第一章 課題の予算

 とある洋裁学校に通うとある青年。

柏原カナメは思い悩んでいた。

「どうしよう……

課題用の布買ったら食費が……」

 洋裁学校に入って一ヶ月、早速課題を作る事になったのだが、 講師曰く『初めのうちは安い布よりも、ちゃんとした良い布を使いなさい』との事で、 初めての制作課題はウール100%の布を指定されてしまったのだ。

 カナメは、一人暮らしでバイトをしていない。

初めの内は、バイトをすればお金に困る事も無いだろうと思っていたのだが、 学校のカリキュラムがかなり詰まっているのでバイトを入れる余裕が無い。

 土日祝日だけでもバイトをすれば良い様な気はするが、平日一限から六限まで授業を受けて、 更に休日まで働く体力が無いのは自分が一番よく解っていた。

なので、生活は親からの仕送りだけでやりくりする事になる。

 しかし、カナメの財布を逼迫する要因が他にもあった。

学校の学食の値段が高いのだ。

初めての授業があった日に、早速学食で食事をしようとしたら、かけうどんで三百円以上の値が付いていた。

それがあまりにもショックで、その日は結局学校から徒歩五分の所に有る牛丼屋で昼食を済ませたと言う経緯がある。

 ただ、運の良い事にカナメは三兄弟の長男という立場からか、 小学校中学年辺りから頻繁に家での食事を作るのを任される事が有り、料理自体は苦手で無かった。

「……取り敢えず、布はもう確保したから、明日のお弁当の材料買ってこよう」

 淡い色の布を二種類、通学用の鞄に詰めてから、カナメは財布を持って玄関から出て行った。

 

 近所にあるスーパーは、夜十時までの営業で、九時を過ぎた辺りからセールをやっていたり、 見切り品の数が増えたりしているので重宝している。

 カナメが早速見に行ったのは、野菜の見切り品が置いてある棚。

「ふむ……」

 棚に置いてあるのは、半分に切られたゴーヤと、赤ピーマンの詰め合わせ。それからもやしとブロッコリーだ。

それを見て、現在冷蔵庫の中に有る物を思い浮かべる。

 確か卵が二個程残っていたはず。

それに、シンクの下に安売りの時に買ったツナ缶が、他にも鶏胸肉が一枚解凍してあるのと、 冷凍庫にはベジタブルミックスが有るはずだ。

 頭に浮かんだ食材と、目の前の食材を見比べたカナメは、見切り品の野菜を全てカゴに入れたのだった。

 

 家に帰ってきてから野菜の処理をする。

まずはもやしだ。

もやしは細かく刻んでジップに入れ、冷凍庫へ。

次に赤ピーマン。

赤ピーマンは縦半分に切り、種とヘタを取り除き、一時的に鍋の中へと避難させる。

それから、冷蔵庫に入っていた鶏胸肉をサイコロ状に刻み、フードプロセッサーで粗挽きに挽く。

ミンチになった鶏胸肉にパン粉と凍ったままのベジタブルミックスを適当に放り込み、しっかりと混ぜ合わせ、 赤ピーマンに詰めていく。

 そこで一旦手が止まった。

「どうしよう、焼いてから冷凍した方が良いのかな?

