「マジカルロータスちゃんに会いたいよぉぉ……」
最近東京に現れた魔法少女、
マジカルロータスが映されているニュースの映像をテレビに流しながら呻いている少年。 彼は東京から電車で一時間程離れた場所に住んでいる。
地元にも魔法少女が居るには居るのだが、何となくもやい感じがしてそこまで興味は湧かなかった。
しかしどうだろう。東京に颯爽と現れたマジカルロータスという魔法少女は優雅で、可憐で、ミステリアス。
テレビ画面を舐める様に見つめる彼、篠崎円は、完全にマジカルロータスに心を奪われていた。
円は所謂オタクなのだが、中学生にして節度をわきまえ、周囲に気を配りつつ趣味のことを楽しめる、 いわばオタクエリートと言えるものだった。
そんな訳で、円は友人の柏原ユカリにはオタクである事を隠していない。
朝学校に登校し、早速ユカリの方から円に話しかけてきた。
「よう、おはよう。
篠崎、今朝のニュース見た?」
今朝のニュースという言葉に円は食いつく。
「勿論見たよ。
マジカルロータスちゃんなんであんな可愛いんだろうな。マジ天使」
「可愛いって言っても顔はお面で隠れてんじゃん?」
「マジカルロータスちゃんは、確かに顔はわからないけど絶対可愛いって。
もうほんと可愛い。
他のニュースもついでに見過ぎて社会の成績が良くなるくらいには可愛い」
「篠崎って意外と真面目だよな」
そんな話をしている間にもホームルームが始まる。
円とユカリは大人しく席に着いた。
放課後、円は自分が所属する写真部の部室で静物を撮る練習をしていた。
本来なら写真部員として一眼レフカメラくらいは持っていた方が良いのだろうが、 顧問がそこまで厳しいことを言わない質であるのと家の財政状況を考えて、 円が使っているカメラはコンパクトカメラだ。
コンパクトカメラと言っても、色々と設定をいじることは出来る。
円はいつか一眼レフカメラを手に入れて、憧れのマジカルロータスを写真に納めようと夢見ていた。
ふと、顧問の声が部員全員に掛かる。
なんでも、陸上部の部員が写真のモデルになってくれるので、人物の写真を撮る練習をしようとの事だった。
円は、陸上部ならユカリが居たはず。と、早くもユカリにモデルを頼もうと思った。
そしてやってきたグラウンド。
他の男子部員は各々適当な陸上部員に声を掛けて写真を撮っているのだが、 円はなかなかユカリにモデルを頼めないで居た。
何故なら、女子の写真部員がユカリへ次々に声を掛けているからだ。
……確かに黙ってりゃあいつイケメンだし。
と、少し不服を抱えながら、結局円は他の陸上部員の写真を撮らせて貰った。
そんなこんなで一年が過ぎ、円のカメラの腕も上がった。
相変わらずコンパクトカメラを使っては居るのだが、それでも顧問曰く、味の有る写真が撮れる様になった。
円は顧問の言葉に自信を付けると同時に、もどかしさも感じで居た。
いつになったら、憧れのマジカルロータスの写真をこの手で撮ることが出来るのか。
前にも増して活躍を増やしているマジカルロータスのニュースを見る度に、想いは募っていく。
ある日、円はユカリにこんな相談をした。
「なぁ、マジカルロータスちゃんの写真、どうやったら撮れるかな……」
「まず東京に行く所から始めないと駄目なんじゃね?」
「東京かぁ……
最近イベントとかで行くことあるけど、なかなかマジカルロータスちゃんに会えないよ……」
「漠然と東京って言っても結構広いからな?
そう言えば、今度の日曜日コスプレのイベントがあるって言ってたけど、東京行くのか?」
「マジカルロータスちゃんに会える希望を抱きつつ行くお……」
円は昔からコスプレに興味があった様なのだが、 周りからイベントに行くのはせめて立志式を迎えてからにしろと言われていたらしく、 イベントに行く様になったのは割と最近だ。
何はともあれ、写真部で写真の腕を磨き、最近出回り始めたデジタルカメラの操作も覚え、 円はイベントの日を待った。
そして迎えたイベント当日。
円は電車に揺られながら期待に胸を膨らませていた。
単純にコスプレイヤーの写真を撮るのが楽しみというのもあるのだが、もしかしたら、今度こそ、 マジカルロータスに会えるのでは無いかと言う希望を持っているのだ。
ユカリからは、マジカルロータスに会うことが有ったら、 それは事件に巻き込まれた時だからな?とは言われているのだが、事件に巻き込まれてでも会いたい。
「はぁ……」
期待の籠もった溜息をつき、円は電車の中で新聞のスクラップ記事を広げるのだった。
電車に揺られること約一時間。イベント会場に着いた円は、早速入場料を払って入場し、撮影許可証を受け取る。
最近流行のアニメやゲームのコスプレをしている人が多い訳なのだが、 偶に何のコスプレをしているのかわからない人も居る。
誰の写真を撮らせて貰おうか。そう思いながら周りを見渡していると、目に留まる人物が居た。
足下はトゥシューズ風のパンプス、純白のチュチュに、 髪の色は違えども柔らかなボブカットの頭には蓮の花があしらわれ、顔にはマスケラ。
同じような作りで色違いの衣装を着た人と写真を取り合っているその二人組に、円は思わず駆け寄って声を掛けた。
「あっ、あのっ」
円の声に振り向いた二人組は、何ですか?と返事を返してくる。
脚が震えているのを感じながら、円は二人に訊ねる。
「もしかして、マジカルロータスのコスプレですか?」
すると、写真を撮られていた色違いの衣装を着た女性が答える。
「そうなんですよ。二人で色違いをやりたいねって言って、衣装作ったんです」
その言葉に、円は気持ちが高ぶるのを抑えきれず、噛みながらも写真を撮らせて欲しいと頼んだ。
二人は快くそれを承諾し、ポーズを撮る。
二人一緒の写真と、それから一人ずつの写真。両方をデジカメに収めた円。
コスプレといえども憧れのマジカルロータスを目の前にした円は、本人では無い、 違うのはわかっているけれどもどうしてもお願いしたいと思っていたことを白い衣装を着ている方に頼む。
「すいません、あの、お面外してる所を撮らせて貰っても良いですか?」
「お面ですか?良いですよ」
微笑んだ口元を見せた後、そっとマスケラを外したその顔に、円は思わず見入る。
ふっくらとした唇から想像出来る様な、綺麗な顔が円に微笑みかけていた。
コスプレでこれだけ美人なのなら、きっと本物のマジカルロータスも美人、 若しくは可愛いのだろう。そう思いながらシャッターを切る。
夢の様な時間だった。
写真を撮り終わった後も少し二人と話し、二人から名刺をもらった円。
名刺を見るとそこにはコスプレをする時に使う偽名、コスプレネームが書かれている。
マジカルロータスのコスプレをしている方から渡された名刺には『ゆきやなぎ』と、 色違いのコスプレをしている方から渡された名刺には『冬桜』と書かれている。
円は改めて、ゆきやなぎと冬桜に礼を言う。
それに対し、ゆきやなぎはこう返す。
「こちらこそ僕達の写真を撮って下さって有り難うございます。
頑張って衣装を作った甲斐がありました」
その言葉に引っかかる物が有った。
ゆきやなぎは自分のことを『僕』と言っている。
オタクにありがちな僕っ子なのかと思い訊ねると、ゆきやなぎはきょとんとした顔で答えた。
「あ、僕男なんですよ」
「えっ……そうなん……全然見えない……」
こんな美人が男と聞かされて、円は動揺を隠せなかったのだった。