第十一章 テキスタイル検討中

 マトイさんを僕のお店に雇ってからしばらく。店頭に出てもらったり僕が今までに描いたデザイン画なんかも見てもらったりして、このお店のコンセプトや方向性をそろそろ把握したかマトイさんに訊ねた。すると、なんとなくの雰囲気は掴めたというので、そろそろマトイさんに本職のテキスタイルデザインをやってもらおうかと、話を詰めることにした。
 店頭は桐和ひとりにまかせて、僕とマトイさんは作業場に入って製図台の側に有る椅子に座って話をする。どんなデザインをやってもらうにしろ、まず確認しないといけないのはこれだ。
「マトイさん、オリジナルプリントのデザインを仕上げるまでにどれくらいかかりますか?」
 それを聞いてマトイさんは、首を傾げて考えてからこう答えた。
「そうだな、どんなものかによるけど一ヶ月くらいでいけると思う」
「なるほど、わかりました」
 それなら三ヶ月は見ないとな。と僕は思う。
 なんで申告よりも多めに見積もるかというと、マトイさんは学生時代、卒製以外のものを納期までに出せていたためしがないのだ。それを鑑みて、締め切りは早めに伝えておいて、本締め切りにはゆとりを持っておこうという算段だ。
 ふと、僕はあることを思いついてマトイさんに訊ねる。
「そういえば、マトイさんは織り柄とかのデザインも出来るんですか?」
 僕の問いにマトイさんは難しそうな可をして訊ね返す。
「織り柄?
それはマドラスチェックとかゴブランみたいな糸の色を変えて模様を出すタイプ?
それともジャガードみたいな織り方を変えて単色で柄を出すタイプ? どっち?」
「あー、どっちもできると助かります」
 やっぱり織り柄は難しいのだろうか。僕がそう思っていると、マトイさんは難しい顔のままこう答えた。
「織り柄もデザインして指示書まで書けるには書けるよ」
「なるほど、そうなんですね」
 指示書を書くということは、多分プリントの生地よりも複雑な段取りがあるのだろう。
 プリントの生地も指示書が必要な場合はあるだろうけれども、最近は生地を指定してデータさえ入稿してしまえばそのままスルッと出来上がってしまうことが多いみたいなので、都度指示書を書かなくてはいけないというのは心のハードルが高い。
 マトイさんの言葉に僕が色々と考えていると、マトイさんは両手を肩の辺りに挙げて溜息交じりに言う。
「ただ、織り柄はプリント比べて比べものにならないくらい発注費用が高い。それは店長にもわかるよな?」
「あー、まあ、織機のデータ作りとかプログラムとかありますからそれはそうですよね」
 どれくらいの値段がするのか僕には想像できないけれども、高額であるということだけはよくわかる。マトイさんの言葉に納得していると、マトイさんは膝を打って僕に訊ねる。
「店長は、オリジナルの織り柄の生地が欲しいのか?」
「そうですね、やれたらやりたいです」
 そんなやりとりをしていたら、今はお客さんが途切れているのか、桐和がひょいっと作業場を覗き込んでこう言った。
「今のこのお店の経済規模では織り柄を発注するのは難しいと思います」
「うーん、やっぱりそう思う?」
「そうですね。このお店の現状の生産数と価格帯では織り柄を発注したとして、どこまで回収できるかわかりません」
 桐和が言うとおり、オリジナルの織り柄の生地を作って利益を出すのは難しいのはわかる。元手はなんとか用意するとしても、製品は確実に大幅な値上がりになる。それでお客さんがついてこられるかどうかが問題だ。
 それなら、まずはプリント生地から手を付けて、すこしだけ値段を上げて、それでお客さんがついてこられるかどうかようすを見るのがいいだろう。
 桐和が店頭に戻った後、マトイさんが思い出したようにこう訊ねてきた。
「そういえば、お店で出してるプリント柄タイツの柄は誰が描いたんだ?
外注でテキスタイルデザイナーに頼んだとも聞いてないし」
 マトイさんの質問に、僕は作業場にあるパソコンを指さして返す。
「僕がパソコンで力業でやってました」
「あー、なるほど?」
