第十四話

 スイーツビュッフェに行ってからしばらく経って。そろそろSNSに写真を載せても身バレしないだろうという頃に、ドラコはゼロとお菓子が写った写真と、ドラコとペリエの手をお菓子と一緒に撮った写真をSNSに載せた。
 ドラコがSNSに写真を載せると、大抵いつも色々な人からハートマークが付いて、特に出かけた時の写真にはいつもマロンがコメントを付けてくれている。なんとなく生活が筒抜けになっている感も否めないけれど、気にかけてくれるのはうれしいことだ。
 SNSに写真を載せて少し経つと、通知が来た。先程載せたスイーツビュッフェの写真にマロンからコメントが来たのだ。そのコメントには、今度一緒にディナーでもどうかとある。そういえば、マロンと改めてディナーには行ったことがないなと思い、ドラコは今度一緒に行こうとコメントを返す。
 いままでマロンと一緒に出かけることは何度もあったし、一緒に食事をすることもある。けれども、それはいつも気軽にいけるような飲食店だったり、イベントの時にマロンが作って来てくれるお弁当だったりなので、ディナーとわざわざ銘打つような、きっとマロンが想定しているであろう気取った店には一緒に行ったことがなかった。
 コメントを返してしばらく経つと、スマートフォンが着信音を鳴らした。誰からだろうと思って手に取ると、マロンからの着信だ。すぐに着信に出る。
「もしもし、どうした」
 ドラコがそう訊ねると、マロンは通話に使っているメッセージアプリのチャット機能でいくつかお店のサイトアドレスを送ってきた。
「今度一緒にディナーに行くのに、どのお店が良いかなと思って。私のお勧めは今送ったお店なんだけど、ドラコちゃんのお勧めってある?」
「おっ、前のめりじゃん。私お勧めのお店かぁ、あんまり詳しくないんだよね。
マロンが選んだ中から選びたい」
「そっか。じゃあサイト見られるようなら見てみて。どこもおしゃれだから」
 そう言われて、スマートフォンを操作してお店のサイトを見る。たしかにどこもマロンが好きそうなおしゃれなお店だ。しかも、メニューの写真を見る限り、どれもおいしそうでドラコは思わず悩む。
「あー、いいな。コース料理、コース料理ってあんま食べないからなあ。ビーフシチューも良いけどお花のサラダも捨てがたい……」
「ドラコちゃんが好きそうなお店選んでみたけど、やっぱ悩んじゃう?」
「これは悩むよ。非常にむずかしい」
 ふたりでわいわい話しながら、なんとか行く店を決める。選んだのは、お花のサラダが売りのレストランだ。予約はマロンが入れてくれるようだったので、ドラコはその言葉に甘える。予定は、ドラコはしばらく空いているのでマロンの方に合わせることにした。
 そして予約当日、ドラコは繁華街でマロンと待ち合わせをした。服装は、レストランとのことだったので先日スイーツビュッフェに着ていったようなワンピースにしようかとも思ったけれども、マロンの希望で、いつも通りのベストとキュロットだ。
 待ち合わせ場所に着くと、珍しくマロンが先に待っていた。マロンも、レストランに行くからだろうか、フェミニンな雰囲気ではあるけれども、いつも着ている服よりも色味が落ち着いていて固めの印象だ。
「おまたせ。待たせちゃった?」
 ドラコが早足で寄ってそう訊ねると、マロンは嬉しそうに返す。
「今来たところだからそんなに気にしないで」
 それから、唇に指を当ててドラコに訊ねた。
「ねぇ、その口紅いつの間に買ったの?」
 そう、今日ドラコはペリエのお勧めで買った口紅を付けているのだ。ドラコは照れたように笑って返す。
「この前スイーツビュッフェに行ったとき、デパートに寄って買ったんだ。どう?」
「すごくかわいい。でも」
「でも?」
 もしかして今日の服装には合わないだろうか。そう思っていると、マロンはこう言った。
「ドラコちゃんは、少し男の子っぽいくらいの方がらしいかなって思って」
 それを聞いてドラコは思わず吹き出す。
「わかる。自覚はしてる」
 そんな話をしながら、マロンが連れてきたミイに先導されてレストランへと向かう。予約していただけあって、席にはすんなりと通された。店内は落ち着いた暖色系の照明で、ドラコたちの席はきれいに色を透かしているステンドグラスの仕切りのそばだ。
