第八章 娘の求婚

 村長がミカエルの元へ娘の話を持ってきたその翌日。前日と同じような頃合いに、娘を連れ、 上機嫌な様子でミカエルの家へ訪れた。

 ミカエルは溜息をつき、今回はリンネも同席しないとややこしいことになるだろうと、その場にいさせる事にした。

「リンネ、研究室から倚子を一脚持っておいで」

「はい、わかりました」

 この家のテーブルには倚子が四脚据えられていて、それで倚子の数は足りるはずのだけれど、 ミカエルはリンネにそう言った指示を出す。リンネも、疑問を持たずに倚子を取りに行った。

 リンネが倚子を用意してから、ミカエルは村長とその娘を家の中へと招き入れる。村長は上機嫌な様子で、 娘は照れたように俯いていた。

「まさかこんなにすぐにいらっしゃるとは思っていませんでしたが。

とりあえずお掛け下さい。いまコーヒーを準備しますので。

リンネ、お願いできるかい?」

「はい。用意しますね」

 リンネが台所でコーヒーの準備をしている音を聞きながら、ミカエルは村長と娘に椅子を勧める。ふと、 村長が不思議そうな顔をした。

「あれ? 先生、いつもは倚子が四つなのに、今日は五つ有りますね。なんでまた?」

 その問いに、ミカエルはさらりと答える。

「ああ、実は、いつも出しているうちの一脚は、僕の親しい友人が座る席なんですよ。

そう言う物や事が、村長にも有るでしょう?」

 村長はそれを聞いて、笑いながら言った。

「もしかして、偶に来るあの怪しげな男ですか?

先生、ああいう得体の知れない、わけのわからないのとは付き合わない方が良いと、私は思いますがね」

 一瞬、ミカエルの目つきが冷たくなる。けれどもすぐに、困ったように笑ってこう返した。

「そう言われましてもね。彼はいつも香油を沢山買ってくれる、いわばお得意さまでもあるので」

「お得意様か、それじゃあしょうがないですね」

 そんなやりとりをしている間に、リンネがすっかりコーヒーを淹れ終えて、全員の前にカップを置いた。

 いつもの席にリンネが座ると、早速本題に入った。村長の娘の婿に、ミカエルとリンネのどちらを迎えるかという話だ。

 村長が娘に訊ねる。

「それで、どっちがお目当てなんだい?」

 俯いていた娘は、ちらりとリンネの方を見てから、前からリンネのことを好いていたと言うことを打ち明けた。

 その言葉にミカエルにとって驚きは無かったし、リンネもやっぱりと言った顔をしている。

 娘の話を聞いた村長は、上機嫌で話し始めた。

 リンネに、ミカエルの元での怪しげな実験を辞めて、村長の家に行き、畑仕事と家事をしろと言うのだ。

 やる事自体はミカエルの元での仕事とたいして変わらないけれど、それでも思うところが有るのだろう、 リンネは沈んだ顔をしている。

 村長の話を一通り聞き、ミカエルが口を開く。

「なるほど。その条件でかまわないとリンネが言うのだったら、僕もかまいませんよ」

 その言葉に、村長はリンネの方を見る。勿論受ける物だと思っている村長に、ミカエルは釘を刺す。

「ですが、決めるのはリンネだと言うことをお忘れなく」

 ミカエルの言葉に、村長は一瞬不機嫌そうな顔をしたけれども、リンネに向かってこう訊ねた。

「それじゃあ、リンネ君はどう思ってるんだい? この子の婿になってくれるかな」

 断るはずは無いと言った確信が見える村長に、リンネは申し訳なさそうな目で娘を見てから、頭を下げて答える。

「ごめんなさい。その、僕はまだ先生の所にいたいんです。だから、お断りさせていただきます」

 それを聞いて、村長はあからさまに不満そうな顔をする。けれども、すぐにミカエルの方を見てから、娘に言う。

「それなら、先生を婿にと言うのはどうだい? お父さんは、先生の方が安心してお前を任せられるよ。

お前も、先生の方が良いだろう」

 娘は村長の言葉に俯いてしまっている。その様子を見て、ミカエルはにっこりと笑って口を開いた。

「そこまで僕のことを買ってくださってありがとうございます。

そうですね、今の研究を続けさせてくれて、娘さんが良いとおっしゃるのでしたら、僕はかまいませんよ」

 それに対して、村長は不満そうだ。

「先生。村の人達を見てくれたりするのは良いんですけどね、こういう怪しい実験はよくない。やめた方が良いですよ。

私は賛成できませんね」

 自分の思い通りに行かないのが気に入らないと言った様子の村長に、ミカエルが畳みかける。

「それでは、娘さんの意思がどうあれ、僕は結婚の申し出を受け入れられませんね。

なんせ、僕はこの研究をしているから、莫大な資金を得られるので」

 資金、と言う目当てにしていた物を話に出され、村長はますます不機嫌になる。テーブルを叩いて立ち上がり、 娘の腕を掴んでミカエルたちに言った。

「まったくなんなんだお前達は!

誰のおかげでこの村にいられるのか少しは考えるんだな!」

 そう言い残し、娘を強引に引っ張って玄関から出て行った。

 厄介ごとが去り、けれども不安そうな顔をするリンネに、ミカエルが言う。

「僕達がこの村にいられるのは、パトロンのおかげなんだけれどね」  そう言ってくすくすと笑った。

 

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