第九章 物語の終わり

 車椅子生活を初めて一年半ほど経った頃、カミーユは僅かに、自分の足先を動かせる様になっている事に気がついた。

それを弟二人に伝えると、また歩ける様になるのではないかと、二人は喜んだ。

毎日カミーユに脚のマッサージを施しているアルフォンスは、カミーユがまた歩ける様になる事を切望する。

しかし、元々立つ事は出来ていたのだが、歩ける様にはなかなかならなかった。

 毎日昼間は仕事の刺繍を、夜には依頼された物語の執筆を、眠る前に歩く練習を、 休みの日には読書と図書館通いを繰り返す日々。

そんな毎日を繰り返し、数年経った頃、カミーユはようやくテーブルに手を付いてなら、 数歩ほどではあるけれど、脚を動かせる様になった。

 そんな日々の中で、カミーユはアヴェントゥリーナに託された物語を書き終える。

ギュスターヴに車椅子を押して貰いアヴェントゥリーナの元へ行き、出来上がった物語を渡すと、 アヴェントゥリーナは目を潤ませて、何度も何度もカミーユに礼を言った。

言い値で謝礼を渡すというアヴェントゥリーナに、カミーユはこう答える。

「謝礼はいりません、でも、もし僕の希望を聞いてくれるので有れば、 その物語は本棚にしまって、それで、たまに読んで下さい」

 カミーユの言葉に、アヴェントゥリーナは涙を零しながらカミーユを抱きしめた。

 

 アヴェントゥリーナの屋敷から家へと帰る道中、ギュスターヴがカミーユに訊ねた。

「兄貴、物語り書き終わったけど、図書館に行っての勉強はこれからどうするんだ?」

 図書館で神父様に勉強を教えて貰った後、いつも楽しそうに話を聞かせてくれた居たのを思い出したのか、 どことなくしんみりとして居る。

車椅子を押されながら、カミーユはギュスターヴを見上げる。

「神父様がいいって仰ってくれるなら、僕はまだお勉強を続けたいな」

「そっか」

 微笑むカミーユを見て安心したのか、ギュスターヴはカミーユの頭をくしゃくしゃと撫で、家路を急いだのだった。

 

 それから数日、カミーユの刺繍の仕事が終わった後、アルフォンスが仕事場に来てこう言った。

「カミーユ兄ちゃん、物語の依頼終わったから、少し時間出来たよね?」

「ん?そうだね。なぁに?もう少し構って欲しい?」

 カミーユの手を取ってもじもじしているアルフォンスをあやすように、カミーユは返事をする。

するとアルフォンスはこう返してきた。

「俺、仕立ての仕事を習いたいんだけど、カミーユ兄ちゃん教えてくれる?」

 カミーユは驚いた。

今までずっと家事を担ってきたアルフォンスがこんな事を言うなどとは、夢にも思っていなかったのだ。

確かに、カミーユとしてもこのまま両親から受け継いだ店を畳みたくは無い。

嬉しさで戸惑いながらも、カミーユはアルフォンスの手を握り返して答える。

「いいよ、時間は掛かると思うけど、アルがちゃんと一人で仕立てが出来る様になるまで教えて上げる。

でも、お願いだから途中で投げ出したりしないでね」

 カミーユの言葉にアルフォンスは何度も頷き、翌日から仕立て屋としての修行を始める事になった。

 

 そうして、少しだけ生活に変化があって、それでもカミーユ達三兄弟は仲睦まじく日々を過ごしていったのだった。

 

†fin.†