 マトイさんはパソコンの方に目をやってこう言葉を続ける。
「でも、それだったら店長がある程度テキスタイルデザインできるんじゃないのか?
俺必要だった?」
 すこし自信なさげなその言葉に、僕はにっこりと笑って返す。
「タイツはほぼぼぼ一枚絵だから力業でなんとかなりますけど、複雑な柄のパターン化までは僕も桐和も手に余るので、やっぱり専門の人に頼みたいです」
「なるほど、さすがに店長もそこまではできないのか」
「そうですね、テキスタイルデザインに関しては素人なので」
 僕の言葉を聞いて、マトイさんはすこし考え込んでこう言う。
「でも、今までタイツの柄を店長が描いてきたってことは、プリントのデザインの具体的なイメージ、店長が大体出せるってことだよな?」
 マトイさんの言葉に、僕は今までに描いたタイツの柄を思い出しながら返す。
「そうですね。僕の采配でほとんど固めちゃっていいなら出せます」
 それを聞いたマトイさんは、にっと笑う。
「店長が具体案を出してくれるならその方がいい。
なんせ俺は、一からデザインを考えるってのがどうにも苦手でな」
「よく学校卒業できましたね?」
「それは言わないで」
 なにはともあれ、僕の方で具体案を出してもマトイさんの方で抵抗がないならその方がいい。なんせ、デザイナーというと自分のデザイン案を通したがる人も少なくないので、マトイさんがあまりにも我を通すようなタイプだったら折り合いを付けるのに苦労するだろうからだ。
「とりあえず、僕がやって欲しいのは僕が出した案のブラッシュアップとパターン化です。お願いできますか?」
 僕の言葉に、マトイさんは親指を立てる。
「もちろん。それが俺の仕事だからな。
もっとも、店頭の柄タイツを見る限り、店長もかなり良いデザインするから俺のブラッシュアップが必要かどうかわかんないけど」
 どうやらマトイさんの中で僕のデザインの評価はそこそこ高いようだ。なので、一応こう注釈しておく。
「ああ、あの柄タイツ、桐和の手も入っているので」
「あ、そうなんだ?」
 マトイさんは意外そうな顔をしてから、とりあえずと言った風にこう仕切り直した。
「さて、店長としてはテキスタイルにしたい柄の案とかもうあるのか?」
 その問いに、僕は製図台の上に置いてあったクリアファイルを手に取って返す。
「マトイさんがこのお店に勤めはじめてから、いくつか案を考えてみたんです。こんな感じなんですけど」
 クリアファイルの中から画用紙に描かれた図案サンプルを取りだしてマトイさんに見せる。思うがままに描いたので、これを本当にパターン化できるかどうか不安だったけれども、マトイさんはじっと図案サンプルを見ながらこう言った。
「これを整えてパターンにして欲しいんだな?」
「そうです。できますか?」
 すこしの不安を抱えてそう訊ねると、マトイさんはパソコンの方を向いてこう言った。
「とりあえずやってみる。パターン化をするのに多少のデザイン変更は入ると思うから、出来上がったら店長にも確認して欲しい」
「わかりました。それじゃあお願いします」
 マトイさんが早速パソコンに向かうので、とりあえずどれくらいで仕上がるかなと思いながらすこしだけぼーっとする。
 それから、ずっと桐和ひとりに店頭を任せっぱなしだったことを思いだして店頭に出ると、桐和がいつの間にやら来ていたこのお店の常連さんと話をしていた。
 その常連さんは、今期の新作のお会計をしたところらしく、桐和がショッパーをレジカウンターの上に乗せていた。
 ふと、常連さんが僕に気づいて話し掛けてくる。
「あ、店長さんお久しぶりです」
「どうもおひさしぶりですー。いいもの見つかりましたか?」
「うん。ネットで見て新作絶対欲しいって思ってきてさ。
でも、次のシーズンの新作も楽しみ」
「ありがとうございますー。今デザインを検討中なんですよ」
 こうやって、新作を楽しみにしてくれるのはうれしい。ちゃんと、お客さんの期待に応えないと。

 

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