第十二章 同業者談義

 ある日のこと、僕は勤とイツキと連れだって、秋葉原にあるパティスリーで雑談をしていた。

 偶には仕事以外の話もしたい。そう言いだしたのはイツキだったかな?  確かに僕も、仕事以外のことについて彼らのことを知りたいという気持ちは有ったし、 勤もその様な感じだったらしいので、ランチを食べながら話をしようと、そう言う事になったのだ。

 お腹が空いていたのか、皆パスタは無言で食べていたけれど、空腹が落ち着いて、 ドリンクとデザートが運ばれていたあたりから、話に花が咲き始めた。

 仕事以外のこと。と言う事で集まったのに、まず出てきたのは、やはり仕事の話だった。

「そう言えば勤ってさ、仕事の時何使ってんの?

数珠は使ってるの知ってるけど、やっぱお札とか?」

 イツキの問いに、勤はコーヒーをスプーンで混ぜながら答える。

「そうだな、俺が使うのは数珠とお札だな。

あと、それ以外にも石を使うこともあるけど。」

「へー、石使うんだ。使った石はどうすんの?」

「その場で砕けて無くなることもあるけど、原形留めてたら川に流したりするな」

 なるほど、勤が退魔に石を使っているのは先日知ったけれど、処理法まで聞いたのは初めてな気がする。

 ローズティーを飲みながら納得していると、今度は勤が僕に訊ねてきた。

「ジョルジュは何使ってるん?

ロザリオと聖水は前見たけど、あのよくわかんない小枝何だったんだ?」

 よくわからない小枝というのは、あれのことかな?

「ああ、僕は主にロザリオと聖水を使っているね。

それ以外にも、ハーブを使ったりもするよ。

この前使ったのは、ヘンルーダという木の枝だよ」

「へー、ハーブとか使うのか」

 そこまで話してイツキの方を見ると、俺にも訊いて! と言う顔をしていたので、黙殺しておこう。

 

 暫くそんな話をして、ふと、イツキが真面目な顔をして言った。

「そう言えばさ、仕事のこと、周りに言ってる?」

 仕事のことか、確かに、周りには言いづらい仕事だだからね。気になるところだろう。

「俺は実家が元々お祓いやってるってのもあって、家族には話してる。

でも、それ以外がな~。高校の時からの友達にも話せてないわ」

「そうだね、僕は家族と、恋人と、短大時代の友人には話しているけれど、それ以外は余り。

イツキはどうなんだ?」

 勤と僕の言葉を聞いたイツキは、へらっと笑って答える。

「オレは誰にも言えてないなー。

迂闊に言って、否定されるのが怖くて、言えないんだよ」

 それを聞いて少し驚いた。イツキはこう言う事でも臆すること無く周りに話しているのではないかと、思っていたのだ。

 イツキは、退魔の仕事のことを身近な人に話したいのだろうか。

 確かに相談出来るのが僕達だけと言うのは、心許ないだろうし言えないことも多いだろう。そう思っていたら。

「オレさ、昔から友達とか居なかったんだよ。

幼稚園の時から高校まで。

だから、今こうやって勤やジョルジュと話せるの、何か未だに夢なんじゃないかって思うことあるんだよ」

「えっ……?」

「まじでか……」

 イツキの言葉に、僕も勤も驚く。少なくとも普段会っているときは明るくて、悩みが無い様に見えるイツキは、 当然のことのように友人が沢山居て、楽しい生活をしていると思っていたのだ。