このまま冷凍しちゃって良いのかな?」

 ハンドソープで手を洗いながら考え、焼いてから冷凍しようという結論に至る。

コンロの上の鍋をどかし、小さなフライパンを取り出す。

コンロに火を付け、温まってきた所で肉を詰めた赤ピーマンの、肉側を下にしてフライパンに乗せる。

それから数分、表面が焼けるのを待ってから、料理酒を取り出しフライパンに注ぐ。

じゅわぁ……という音を日本酒が立てるなり、赤ピーマンをひっくり返していく。

そうしたら後は蓋をして火が通るのを待つだけだ。

 その間にゴーヤを縦割りにし、中の種を取り出し、薄切りにする。

薄切りにしたゴーヤをボウルに移し、少し多めに塩を振って水分が出るまで揉む。

それから、出てきた水分をしっかりと絞り、ツナと混ぜ合わせる。

 ゴーヤとツナの和え物をタッパーに移し、一旦ボウルを洗った後に、今度はブロッコリーに刃を入れる。

一房ずつ切り分けた後、茎の部分の固い皮を切り落とし、中の柔らかい部分を取り出し、 それも食べ易い大きさに切って、房と一緒にボウルに放り込む。

 そうこうしている間にも赤ピーマンの肉詰めが焼き上がり、あら熱を取る為にお皿の上に並べていく。

 赤ピーマンを安全圏に避難させた後、鍋を取り出して水を張り、ブイヨンのキューブとブロッコリー、 それから備蓄食料として置いておいた方が良いと言われ、 言われるがままに買い置きをしてあったパスタを短く折って鍋の中に放り込む。

これで本日買ってきた食材の処理は終了だ。

「うーん、トマトも割引のやつ買ってくれば良かったかなぁ」

 ブロッコリーとパスタの入った鍋をかき回しながら、カナメはお腹を鳴らしたのだった。

 

 翌朝、カナメは早速朝食の準備を始める。

昨夜作ったゴーヤとツナの和え物を少し取り、卵とじにする。

それと、乾燥わかめに乾燥椎茸を軽く茹でた物に少し味噌を入れて簡単な味噌汁を。

お米は昨晩炊飯器にタイマーをセットして炊いた物だ。

 食べ盛りの男性としては少なめに感じる朝食だが、これ以上沢山作るのは時間が掛かるし、 この量で足りないと言う事も無いので特に不満は無い。

 朝食を食べ終わると、今度はお弁当の準備だ。

二段のお弁当箱の一段目にご飯を詰め込み、表面に薄く練り梅を塗る。

二段目には、ゴーヤとツナの和え物と、赤ピーマンの肉詰め、 それと昨夜の夕食用に煮たブロッコリーの内何個か救出して置いた物を詰める。

 手早くお弁当の準備をしてから、朝食で使った食器を洗い、荷物を持って学校へと向かったのだった。

 

 午前中に行われていた一般教養の授業でヘトヘトになったカナメは、お弁当を持って学食へと向かう。

学食の中で周りを見渡しても、皆食堂のメニューを食べるか購買のパンやカップ麺を食べている。

複数人ずつのグループになって食事をする学生が多い中、カナメは学食の窓際の席で、一人黙々とお弁当を食べる。

 服飾実習の授業中、結構おしゃべりをしている生徒が居るのだが、何故か皆一人で食事をする、 所謂ぼっち飯は嫌だよなと言っていたのを思い出す。

確かに、誰かと一緒に食事をするのも楽しいけれど、カナメ個人としては一人で食事をする事に何の抵抗もない。

「んむ……」

 一人でお弁当を食べ、自作のその味を吟味する。

和え物が少し塩辛かったとか、肉詰めはもう少し胡椒を振っても良かったかもしれないとか、 そう言う事を考えながら食べている。

 高校の時は、お弁当は母親が用意していてくれたので、味の試行錯誤を自力でする必要は無かったのだが、今は自炊だ。

自力で不満のある味を改善していかなくてはならない。

 自作お弁当生活を始めてから付け始めた、お弁当日記。

その日のお弁当のメニューと味加減、改善法等を食べ終わってからすぐに書き込み、家に帰る道中、 電車の中で読み返している。

今日もお弁当日記を付けている訳だが、ふと過去のメニューを見返して思う。

栄養のバランスが悪いかもしれない。

しかしそうは思っても、カナメは栄養学等と言うのは高校までの家庭科の授業で教わった程度にしか解らない。

「……まぁ、予算優先じゃ仕方ないかなぁ」

 そう呟きお弁当日記を閉じる。

お弁当箱も布でくるんで鞄に入れる。

 午後は服飾基礎実習だ。

型紙のチェックは既に済んでいて布の裁断に入れる状態なので、早めに実習室に行って裁断を済ませておこうと、 カナメは学食から出て行った。

 

†next?†