 メニューももう予約済みなので、その場で料理が来るのを待つ。その間、ドラコとマロンは仕事の話をした。
「ドラコちゃん、最近仕事の方どう?」
「この前のイベントで売れ残ったホムンクルスも、無事に全員お嫁に行ったよ。
マロンはどう? 生産追いついてる?」
「あー、生産……ストームグラスそのものはともかく、護符がなかなか大変で、リクエストメール溜め込んじゃって」
「大変なことになってるなぁ」
 しばらくお互いの近況を確認した後、ドラコがマロンに訊ねる。
「そういえば、私とこんなディナーに来てていいの?」
「え? なんで?」
「いや、王子様は誘わなくて良いのかなって」
 するとマロンは恥ずかしそうにくすくす笑って、こう返す。
「王子様ともこのお店には来てるから」
「なるほどなー。グルメな王子様だ」
 きっとマロンは、王子様に連れられてきてこの店を知ったのだろうなとドラコは思う。
 そうしていると、前菜が運ばれてきた。目の前に置かれたのは、ベビーリーフの上に色とりどりの金魚草の花が乗せられたサラダだ。かけられているドレッシングからはオレンジの香りがする。
「わ、金魚草だ」
 ドラコが思わずそう言うと、マロンもうれしそうな声を出す。
「ドラコちゃん、金魚草好きだもんね」
「そうなんだよ。わー、久しぶりに食べるわ」
 早速食前の挨拶をしてサラダに手を着ける。甘酸っぱいドレッシングと金魚草の蜜の味、それにほろ苦いベビーリーフの奥深い味が口の中に広がる。
 続けて出てくるスープには菜の花が浮かべられ、付け合わせのパンには薔薇の花弁が練り込まれている。主菜で出てきたローストビーフには藤の花のソテーが添えられ、デザートのケーキにはミモザの砂糖漬けがたっぷりと乗っていた。
 デザートまで食べ終えて、食後のハーブティーをゆっくり飲飲んでドラコは満足げだ。
「あー、久しぶりにお花いっぱい食べた」
「うふふ、スーパーでも売ってるのに」
「そうなんだけど、いざ自分で調理するとなると若干面倒で」
 ふたりで笑い合っていると、ふと、マロンが一旦口を閉じてからこう訊ねた。
「そういえば、ペリエさんって恋人いるの?」
 それは突然の質問だった。ドラコは驚きを隠せないままに訊ね返す。
「え? なんで急にそんなこと?」
「えっと、ドラコちゃんとよく遊んでるから、もし恋人とかいたら誤解されちゃうんじゃないかなって思って」
 なるほど、そういう心配をしていたのかとドラコは納得する。
「特に恋人がいるって話は聞いてないよ。
それに多分、そういうの興味ないと思う」
 ドラコがそう答えるとマロンはほっとした声を出す。
「そっか、それならいいんだけど」
 その様子に、ドラコはにっと笑って、いたずらっぽくマロンに訊ねる。
「もしかして、マロンの王子様ってペリエなの?」
 すると、マロンは慌てた様子で手を振ってこう返してくる。
「それはない。それはないって。
だって私、この前ドラコちゃんに紹介してもらって会ったのがはじめてだもん」
「あ、それもそうか」
 マロンが言うとおり、ドラコがペリエをマロンに紹介したとき、たしかにふたりは初対面といった様子だった。それに加えて、マロンが王子様の話をドラコに聞かせはじめたのは、錬金術学校に在席している頃で、その頃はまだ、ドラコもペリエに会ったことはなかったのだ。だから、少し考えればマロンの王子様がペリエではないというのはすぐにわかる。
 からかったのは少し悪かったかなと思いながらドラコがハーブティーを飲んでいると、マロンは王子様の話をドラコに話して聞かせる。
「私の王子様はね、たまにちょっと意地悪でからかってくることもあるけど、すごく素敵なの」
「そっか。王子様のこと大事にしなよ」
 マロンとドラコのやりとりを聞いていたゼロが、ふっとミイの方を向く。お互いしばらく顔を見合わせた後、ミイの方が先に、ふいっと顔を背けた。そのミイの態度と、マロンの今までの話などを総合して、ゼロはなんとなく、マロンの王子様が誰なのか察した。けれどもそれはドラコと共有していい情報ではないと判断したので、ドラコの方にその推測が行かないようにロックをかける。誰にだって、秘めた思いはあるものなのだ。

 

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