 勤が黙って、イツキの頭を撫でる。

 イツキの目から、涙が一粒零れた。

「お前さ、何かあったらって言うか、何も無くても、気が向いたら俺にメール送ってきても良いんだぞ」

「うっ……うえっ……勤……」

 声を詰まらせるイツキに、僕も言う。

「勤だけでなく、僕の所にもメールしてくれて構わないよ。

ただ、僕は他の仕事があるから、いつもすぐに返せるとは限らないけれどね」

「なんっ、なんで、二人とも、そんな……」

 戸惑った様子のイツキに、勤が言う。

「今まで単なる同業者で居ようと思ってたけど、今日からお前も友達だ」

「イツキが良いのなら、僕も友達にしておくれ」

 ずっとひとりぼっちで、イツキはどんな思いを抱えていたのだろう。

 涙を手の甲で拭って、くしゃくしゃになった顔で、イツキが言う。

 それじゃあこのケーキ、三人で分けて食べよう。それを聞いて、ずっとこう言う事をしたかったのだなと思う。

 僕と勤も自分のケーキを三つに切り分け、三人で分け合って食べた。

 

 改めて三人で、学生時代の話などもしながら、時間は過ぎていく。

 その中で、ふと勤が訊ねた。

「そう言えば、イツキって妹さんが居るんだろ? あんま仲良くないのか?」

 そう言えば、だいぶ前に妹が居ると言う話は聞いた気はする。僕もその辺りは疑問だったのでイツキの方を見ると、 イツキはココアのカップを指で弾きながら答える。

「仲良くないって言うか、結構年が離れてるから話題が見つかんないんだよな」

「年が離れている?

どれくらい離れているんだい?」

 そう言えば、悠希とその妹の匠さんは、 十歳ほど年が離れていたはず。それだけ離れているのに共通話題が見付けられるというのがレアケースなのかも知れないが、 イツキと妹さんはもっと離れているのだろうか。

「オレと妹は六歳差だけど、話題見つかんないの年の差のせいなのかなー。

妹はテレビ見てもニュースばっかだし、おしゃれとかあんま興味ないみたいだし、石のことばっかりに夢中なんだよ」

「あー、それ、年の差じゃなくて普通に興味のある事の差が原因じゃね?」

「そっかー、そう言うことかー」

 勤の言葉に、イツキは納得した様子。

 ふと、イツキが勤に問いかける。

「そう言えば全然話変わるけどさ、勤って恋人居ないの?

ジョルジュは居るみたいだけど」

 すると、勤は顔を真っ赤にして俯き、小さい声で答えた。

「まぁ、恋人にしたい人は居るけど、言い出せなくて……」

「えー、勤モテそうなのに意外と奥手ー」

 勤は確かに頼りがいがあるし、女性から言い寄られてもおかしく話さそうな風貌だから、 思い人に気持ちを告げられずに居ると言うのは、イツキだけでなく僕も意外だ。

「やはり、仕事柄お付き合いをするというのは気が引けてしまうのかな?」

 退魔師という不安定な仕事で、愛する人とともに歩めるのかが不安なのだろうと思ったのだけれど、 勤はそうでは無いと言う。

 それならば何故なのだろう。不思議に思っていると、勤が重々しく口を開く。

「相手にもう恋人が居るって言うのと、あと、それ以外にもあるんだけどそれは言えないわ。ごめん」

「なるほど、相手に恋人が居るとなると、言い出せないね」

 それ以外の理由。というのも気にはなったけれども、余り詮索してしまっても勤が辛くなるだけだろう。

 何故だろうね、イツキや勤の話を聞いていると、僕はなんて恵まれた生活をしているのだろうと、そう思ってしまう。

 二人を貶める気も、馬鹿にする気も無い。だけれども、ただ何となく、そう思ってしまうのだ。

 僕もかつては信じる物をからかわれて、辛い思いをした。それでも、今はイツキや勤が受け入れてくれているし、 悠希も、フランシーヌも、ハルも、僕の周りに居る人々は、僕の信仰を受け入れてくれている。

 勤が抱えている恋心は、勤が一人で解決しないといけないことだと思う、しかし、イツキは。これからは友人として、 勤共々、より親しくなれたらなと思うし、きっとこれは神様が導き、引き合わせた縁なのだと思う。

 二人とも、これからもよろしく頼むよ。心の中でそう呟いて、冷めたローズティーを飲み干した。

 

†next?†