第三話

 ある晴れた日のこと、ドラコは友人との待ち合わせで繁華街の駅近くにいた。
 家で作業をしているときはカットソーにジャージのドラコだけれども、外に出るときは比較的かっちりした服を好む。襟付きのシャツにネクタイを締め、みっつのボタンが三角形に配置されたダブルのベスト、それに膝のあたりで絞られているキュロット。靴下はソックスガーターで留め、靴も硬めのローファーだ。マスクは、いつも通り白くてプレーンな汎用型のものだけれども。
 出かけるときは長時間歩き回るのに、この服装でよく平気なものだとゼロは思っているけれども、ドラコ曰く、思いの外この服装は動きやすいらしい。
 ドラコがスマートフォンで時間を確認する。待ち合わせの時間から二十分ほど経っていた。
「また遅れてる感じ?」
 ゼロの問いに、ドラコは慣れた様子で答える。
「まぁ、遅れてるけどいつものことでしょ。
というか、あの子なぜかトラブル多いから無事かどうか心配」
「それな」
 ふたりで話していると、駅の方から小走りでやってくる、フェルト製のホムンクルスを連れた女性がいた。
「ドラコちゃん、ごめん遅れた!」
 そう言って話し掛けてきた彼女に、ドラコは手を振って返す。
「まぁ、そんなに待ってないし大丈夫。マロンが無事についてよかった。
それより何ごともなかった?」
 ドラコがそう言って、遅れてきたマロンに訊ねると、マロンは口をむっとさせてこう答える。
「電車乗り過ごしちゃって」
 きっとそれは事実なのだろう。けれども、ただ単純に電車を逃したとは思えない様子のゼロが続けて問いかける。
「おしゃれに時間かけて乗り遅れたっていうなら多少は怒るが、そうじゃないんだろ?
本当に大丈夫だったの?」
 ゼロがそう言うとおり、マロンは見るからにおしゃれに時間をかけているといった見た目だ。
 柔らかい色の髪をふんわりと巻いて、服もきっちりコーディネイトされている、けれども明らかにセット物ではない、フェミニンな感じのもので、爪もピンクパールの入った透明のマニキュアで塗られている。それらに合わせるように、着けているマスクも花と蝶が描かれた可愛らしいものだ。
 電車を乗り過ごした理由を思い出しているのだろう、マロンが溜息をついて言う。
「実は、乗り換えの時にしつこいナンパにあっちゃってさ。あしらうのに時間かかっちゃった」
「毎度のこととは言えほんとたいへんだな?」
 ドラコが同情の声を上げる。マロンがこうやって待ち合わせに遅れるときは、大体ナンパにあったときなのでもしやとは思ったけれども、改めて確認するとナンパ男に呆れるしかない。
 大きく溜息をついたマロンがドラコの手を取る。
「そんなことより、早く手芸屋さん行こう。気分変えてあんなの忘れたいもん」
 手芸屋に行くというのが、この日のドラコとマロンの目的だ。なので、早速ふたりはホムンクルスを引き連れて歩き出す。
 ふと、ゼロが小声でマロンの連れているホムンクルスに問いかける。
「ミイ、マロンは穏便にナンパ野郎を追っ払えたの?」
 その問いに、ミイと呼ばれたホムンクスルは一瞬ゼロから顔を背けて問い返す。
「穏便だと思う?」
「せやな」
 なんとなく大騒ぎだったのだろうなと察したゼロは、またミイと一緒に前を歩くドラコとマロンについて行った。
 手芸屋についてまずはドラコが見たいといっているボタンとフェルトがあるフロアへと行く。この手芸屋はこの星の中でも大きい方で、フェルトに限らず手芸資材の品揃えが良い。珍しいエンボス加工のフェルトもこの店で見つけたものだ。
「えーと、ペールオレンジと……」
 フェルトの棚の前にしゃがみ込んで大きいサイズのフェルトを見ているドラコの横で、マロンは大きいフェルトの入った棚の上に置かれた、小さいフェルトの入った棚を見ている。
「ドラコちゃん、今日欲しいのは大きいフェルトだけ?」
 その問いに、ドラコはペールオレンジの大判フェルトを手に取って立ち上がる。
「いや、小さいのも買うよ。
このラメの付いたフェルト前から欲しかったんだけど、なかなか買う決心が付かなくて」
「そうなの?」
