第六章 図書館

 秋薔薇が咲き、日が差す時間も短くなってきたある日のこと、 カミーユが弟のアルフォンスと共に依頼品の刺繍を刺す為に刺繍糸を問屋へと買いに行った帰り。

刺繍糸の入った袋を抱えて車椅子に座っているカミーユに、押しているアルフォンスがこう話しかけた。

「カミーユ兄ちゃん、ちょっと本屋さん見てみない?」

 その言葉に、カミーユが嬉しそうに答える。

「本屋さんかぁ。本なんて高くて買えない気がするけど、見てみたいな」

 だいぶ前に、お得意様の本好き貴族、アヴェントゥリーナから貰った童話や詩集の本を、 何度も読み返しているカミーユ。

そしてアヴェントゥリーナから託された、『息子が書いて居た物語の続きを書いて欲しい』と言う依頼に応えるには、 もっと本を読んで知識を得なくてはいけないだろう。

けれども本は高価な物で、そう易々と庶民が買える様な物では無かった。

「僕、あの有名な長編の叙事詩?っていうやつ読んでみたいんだよね。

買えなくても良いから、表紙だけでも見たいかも」

「そっか。じゃあ本屋さん行こうか」

 本が買える程の手持ちは無い。けれども、機嫌の良さそうなアルフォンスに椅子を押されて、 カミーユは本屋へと向かったのだった。

 

 本屋に入った二人は、店の奥に座った身なりの良い主人に怪訝な顔をされながら、 各々本を手に取って表紙を開く。

分厚い本を手に取っては冒頭部分に目を通していたカミーユが、ふと顔を上に向けてアルフォンスを見る。

アルフォンスが数字以外の文字を読めないのを知っているので、本を見てわかるのか不思議に思ったのだ。

「アル、気になる本有る?」

「ん~、どれがカミーユ兄ちゃんが読みたいって言ってる奴なのかなって」

 そう言って、開いていた本を閉じ、本棚に戻すアルフォンス。

少しだけ寂しそうな顔をする彼を見て、カミーユも本を閉じて本棚に戻した。

 

 本屋に訪れてから数日経ったある日の昼、カミーユが読み古された詩集を明るい広場で読んでいると、 突然声を掛けられた。

「本を読むのがお好きなのかな?」

 聞き覚えの無いその声に本から顔を上げると、そこには男性か女性か区別の付かない、 黒っぽい服装をした人が立っていた。

「そうなんです。最近、時間がある時は偶に、ここで本を読んでるんですよ」

 微笑んで答えるカミーユを見て、その人物は車椅子のすぐ横にあるベンチに腰掛ける。

カミーユがしおりを挟んで本を閉じるのを見たその人物は、どんな本が好きなのか、 どの程度本を買っているのかなどを訊ねてきた。

膝の上に置いた本の表紙を撫でながら、カミーユは寂しさの混じった笑顔を浮かべて答える。

「詩集や童話が好きですね。

でも、本はなかなか買う余裕が無いんです」

 すると、隣に座っていた人物が立ち上がって、カミーユの後ろに回ってこう言った。

「本が買える訳では無いけれど、沢山読める場所を教えてあげよう。

行ってみるかい」

 本が沢山読める。その言葉を聞いて、カミーユは嬉しそうに返事をする。

「本当ですか?行ってみたいです」

 そうして、カミーユは初めて会った、誰とも知らない人物に押されて広場を後にした。

 

 辿り着いたのは、いつもミサの時の訪れている教会。その敷地の一角に、その建物はあった。

教会よりは小さいけれども、カミーユ達が住んでいる家よりは大きな建物。

その建物の中へと、カミーユは案内された。

綺麗に磨かれた木のドアを開けて中へ入ると、窓はあるけれども薄暗い部屋の中に、 いくつも本棚が設置されていて本がぎっしりと詰まっている。

街の本屋よりも本が沢山置かれている様を見て、カミーユは驚き、自分を押してきた人物にこう訊ねる。

「あの、ここは何なんですか?本がこんなにいっぱい……」

「ここは図書館と言ってね、本を貸してくれる所なんだ」

「図書館……」

 本などと言う高価な物を、貸してくれる所が有ったと言う事に、さらなる驚きを隠せない。

ここでは静かにしなくてはいけないと言われるままに口を閉じ、最低限の会話だけをして、本棚を見て回る。

すると、本棚に収められている本は、どれも随分と古い物の様に見えた。

もしかしたら、アヴェントゥリーナの様に本を持て余した貴族から寄贈されて、 ここにこれだけ本が集まったのかもしれないと、ぼんやりと思う。

 背表紙の角が擦れている本を何冊か、見ては戻しを繰り返しているうちに突然、 入り口が開く音がした。

「誰か居るのですか?」

 入り口の方を向くと、この教会の神父様が立っている。

「あ、神父様、お邪魔してます」

 つい、もしかしてここは立ち入り禁止だったのではと思い気まずそうな顔をしてカミーユが挨拶をすると、 神父様は一瞬身体をこわばらせた後、すぐに歩み寄ってきて、 本を見るのは構わないのだけれど一言掛けてくれると助かると、そう声を掛けてきた。

それから、カミーユをここに連れてきた人物の方を見て、この人は知り合いかと、そう訊ねてきた。

カミーユは持参した本に手を置いて、微笑んで答える。

「今日初めて会った人なんですけど、この人がこの図書館のことを教えてくれたんです」

「そうなんですか」

 無邪気に喜ぶカミーユに視線を合わせ、神父様が困った様な顔をしてカミーユの手を取る。

「今回は悪いことを考えている人では無かった様で良かったですけれど、 知らない人の誘いには気安く乗ってはいけませんよ?

悪いことを考えている人も居るんですから」

 そうしていると、カミーユをここに連れてきた人物が、カミーユの後ろから離れ、 君が本を読むのを手伝いたいけれど、ここではタリエシン神父に訊ねる方が良いだろう。と言い残してその場を離れた。

カミーユは、もう少し仲良くなれるくらいまでは話をしたかったなと思ったが、 どうにも声を掛けにくい気がしてそのまま見送った。

 

 それから少しの間、カミーユと神父様は図書館の中で話をして。

カミーユが物語を書く為に勉強をしたいと言ったら、神父様が勉強を教えてくれるという。

仕事も忙しいだろうから、仕事がお休みの時にでもおいでなさい。と言う神父様の言葉に甘えることにして、 その日はマザーグースの本を借りて、カミーユは家路についた。

 

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