第十章 魔女裁判

 リンネが村から姿を消して数日、数人の、見知らぬ男たちが村を訪れた。

 黒い服を着て大きな荷物を持った男たちを率いているのは、 白い修道士の服を着ている華奢な男だ。白い修道士様を見て、村人たちは息を呑む。魔女を逮捕し、 裁判にかけるという知らせはあらかじめ聞いていたので、 それを遂行する恐ろしい人物が来たのだと、そう思ったのだろう。

 けれども、誰もその修道士様から目を離せなかった。厳しい雰囲気を纏ってはいるけれども、 若草色の髪が縁取るその顔は、あまりにもうつくしかったからだ。

 修道士様が村人に訊ねる。

「失礼します。お伺いしたいのですが、医者のミカエルが住んでいる家はどこでしょう?」

 声を掛けられた村人は、一瞬周りを目で見てから、修道士様たちを案内する。その道すがら、何度か、 先生は病気を診てくれるんですがね。とか、悪い人じゃあないと思うんですが。とか、 ミカエルを擁護するようなことを言いはした物の、最終的には、自分は魔女の仲間では無いから疑わないで欲しいと、 そう言った。

 村人の言葉に、修道士様はにこりと笑ってこう言った。

「疑いをかけられていないあなたを疑うことはしませんよ。

ですが、不用意に魔女を擁護するようなことを言うと、疑いをかけられかねませんからお気をつけなさい」

 それを聞いて、村人は竦み上がる。ミカエルの家まで修道士様達を案内した村人は、走ってその場を去って行った。

 

 ミカエルが研究室でいつも通りフラスコの様子を見ていると、 玄関をノックする音が聞こえた。思わず身を震わせる。リンネがこの家を去って以来、 ノックの音が厭にこわく感じるようになったのだ。

 自分も魔女として裁かれるのを恐れるような心を持っていたのかと、思わず自嘲気味になる。

 もしもに備え、研究室で使っている火は全て消し、玄関に出る。そっと扉を開けて目に入ったのは、若草色の髪の、 白い服を着たうつくしい修道士様だった。

 彼の噂は、パトロンが住んでいる街でも度々耳にしていた。うつくしい見た目とは裏腹に、 魔女には決して容赦することの無い、恐ろしい人物だと言う話だ。

 ついにこの時が来たかと、そう思いながら扉を開ける。

「……ごきげんよう」

 力なくそう挨拶をすると、目の前の修道士様は厳しい表情のまま問いかけてきた。

「医者のミカエルというのは、あなたでよろしいですか?」

「医者かどうかはわかりませんが、この村でミカエルという名の人は、僕だけです」

 肩をすくめてミカエルがそう言うと、修道士様が鋭い視線を向ける。

「あなたが、この村の子供達に呪いをかけた魔女ですね?」

 その迫力に一瞬気圧されたけれども、ミカエルはなんとか反論する。

「子供達が急にそろって病にかかったのは事実ですが、僕は呪いなんてかけてはいませんよ」

「なるほど」

 これで納得してくれるはずも無いだろう。そう思ったけれども、魔女である事を素直に認めるわけにはいかなかった。

 修道士様が、ミカエルのことを上から下までぢっと視線を向けてから、 後ろに控えている男たちに手で合図をしてこう言った。

「詳しい話はまた別の所で聞きましょう。

連れて行きなさい」

 この言葉が終わると同時に、ミカエルは黒い服の男たちに取り囲まれ、腕を捕まれる。そうして、 引きずられるように家から離れていった。

 

 そうして連れてこられたのは、いつも燃やした動物を処理している森の側に有る廃屋だった。

 がたつく倚子に縛り付けられ、脛に金属で出来た筒のような物を填められる。

「では、ここで詳しい話を聞きましょうか」

 修道士様が淡々とした口調でミカエルに語りかける。

「はじめに言っておきます。もし虚偽を口にするならば、つらい目に遭いますよ」

 それから、ミカエルの側に立っている男に目をやると、男がしゃがみ込み、ミカエルの脛に填めた筒、 それに着いたネジをきりきりと回す。すると、筒がきつく締まりミカエルの脛を圧迫した。

「なるほど。これで締められると脛の骨が粉々になってしまうね」

「そうなるのが嫌でしたら、正直に答えるのですよ」

「そうですね、正直に答えます」

 修道士様が言わんとしていることは、素直に自分が魔女であるということを認めろと、 そう言う事だろう。けれどもそれは事実ではなく、正に嘘なのだ。

 だから、ミカエルは正直に答えた。

「あなたは何故、死んだ動物を燃やしているのですか?」

「動物が運ぶ病を消し去るためです」

「呪いや魔法の儀式ではなく?」

「この言葉をご存じかはわかりませんが、公衆衛生。と言う物です」

 筒のネジが締められる。

「子供達の呪いはどうやって解くのですか?」

「一過性の物で、おそらくは、しばらくライ麦を食べなければ治るよ」

「それが呪いを解く方法なのですか?」

「あれは呪いじゃない。ライ麦に発生したカビを摂取することで出る症状だ。

どちらかというと毒に近い」

 筒のネジが締められる。

 それからいくつもの質問を受け、それに答え、その度に脛に痛みが走る。

 けれどもミカエルは、魔女である事を認めはしなかった。

 修道士様がなにやら考える素振りを見せ、ぶつぶつと呟く。それから、ミカエルにこう言った。

「なるほど。あなたが魔女では無いという言い分が正しいのであれば、その証拠を見せていただきましょう」

 身の潔白を示すと言われる方法は、いくつか有る。その中で、 この場で行える物は数少ない。それだけで死に到ることは無いだろうと、ミカエルは甘んじて受ける事にした。

 

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