お姉様と一緒に後宮に入る事になった。
この村で一番うつくしいと言われているお姉様。私が幼い頃、川に流されている所をお姉様が見つけて、彼女の従者に助け出されて以来、ずっとお姉様の妹として育てられた。
はじめは渋々といった様子だったらしい今の両親も、試しにと私に琴を触らせ弾かせてみた所、今までに招いたどの楽工よりも上手く演奏して見せたということで、いつか後宮に入れるつもりのお姉様の添え物にしようと、大切に育ててくれた。
そしてついにこの時が来たのだ。待ちわびていた、という訳ではないのだけれど、王の寵愛を受ける事を強く望んでいたお姉様がこの日の事を喜んでいるので、私も後宮に入る事を嬉しく思った。
この国の王は、名君だ。だからきっとお姉様の事を大事にしてくれるだろうと、何も不安を抱いてはいなかった。
私たちが後宮に入ってしばらく。お姉様は後宮にいるどの女よりもうつくしく、王の寵愛を受けた。私も、王の寵愛を受けた。それは琴の腕によるものだったけれども、私の弾く琴の音に合わせてお姉様が歌い、それを喜んでくれる人がいるのは、確かにしあわせなものだった。
けれども、段々とその生活に歪みがでてきた。お姉様に夢中になった王は政を顧みないようになっていき、民に重税を課すようになっていった。そう、華やかなこの生活を保つために、お姉様が求める華やかな衣装や玉をまかなうために、王は国民に負担を求めたのだ。
それは良くない事だと、王の臣下は言う様だけれども、私にはいまいち実感が湧かなかった。この華やかな世界で、後宮で、お姉様と一緒に歌い奏でる日常だけが私のすべてなのだから。
王が後宮に入り浸るようになってからどれくらいが経っただろう。どこかでぽつりと、王に叛旗を翻した者がいると聞いた。けれども後宮の中でそれを不安に思う人はいない。だって、王はあんなにも堂々としていて不安など感じさせないからだ。
この人の元にいれば平穏な生活が続くのだと、皆がそう思った。
今日も王の前で琴を奏でる。その音に合わせてお姉様が歌って踊る。この日々はずっと続くのだと、私もお姉様も信じて疑わなかった。反乱軍という歪みも、いつか気づかぬ間に消えるものだと、無邪気に思っていた。
ところがある日の事、王が後宮にやってこないと思ったら、王の臣下が私たちにこう言った。反乱軍がこの城を取り囲み、後がないと知った王が玉座で自刃した。その言葉の意味を、一瞬理解出来なかった。けれどもお姉様はすぐさまに顔を青くして、持っていた団扇を落として私に言った。
「今すぐ逃げるわよ」
そうか、王が死んだ後、国を乱す原因となった私たちを殺そうと考えるのは、反乱軍としては当然の事だろう。臣下が去った後、私はお姉様に男物の服に着替えるよう言って、二手に分かれて逃げようと提案する。お姉様は一緒に逃げないと不安だと言うけれども、固まっているより分かれて逃げた方が見つかりにくいだろうと言い聞かせる。
服を着替えながらお姉様が言う。
「まだ死にたくない。絶対に死にたくない!」
涙ぐみながら吐き出されたその言葉は、私には無い強い意思を感じた。
お姉様と部屋を出て、お互い反対方向に走り出す。それから、お姉様の姿が見えなくなったのを確認して、私はまたお姉様の部屋に戻った。
部屋の中で、いつも側にある琴を奏でる。その音はどこまで響いているのだろう。遠くから聞こえる喧騒に、少しずつかき消されていった。
そしてその時は来た。反乱軍の男達がこの部屋の扉を破ってなだれ込んできたのだ。
男達は、お姉様の名を出してそれはお前かと私に訊ねる。
「いかにも。私が妲己です」
私は迷わずお姉様の名を騙った。男達は私に剣を突きつけ、ここで死んで貰うと言う。私はそれに何も反発はしなかった。腕と身体を縄で縛られ、これから私を処刑するという場所に連れて行かれる。大人しく男達について歩くけれども、ふと、こう訊ねた。
「歌を歌ってもいいですか?」
その問いに男達は不思議そうな顔をしたけれども、命を散らすその時まで、私は音を奏でたいのだというと、温情だろうか、歌う事を許してくれた。
広い後宮の中を歌いながら歩き、反乱軍が占拠した王宮の中も歩いて抜けた。王宮の門の前では、待ち構えていた男達と、物珍しさで集まったのだろうか、民衆とおぼしき人達も集まっていた。
彼らが取り囲む中、私は地面に膝を付かされる。このまますぐに処刑されるのかと思ったら、私の罪を反乱軍の幹部とおぼしき人が読み上げたその間、すぐ側に柱が立てられその下には薪が積まれた。罪状が読み上げられたあと、私は柱に縛り付けられ、足下の薪に火が放たれた。
ひどく熱いけれども、私の口から出たのは悲鳴ではなく歌だった。幼い頃から何度もお姉様と一緒に歌った歌。
お姉様は無事に逃げおおせただろうか。これからの生はつらいかも知れないけれど、どうか生き延びて。
そしてあの歌を歌い続けて。