第十三章 友との語らい

 日差しも和らぎ、涼しい風が吹くようになったある日のこと、僕は悠希と美術館を見ることになっていた。

 今回はそんなに大きな美術館では無いけれど、楽しみだね。

 その美術館は日本の美術品を主に集めているらしいのだけれど、中には古代中国の青銅器なども有るらしく、 悠希はそれを楽しみにしていた。

 悠希と行ってみて、良いようだったら今度フランシーヌもつれて行こう。そう思いながら、 最寄り駅の改札で悠希を待つ。

 電車一本分くらい待っただろうか。少し待っては居るけれど、そこまででは無い程度に待った頃、 着物に袴姿の悠希が姿を現した。

「ジョルジュ、お待たせ。

もしかして待たせちゃったかな?」

「ごきげんよう、悠希。

そんなには待っていないから安心してくれ」

 それにしても、前に美術館に誘ったときもそうだったのだけれど、悠希は随分と和服を着ていることが多いね。

 短大時代は洋服を着ていることが多かった気がするのだけれど、もしかして着物の方が楽なのかな?

 悠希と話をしながら、美術館へ向かう。

 駅を出ると、そこはゆるやかな下り坂だった。

 ふと、悠希に訊ねる。

「悠希は、僕の本業を知っているよね?」

「え? うん。退魔師だったよね。

危険な仕事だって言うのはよく聞くから、少し心配なんだけど」

 悠希にも、実は僕が退魔師をしていることを話してある。

 訝しがられたり、嘘つき呼ばわりされるかと思ったけれど、悠希はやはり、僕の言葉を受け止めてくれた。

「何で悠希は、僕が退魔師をしているというのを、素直に信じてくれたんだい?」

 僕の疑問に、悠希は微笑んで答える。

「胡散臭い職業だって言われるのはよくわかるけど、僕、おばけとか本当に居ると思ってるし、 悪いことするおばけも居るの、何となくわかるから」

 これだけを聞くと、無邪気に作り話を信じているだけ。と捉えられるかもしれない。けれども、 悠希のこの言葉には、根拠があるような気がした。

 悠希の言葉を聞いて、ハルのことを思い出した。

 きっと彼も、超常的な物が存在すると確信するきっかけが有った筈だ。  何故だろうね、悠希とハルは、どことなく似ている。似ているというか、 何だろう。近い雰囲気が有るような気がするね。

 悠希とハルは無関係な人間だというのに、こう思ってしまうのは何だか不思議だよ。

 

 美術館で音声ガイドを借りて、聞きながら鑑賞する。

 今回の音声ガイドもなかなか良いけれど、何故だろうね、前に悠希と観に行った書の展示の時に借りた物ほど、 惹きつけられるわけでは無かった。

 あの博物館の音声ガイドは、偶に妙に惹きつけられる声の事があって、しかもそれが書の展示の時に多いので、 これは下心なのかな? 音声ガイドを聞くために書の展示に行っていると言う事情も、実はあったりする。

 音声ガイドに優劣を付けるのは学芸員さんや美術館、博物館に失礼だと思うのでそう言う事は言わないけれど、 どうしても好みという物はでてしまうね。

 

