第八章 互いに助け合い

 昼間の日差しは強くなってきたけれども、夜はまだ些か冷えるある日のこと、 夕食を食べ終わった後に勤から電話が入った。

「勤、どうしたんだい?」

『ジョルジュ、急な事で悪いんだけど、今からこっち来れる?

今仕事中なんだけど、相手が俺の手に負えない。お前かイツキなら何とかなるんじゃ無いかと思ったんだけど』

「もしかして、悪霊と言うよりは悪魔なのかな?」

『わかんないんだけど、とにかく俺のお札とかじゃ全然ダメなんだ』

「わかった。これから向かう」

 勤が今居る場所を聞き、通話を切って退魔用品が入っている鞄を持って家を出る。

 電車で向かっている余裕は無いな。駅前でタクシーを捕まえるか……

 

 勤が居るところから少し離れた場所に下ろして貰い、感覚を研ぎ澄まして勤の居場所を探る。

 そんなに細い道では無いけれど、立ち並ぶビルは全て電灯が消えていて、 点っているのは街灯だけだ。しかしその街灯も、明滅を繰り返している。

 他の場所からは隔離されたかのような空気を感じる道を用心しながら、走って行く。

 邪なる物の気配を感じる。その近くに勤は居るのだろう。

 気配のする方へ走っていくと、数珠を持った右手を額の前に掲げ、異形の前で立ちすくんでいる勤を見付けた。

「勤、大丈夫か!」

「なんとか耐えてるけど、耐えるので精一杯だ」

 勤の手に負えない物と言う事は、僕が対処するべき悪魔なのだろう。

 異形は、大きく丸い頭を持ち、頭から無数の、太く蠢く足を生やしている。

 その足で勤を捉えようとしているが、弾かれて掴めずに居る。そして、僕の方にも禍々しい足を伸ばしてきた。

 内ポケットから試験管を一本取りだし、コルク栓を抜いて聖水をかける。すると、 異形が向けていた足をのけぞらせたので、ロザリオを握り魔を除ける言葉を唱える。

「Ne kredu Suspektas Ne lasa iri de la lasera!」

 すると異形は足をばたつかせたが、消え去る様子を見えない。

 僕はロザリオを振りかざし、言葉を続ける。

「O meu aerodeslizador esta cheo de anguías!」

 この言葉が効いたか? 異形は足を頭の周りに這わせ、悶える。

 けれども、消え去るような様子は無かった。

 こいつを消し去るにはどうしたら良いんだ? 異形が悶えている間に、思案しつつ鞄の中から追加の聖水と、 乾燥したヘンルーダの小枝を取り出す。

 勤も、仕事用の鞄から除霊用の石を取り出している。

 お互い目配せをし、僕は聖水を振りかけたヘンルーダを、勤は石を、清めの言葉を唱えながら投げつける。

 それらをぶつけられた異形は身もだえし、僕達の方へ足を勢いよくぶつけようとしてきた。

 ……しまった、これは避けられない!

 異形の足が僕にぶつかろうとしたその時、それは弾かれ、僕が握っていたロザリオがばらばらになって弾け飛んだ。

 これは、ロザリオが僕を助けてくれたのだろうか。それならば神様と天使様の加護に感謝しなくては。しかし今は、 感謝を捧げている余裕は無い。異形の足が、またも迫ってきていた。

 その時だった。

「勤ー! ジョルジュー! 屈め!」

 突然聞こえた声に、僕と勤はその場にしゃがみ込む。

 すると、頭の上に迫っていた足になにやら液体がかかり、じゅわっと音を立てて溶けた。

「ヒーローは遅れて登場するんだぜ?」

 振り向くとそこには、ボディバッグを身につけ、手にボトルと鞄を持ったイツキが居た。

 イツキならあの異形を処理出来るか。そんな事を訊ねている余裕も無く、イツキは持っていた鞄を勤に渡し、 ボトルに入った液体を異形に向かって撒き散らしながら、駆け寄っていく。