「うん。ラメが落ちたらどうなっちゃうかなーって。でも、フェルトのレビューサイト見たらそんなにラメも落ちないみたいだから、今日買っていこうって思って」
 そう言って、ドラコは棚の中から透明な袋に入ったフェルトを手に取る。そのフェルトの表面には、虹色に光るラメが振りかけられている。
「わー、かわいい! こんなの使ったホムンクルス、絶対かわいいじゃん」
 うれしそうなマロンの言葉を聞いて、ドラコは少しだけ照れる。まだ頭の中にしかない、ホムンクルスを褒められた気になったのだ。
 ドラコがフェルトを選び、ボタンと綿を買ったあと、マロンが見たいと言っていたガラス瓶があるフロアに移る。その移動中に、ドラコがマロンに訊ねた。
「そういえば、ミイはちゃんとマロンのアシストできてる?」
 すると、マロンはミイの頭を撫でて答える。
「もちろん。ドラコちゃんが作っただけあって役に立ってるよ」
「そっか、よかった」
 ドラコが安心していると、ミイが手を上げて話し出す。
「マロンはなんでも自分でやるから、普段は雑談が多い」
 それを聞いてドラコがどんな話をするのかと訊ねる。するとミイ曰くこうだ。
「マロンは恋の話が好きだからね。女の子らしくね」
「なるほどなー」
 ドラコが納得していると、ミイが訊ねてくる。
「ドラコは恋の話はしないのか?」
 これにドラコは首を傾げる。代わってゼロが答える。
「ドラコはいまだに恋とは無縁だね。恋を知らないし、興味も無い。でもまぁ、今はそれでもいいんじゃないかな」
 そんな話をしているうちに、ガラス瓶を扱っているフロアに着いた。マロンが早速ガラス瓶を見ながら口を開く。
「ドラコちゃんに恋人できたら、私、やきもち焼いちゃうな」
 それを聞いてドラコはくすくすと笑う。
「マロンは王子様がいるんでしょ? やきもち焼くならそっちに焼きなよ」
 ふたりのやりとりを聞いたゼロが、こっそりとミイに訊ねる。
「マロンの王子様ってどんな人なん?」
 その問いに、ミイはしれっと答える。
「王子様? マロンの今の理想の人だよ」
「そうなん? ようわからんな」
 ホムンクルスふたりのやりとりにも気づかず、ドラコとマロンはガラス瓶を選んでいる。
「今度どんなストームグラス作るの?」
「うーん、今度はゆめかわ系でいきたいんだよね。中の水溶液もパステルカラーにしてさ」
 ドラコの問いにマロンが答えて。ああでもないこうでもないと言いながら、マロンは買い物籠いっぱいにガラス瓶を詰め込んでいく。そのサイズも形も様々で、てのひらの上に乗る大きさの丸いものや、飲み物を入れるようなサイズのカネット瓶など、一見すると統一性が無い様に見える。
 ガラス瓶が入って重い籠を持ったマロンにドラコが訊ねる。
「そういえば、最近売れ行きどう?」
「売れ行き? おかげさまでネットショップでも売れ行き好調だし、お店に納品してる分も即完売だって」
「すげぇな」
 マロンはストームグラスをハンドクラフトで作って販売し、生計を立てていている。ホムンクルスの製造販売で生計を立てているドラコと同じ、自営業のようなものだ。
 自分は即完売までは行かないのにな。とドラコが思っていると、マロンがこう訊ね返す。
「ドラコちゃんの方はどう? 売れ行き」
 ドラコは軽く笑って返す。
「マロンほどじゃないけど好調だよ。
でも、これ以上売れるようになったら困るな。生産が追いつかないし、何よりこれ以上のペースでサンゴ作ろうと思ったら死んでしまう」
「あ、あー……サンゴね……しんどいよね」
 サンゴの結晶を作る苦労はマロンも知っている。だからあまり無理は言えないようだ。
 会計を済ませ、これからどうするかという話をドラコとマロンでする。そこにすかさず、ミイが喫茶店の情報を挟んできた。
「じゃあ、喫茶店でひと休みしようか」
「そうだね。荷物も整理したいし」
 お互いかさばる荷物を持って、手芸店から出て行く。喫茶店までの案内は、ミイがしてくれるから安心だ。

 

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