 企画展と常設展を回り終わり、美術館に併設されている庭園に出る。

 庭園の中にはカフェがあって、そこで食事をしようと言う事になっていたのだ。

 少しずつ、ゆっくりとパスタを食べた悠希と、食後のお茶を飲みながら色々と話す。

 ふと、悠希が訊ねてきた。

「ジョルジュはさ、一般的におかしいって言われやすい仕事だけど、それで辛いと思ったことは無い?」

 心配そうな顔をしている悠希を見て、もしかしたら悠希も何かあったのかもしれないと、何となく思う。

「そうだね。胡散臭い仕事だというのは自覚しているから、基本的に依頼人以外には職業を明かさないよ」

「それじゃあ、なんで僕には教えてくれたの?」

 ティーポットからカップに紅茶を注ぎ、スプーンの底でお茶の表面を撫でながら、悠希は僕を見る。

「そうだね、君は僕がクリスチャンだという話をしたときも、からかっらりなじったりすることは無かった。

悠希が信用出来る人物だと思ったから。かな?」

「そっか」

 カップからスプーンを外し、悠希が紅茶に口を付ける。僕も、紅茶を一口、味わいながら飲む。

 僕が思うに、悠希はとても賢いのだと思う。

 世間知らずだと言えばそうかもしれないけれど、彼は相手の立場に立って考えることが出来る、想像力を持っている。

 ともすれば、それは単なる同情になる。しかし悠希は、相手の意見を受け取った上で、自分の考えを持てる、 そう言う思考の持ち主だ。

 悠希は僕に、今の仕事が辛くないかと聞いたけれども、悠希の方こそ、今の自分の立場が辛いのでは無いのだろうか。

 仕事をしていない人間が批難されるこの世の中で、 病気療養をしながらただ好きな小説を書いている。それが自分の目標に向かう物であったとしても、 良く思わない輩は多いだろう。

「悠希は、今の自分の立場が辛いと思ったことはないか?」

 僕の問いに、悠希は落ち着かない様子で、ティーカップの取っ手を触りながら言う。

「うん……仕事しちゃ駄目って言われてるけど、本当にそれでいいのかなって、思う事はあるよ。

でも、だから今は小説に打ち込めてるし、どうなんだろうって。

でも、こんな生活、許してくれる人ばっかりじゃ無いし……」

 悠希の指先が、微かに震えていた。

 世間というのは、時に残酷な物なのだなと、そう思う。

 僕のような裏世界の仕事をする人や、悠希のようにドロップアウトしてしまった人を、容赦なく叩く。

 僕は神様に祈れば心の平安を得られるけれど、悠希はどうしているのだろう。ただただ、耐えているだけなのだろうか。

 働かざる者にも生きる意味が有ると、僕が言って説得力があるだろうか。

 ハルが居れば、悠希が自信を持てるような助言をしてくれるのに。そう思った。

 

 美術館から出ると、外はもう暗くなってきていた。

 余り帰るのが遅くなってしまっても困るね。僕と悠希は駅で別れ、家へと帰った。

 少し遅めの夕食を食べた後、お風呂を済ませ、夕べのお祈りをする。

 悠希と、フランシーヌと、勤と、イツキ、それにハル。皆それぞれに人に言えないことや、複雑な事情を抱えている。

 彼らのことを神様に祈って救いはあるだろうか。それはわからないけれども、せめて彼らの日々が善くあるように、 祈らずには居られなかった。

 机の前に有る椅子に腰掛けたままお祈りをしていたら、部屋の中が眩い光で満たされた。

 これは……天使様がいらっしゃったようだ。

 僕は椅子から降り、やはり姿を顕した天使様の前に跪く。

「天使様、今日はどの様なご用件でしょうか?」

 僕の問いに、天使様はにこりと笑って、僕の頭を撫でた。

「君の祈りは、ちゃんとこっちで受理してるから、安心してね。

正確には、君に限らずうちのこの祈りは全部受理してるけど」

 祈りを受け取ってくださっていると聞いて、安堵して涙が出てきた。

「僕達はね、誰かに偏って奇跡を起こすことは出来ない。

でも、ちゃんと見守ってるから。

よその子だって、常にとは言えないけど、定期的に担当の所に言付けしてるから。だから、安心してね」

「天使様……」

 涙は出るのに、声が詰まって言葉が出ない。

 天使様は、子供をあやすように僕の頭を撫でて、抱きしめてくださって。

 僕は暫く、天使様の腕の中で泣いていた。

 

 ああ、天に坐す父なる神よ。自分の道を歩くというのは、厳しく、辛い物です。

 けれども、あなたが見守ってくださるというのなら。僕達はあなたの元へ行くその時まで、歩き続けられます。

 

†fin.†