 そして、ボディバッグから棒状の物を取りだして、異形を暴打している。

 異形の雄叫びに混じってイツキの声が微かに聞こえるのだが、 一体どんな文言を唱えているのかまでは、わからなかった。

「勤、鞄の中からボトルを持てるだけ出して、ジョルジュと一緒にこいつにかけてくれ!」

「わかった!」

 見るからに弱り始めた異形を前に、イツキが言う。勤も、すぐさまに応えて鞄からボトルを四本取りだし、 その内の二本を僕に渡す。

 これでこの異形を倒せるか。そう思いながら、ボトルの中の液体を異形にかける。

 どろりとしたその液体を被ったところから、異形は溶けて消えていき、ついには跡形も無くその姿を消した。

 ああ、これで一安心だな。

「イツキ、助かったよ。サンクス」

 疲れた様子の勤が、イツキとハイタッチをする。僕も、イツキに礼を言わなくては。

「助かったよ、ありがとう。

ところで、先程あれを殴っていたその棒は、一体何なんだい?」

 暗くてよく見えていなかったので、改めてイツキが手に持っている物をまじまじと見て、 僕の顔から血の気が引いていく。

「こないだ買った陽根! 立派だろ!」

 自慢げなイツキとは対照的に、思わず眩暈を起こしてしまった僕は、勤に支えられてなんとか倒れずに済んだ。

 

 その後、勤とイツキがまだ夕食を食べていないというので、近くのレストランに入った。

 ファーストフード店にするかという話も出たのだが、僕が余りファーストフードを好まないと言うのと、 その程度でお腹が膨れる気がしない。と言う事で、今居るレストランに来た。

 おかわり自由のピザを囓りながら、勤が困ったように呟く。

「しっかし、今回の依頼どうすっかな。

ジョルジュとイツキにも手伝ってもらったから、報酬を三人で分けないとだよな」

「報酬はもう受け取ってるのかい?」

「いや、俺はその場で何とかなるもの以外は内金制で、後は内容により後払い分の料金決めてるんだけど」

「それなら、事情を話して多めに払って貰うしかないのではないか」

「そうなんだけど、クレームこわい……」

 僕達が協力して退魔をするのは、今回が初めてかも知れない。普段は、依頼をされた時点である程度判断して、 僕達三人の中で最も適任と思われる人物に仕事を回すようにしている。

 まぁ、紹介料はいくらかいただくけれどね。

「勤、あまり報酬を高くするのが気が進まないのなら、 僕の分の取り分は多少少なくても構わないよ」

「そうなん?」

「結局僕は、事実上殆ど役に立っていないからね。

取り分無しというわけには行かないけれど、勤やイツキと同じだけ貰うのも不平等だろう」

「う~ん、でも、今回割とガチでやばい案件だったし、ジョルジュの取り分だけ減らすのもなぁ。

そうだな、俺が交渉頑張るか」

 僕と勤が報酬の話をして居る間、イツキはずっとパスタとピザを食べている。

 そう言えば、疑問に思っていたことがあるのだった。

「イツキ、少し良いかな?」

「んあ? なに?」

「先程仕事の時に、なにやら唱えていただろう。あれは一体どの様な句なんだい?」

 僕の問いに、イツキはピザを一切れ食べてから答える。

「教えても良いけど、ここで言って大丈夫かなぁ?」

「ん? どういう事だい? そんなに力のある句なのかな?」

 疑問が増える一方の僕に、勤が言う。

「ジョルジュは多分聞かない方が良い。

あと、イツキもこう言う公衆の面前では言うなよ」

「あいよ」

 んんん? どういう事だ? 僕は聞かない方が良いと言うのは一体………

「勤は、イツキが唱えていた言葉がなんなのかわかるのか?」

 僕の疑問に、勤は困ったように笑って、小声でこう言う。

「多分、イツキが唱えてたのって、卑猥な単語羅列してただけだと思うんだけど」

「わかった。詳しくは聞かなくていい」

 イツキが優秀な退魔師だというのは知っていたし、今回の件で実感もしたけれど、もう少しこう、 手段がなんとかなら無い物だろうか。

 

†next?†