはどんな物なのか、 それを知る為に路上販売をやっている。
時計を見ながら作業をし、気が付けばもうティータイム。
余り根を詰めすぎても調子を崩すので、一息入れようと応接間に向かった。
応接間に行くと母上と友人二人が居た。
「今日は呼ぶ前に来たのね。
お友達も来てるわよ。」
「はい、見れば解ります。」
しかしこの状況は困った。
何故困るのかというと、実はソンメルソとメチコバールは仲が余りよろしくない。
しかも母上はその事を知らないのだ。
母上を挟んで座る二人。
二人の間に見えない火花が散る。
「とりあえず立ってないで座りなよ。
隣り開いてるぞ。」
とメチコバールが言うと、ソンメルソも笑顔で言う。
「そうそう、座ると良い。隣り開いてるぞ。」
でも僕は見逃せなかった。
ソンメルソが一瞬凄い顔でメチコバールを睨んだのを。
迂闊な場所に座ると後々怖い気がしたので、とりあえず僕はどちらとも付かない、 間を取った席に座った。
席に着くとメイドがお茶を注いでくれる。
そのお茶の香りを嗅ぐと、紅茶にしてはスモーキーな香りがするので、母上に尋ねた。
「母上、このお茶は何ですか?」
「ラプサンスーチョンよ。
ちょっと前にソンメルソ君が持ってきてくれたの。」
「へー、そうなんだ。
ソンメルソ、ありがとう。」
そう言ってからお茶を口に含むと、やっぱり強い薫製のような香りと、若干の渋みが口に広がる。
こう言いタイプのお茶には、甘い御菓子よりもサーモンとかチーズの方が良く合いそうだ。
小腹も空いているしお茶請けを食べようと思い、お茶請けのお皿を見ると、 其処にあるのは小さなピックと縁が茶色く中が黄色い、しんなりした何か。
「…此は何?」
ピックで一切れ刺して、目の前にそれを持ってくる。
「ああ、それはメチコバール君が持ってきてくれたの。
『イブリガッコ』って言うんだって。」
イブリガッコと言われても何だか解らない。
持ってきた本人であるメチコバールに視線で問いかけると、 「イブリガッコというのは東洋の島国で局地的に作られている、大根の漬け物の薫製だよ。
この手の味はデュークとかが好きそうだと思ってね。」
と返って来た。
だけどいまいちピンと来ない。
「漬け物?ピクルスを薫製にした感じ?」
「ピクルスとはちょっと違うかな。
まあ食べてみてくれ。」
まだいまいちこの物体の事がよく解らないのだが、主成分が大根なら食べても平気だろう。
そう思って一口食べてみると、甘い様なしょっぱい様なそんな不思議な味と、 香ばしい香りが口の中に広がった。
「うん、このお茶に合うね。」
僕は一口でそのイブリガッコと呼ばれる物体を気に入り、自分のお皿に乗っている分を、 あっという間に平らげる。
その様子を見ていたソンメルソが、自分の分のお茶請けを僕に差し出してこう言った。
「その漬け物、そんなに気に入ったんなら俺の分要る?」
良く見るとその皿は全くと言っていい程手つかずだ。
「良いの?美味しいのに。」
僕がお皿を受け取りながら訊ねると、苦笑いを浮かべる。
「いや、この漬け物、俺の口にはちょっと合わなくて。」
確かに、言われてみれば好みの別れそうな味をしてはいる。
口に合わない物を無理に食べろと言うのも何なので、僕は有り難く、 貰った分のイブリガッコを食べた。
僕とソンメルソが話してる間、メチコバールが凄く渋い顔してたけど、 余り気にしないようにしよう…
ああ、なんか居づらいなぁ。
ティータイムが終わって工房に戻ると、僕はまた作業に入る。
やっぱり、工房に居ると落ち着く。
一人で居れて気楽と言うのも有るのだけれど、綺麗に片づいた応接間とかよりも、 雑多な感じのする此処の方が、なんか居心地が良い。
それに、作業をしていて少しずつ、自分の手の中で作品が出来上がっていくのが楽しい。
作業を始めてどれくらい経っただろうか、暫くすると工房のドアをノックして誰かが入ってきた。
「お疲れ。はかどってるかい?」
そう言われて振り返ると、ティーカップを持ったソンメルソが立っていた。
「ああ、それなりにそれなりに。
ソンメルソは家に帰らなくて大丈夫?」
「デュークにお茶を差し入れしてから帰ろうと思ってね。
アフタヌーンティーのすぐ後にお茶を出すのも何だと思って、少し時間置いてたんだ。」
そう言って、彼は作業台の開いている所にティーカップを置いてくれる。
ソンメルソは良く僕にお茶を淹れては持って来てくれている。
茶葉自体を家に持ってきてくれる事も間々有るのだけれど、いつもは僕が作業中の時とか、 病気で倒れたりした時とかにお茶を淹れて来てくれるのだ。
本人曰く、『紅茶を淹れるのは趣味だから』なのだそう。
それにしてもいつも淹れて貰っているので、有り難く思ってるのだけれど、 なかなかそれを口に出せない。
「それじゃ、作業の邪魔になる前に戻るよ。」
結局今回も口に出す前に、彼は何処かへ行ってしまった。
一息ついて紅茶を飲むと、アフタヌーンティーの時のお茶とは打って変わって、 フルーティーな香りが鼻をつく。
爽やかな渋みのあるそのお茶は、ソンメルソお得意のダージリンだ。
お茶を飲んで気分をすっきりさせた後、僕はまた細かい作業に戻るのだった。
そして来る一月一日。
僕は朝から荷物を纏めたり、お弁当を作って貰ったりして、露店の準備をする。
目が覚めて、アーリーモーニングティーを飲んでから、 朝食が準備されるまでの間に荷物は何とかしてしまいたい。
そんなにごっそりと持って行く訳ではないのだけれど、 何にせよジュエリーは素材が石とか金属とかの重い物が多いので、 数はそんなに無くても重量は結構行ってしまったりする。
荷物を詰め終わり朝食を食べていると、母上がこう言った。
「今年も露店やるんでしょ?
