いつも通りの昼休み、ステラと一緒にお弁当に食べていた匠がこんな事を言い出した。
「そう言えば、お兄ちゃんが珍しい翡翠買ったんだけど少しいる？って言ってたよ」
「悠希さんが？珍しいってどんなん？」
「コバルトブルーの翡翠だって。
ステラが青い石好きだって言ったら、少し多めに確保してくれたみたい」
「ふむ。気になるね」
ちりめんじゃこのかかったごはんを噛みしめながら、ステラはコバルトブルーの翡翠を想像する。
きっと良い物なんだろうなぁと思っていると、案の定サフォーが騒ぎ出した。
「ご主人様、あたしの分もあるケコよね？
あたしのおやつ！」
以前ならここで迷わずチョップを入れているところなのだが、だいぶ前に買ったブルーアンバーを、 未だに少しずつ味わっている様を見ているので、一気に食べるので無いなら値段次第で考慮はするとサフォーに言う。
それを聞いたサフォーは、机の上でステップを踏んでぴちぴちと踊っている。
「サフォーは相変わらず食いしん坊だね～」
そう言って笑う匠に、ステラは苦笑いを返す。
「そうなんだよね。
結構石屋さん行くと、片っ端から味見しようとするし」
「でも、なんだかんだで愛着沸いてきたんじゃない？」
「まぁ、結構持ちつ持たれつだね」
サフォーと、それからルーベンスの話題も織り交ぜながら、 ステラと匠は青い翡翠の受け取りを何時にするかという話をしたのだった。
そして数日後、ステラと匠は例によって浅草橋駅前で悠希と待ち合わせをしていた。
地下鉄の駅のエスカレーターを上ると、そこには既に悠希と鎌谷の姿が。
石の受け渡しだけと言うのも味気ないからと、三人と一匹はビーズ屋巡りをする事にした。
今日は皆それなりに持ち合わせがあったらしく、匠も悠希もビーズ屋で買い込んできた物が詰まった紙袋を下げている。
早速駅近くのレストランに入り、いつも通りの飲み物を注文して、雑談をする。
「そう言えば匠は何買ったの？」
「私？私は金属チャーム色々と、カットガラスのビーズ。
お兄ちゃんは何買ったの？」
「僕？今日はアクリルビーズを買ってみたんだ。
なんか可愛いデザインの物が多くて、アクリルも良いなって」
何となく鎌谷が入りづらそうな話題でステラは少し心配になったが、何のことは無く話題に入ってくる。
「そう言えばステラちゃんは何買ったんだ？
アクセサリー作るって聞かないから買うにしてもコレクションになるんだろうけどよ」
「え？私？
え……っと、綺麗な青と赤のガラスビーズがあったから、ちょっとコレクション用に……」
「へぇ、ガラスビーズもコレクションの対象になるのか」
鎌谷はそう納得しているが、実のところステラがビーズを買った理由は、サフォーとルーベンスのごはんとしてだ。
しかしそんな事は言えないし、 それを察した匠が上手い事話題をそらしてくれている内に注文の品がテーブルの上に並んだ。
各々コーヒーやアイスティーに口をつけて落ち着いたところで、悠希が鞄の中から箱を取りだした。
「はい、今回の用件の青い翡翠」
それを見てステラは思わず感嘆の声を漏らす。
「うわぁ……
こんなに真っ青な翡翠って有るんだ……」
しかしこれはとてつもなく良いお値段がするのではないか。そう思って恐る恐る悠希に訊ねると、 案の定それなりの値段が返ってきた。
しかし、こんなに綺麗な物を見て今更引き下がれるわけがない。
ステラは郵便局のＡＴＭに行ってくると言い残し、一旦その場を離れた。
無事に青い翡翠を購入した後、ステラは他の翡翠も見せてもらっていた。
それは白く透き通った、言われなければ翡翠とは解らない物。
「え……お兄ちゃん、これも翡翠なの？」
「そうだよ。通称アイスジェイドって言われてる物なんだけど、これも珍しいからステラさんに見せようと思って」
「そうなの？わざわざありがとうございます」
しげしげとアイスジェイドを見ていたステラが、次第にむずむずしてくる。これも欲しくなってきたのだ。
予定外の事にはなるが、一応悠希にこう訊ねた。
「あの、これも欲しいんですけど、いくらくらいですか？」
その問いに、悠希が少し困った様な笑みを浮かべて答える。
「あ、ごめん。アイスジェイドは先約があるから、ステラさんにはお譲り出来ないんだよ。ごめんね」
「いえいえ、こっちこそなんかがっついちゃってスイマセン」
ついつい欲を出してしまった事に顔を赤くしながらコーヒーを飲むステラ。
あんなに綺麗なアイスジェイドを手元に置ける人がうらやましいなと思いながらも、自分も青い翡翠を手元に置けるのだしと、 物欲を静めたのだった。
それから暫く。ステラが店番をしていると、そろそろお馴染みとなったカナメがやってきた。
「あ、カナメさんお久しぶりです」
「ステラさんもお久しぶりです」
今日はどんなお守りが欲しくて来たのかとカナメに訊くと、お守りでは無く、 この店は純粋に良い石を置いているので何か無いかと思って来たのだという。
それなら邪魔をしてはいけないなと思ったステラは、そっと店の隅へと身を引く。
するとカナメは、フローライトのタンブルを眺め始めた。
そう言えばあの人はフローライトが好きだったなと思いながら店の端にある石を磨いている訳なのだが、 そこへもう一人客がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「やあどうも」
やってきたのは茄子ＭＡＮの中の人。
彼はふっとフローライトのタンブルが置いてある棚に目をやり、先客が居るのを確認すると、ステラに声を掛けた。
「そう言えばお姉さん、今度はフローライトのブレスレットが欲しいんだけど、良いの入ってる？」
「そうですねぇ、透明度が高くて綺麗なのが入荷したばかりなんですよ」
そうやりとりをして茄子ＭＡＮの中の人が石を選び始めると、ふと背後に人影が。
どうやらフローライトと聞いて興味を持ったらしく、カナメが後ろから覗き込んでいた。
それに気付いた茄子ＭＡＮの中の人がカナメに声を掛ける。
「お姉さんもフローライト、気になる？」
「え？あ、はい、綺麗なので……」
女物の服に身を包むカナメを見て、茄子ＭＡＮの中の人はカナメを完全に女性だと思っている様だったが、 ステラはまぁそう言う認識で良いだろうとツッコまない。代わりに、二人にこう声を掛けた。
「もし嫌でなかったら、隣に座って見てても構いませんよ」
「そうですか？じゃあお言葉に甘えて」
茄子ＭＡＮの中の人も異論はなさそうなので、カナメは大人しく隣に座って作業を見ている。
ふと、石の入っている棚の上に置かれたカナメの左手に目が行った。
薬指に、シルバーワイヤーで作られたとおぼしきアイスジェイドの指輪がはまっているのだ。
「あれ、カナメさん、その指輪どうしたんですか？」
茄子ＭＡＮの中の人が珠を選んでいる間に、ステラが訊ねる。
するとこう返ってきた。
「あの、これ、婚約指輪なんです。
初めはダイヤの指輪にしようかと思ったんですけど、ダイヤよりも翡翠の方が組織的に強い繋がりを持ってるから、 これからも強い絆を持てる様にって言う願掛けも込めて、 おそろいの指輪を作ったんです」
「そうなんですか。
あ、婚約おめでとうございます」
婚約指輪を作るなんて、ロマンがあるなと思いながら、 ステラは茄子ＭＡＮの中の人が選び終わったフローライトを繋げていったのだった。