風邪ひかない格好で行きなさいよ。」
「大丈夫ですよ。
ちゃんと着込んで行きますから。」
「そう言って去年も風邪ひいたじゃない。
メチコバール君が看てくれたから良いけど、アーちゃん心配したんだから。」
「…すいません…」
この冷える時期、一日中外に居るというのは結構大変な訳で。
ちゃんと着込んで行っているつもりでも、帰ってくる頃には体の芯まで冷え切ってしまう。
まあ、一日中とは言っても、夕食時には帰ってくるのだけれど。
今日のことを心配しているのか酸っぱい顔をしている母上に、他の話題を振る。
「所で母上、化粧品を借りたいんですが。」
「え~、またアーちゃんの使うの~?
貴方結構頻繁に使うんだから自分で買いなさいよ。」
「そうだけど…
ちょっと化粧品買うのには抵抗が…」
この話題に母上は益々顔を酸っぱくする。
でもまあ、それもいつもの事なので、母上に化粧品を貸して貰えることになった。
朝食が終わり、部屋に戻って出掛ける為の身支度を始める。
そのままコートを羽織って出ていけば楽なのだろうけど、 ちょっと今日はそう言う訳にもいかない。
始めて露店を出した時に適当な格好で店番をしていたら、 僕の顔と顧客を知っている人が来た事が有るのだけど、 その時に作品ではなく僕の名前だけでジュエリーが売れてしまったと言う事が有り、 少々嫌な思いをしたので、それ以来変装して露店を出すようにしている。
それだと皆作品を見て、気に入った物だけを買っていってくれるので大分心持ちが違う。
何かこう、売れるのと評価されるのがイコールのような、そんな心持ち。
それで今、変装する為に女物の服に袖を通して化粧をしている訳なのだけれど。
なんでよりにも寄って女装なんだろうと考えた事はあるけれど、 眼鏡を掛けるとか帽子を被るとか、そんな生半可な変装では知り合いにばれそうな気がして。
いや、女装は女装で知り合いにばれたら自分の人生に致命傷を負いそうだけど。
まあ、これで今の所はばれていないので良いとしている。
顔におしろいをはたき、唇に紅を引く。それから長髪のウィッグを被ればこれでもう別人だ。
鏡を覗き込んで不自然がないかどうかを確認。
それからコートを羽織り、ショールを被れば出掛ける準備はOKだ。
僕は重い荷物を持って、家の裏口からこっそりと出ていった。
大通りに出ると既に人が行き交っている。
そんな中、道の片隅に台を作り、布を敷いて露店の準備を始める。
この作業ももういい加減慣れた物。
いつもこの場所に露店を出すので、近所のお店の人なんかも結構顔馴染みになっている。
露店を出し大通りを見て居ると、時間と共に人通りが多くなっていく。
偶に近所の人に挨拶されたり何かして、時間は過ぎていく。
品物が売れなくても、人通りを見ているだけでも割と楽しい。
この沢山の人達の中にも色々な人が居て、皆それぞれ色々な事を抱えて居るんだろうなと思う。
こういう所で品物を並べていると、貧富を問わず色々な人が見ていってくれる。
年齢だって色々だ。
そんな中、一人の女の子が目に付いた。
その子は薄汚れた服を着ては居たけれど、とても綺麗な目をしていて、 物珍しそうに僕の作ったジュエリーを眺めている。
その内の一つ、小さなエメラルドのあしらわれたネックレスを手に取り、ぢっと見つめていた。
「それが欲しいの?」
僕がそう訊ねるとふるふると首を横に振ったけれど、顔はとても欲しそうだ。
僕は少し周りを見渡して、誰も見ていないのを確認してその女の子に言った。
「それはあげる。
でも、他の人には内緒だよ。」
すると女の子はとても嬉しそうな顔をして頷き、 「ありがとう!」
と一言だけ残して人混みに紛れていった。
今日の花は「福寿草」
花言葉は「永遠の幸せ」
その花言葉通り、ちょっとした幸せを見つけられた。と思った日だった。