第三章 友人

 学校の夏休み終了間際、カナメは高校時代の友人と会う約束をしていた。

進学してから別々の学校になり、会う機会が減っていたので偶には二人で遊ぼうと誘われたのだ。

 友人曰く、八月の間に海に行ったり花火大会なんかどうかと思っていたらしいのだが、友人の実家がお寺な物で、 八月中は色々な法要の手伝いでなかなか予定が空けられなかったと言う。

 友人との待ち合わせは、カナメが良く学校帰りに寄る布屋がある繁華街。

カナメが時間を気にしながら待ち合わせに向かっている訳だが、待ち合わせの時間まであと二十分程有る。

少し待つ事になるだろうけれど、待ち合わせに遅れるよりは良いだろうと待ち合わせ場所を見回す。

すると、友人は既に待ち合わせ場所にいた。

「勤、久しぶり。待たせちゃった?」

「いや、俺も五分くらい前に来たばっかだよ」

 暫くその場で話し込んだ後、カナメが友人の勤にこう言った。

「ちょっと布屋さん見て良いかな?」

「ん?構わないけど、課題用の布?」

「課題って言うか、あの……」

 少し俯いてまごまごしているカナメの様子を見て、勤はなるほどと言った顔をする。

「あ、そうか。

OK、見に行こうぜ」

 今回カナメが布屋に見に行く布は、コスプレ衣装を作る為の物だ。

勤はカナメがコスプレをやっているのを知っているが、流石に口に出して言うのは恥ずかしいのだろう。

少し顔を赤くしたカナメが勤を先導して、布屋へと入って行った。

 

 布屋で一頻り材料を買ったカナメと、こんな荷物を持って歩き回れるのだろうかと心配そうな勤は、 昼食を食べる為に近くのビルのパスタ屋へと入った。

「へー、和風パスタなんだ。

カナメはこの店よく来るのか?」

「ううん、僕も初めて入るんだよね」

 色々なパスタの写真が並ぶメニューをじっくりと眺め、カナメは取り敢えず一番安いパスタに決める。

「カナメ、決まった?」

「うん」

「じゃあ店員さん呼ぶぞ。

すいませーん」

 勤の呼び声でやってきた店員に注文をし、暫く雑談をしながら料理が運ばれてくるのを待つ。

「そう言えばお前って、学校でどんな服作ってるんだ?やっぱ男物?」

「え?僕はレディースのクラスだよ。

レディースのクラスだと、課題の発表の時にモデルさんを誰かに頼むか、 頼めなかったら自分で着るしか無いけど良いかって言われはしたけど、やっぱりレディースの服が作りたくて」

 カナメのその言葉に、勤は口をぱくぱくさせてからこう訊ねてきた。

「あのっ……お前、モデルさんちゃんと頼めてるか?

もしかして自分で着て……」

「モデルさん頼める程コミュ力無いから自分で着てるよ。それが何か?」

 さらりと返すカナメとは対照的に、勤は動揺しているのか両手で顔を覆っている。

その様子を見て、カナメはしょんぼりした声で呟く。

「やっぱり、女装してるのなんて、嫌かな?」

 それを聞いた勤は、頼りなさげにコップを握るカナメの手を両手で包んで、強い口調で言う。

「俺は嫌な訳じゃ無いんだけど、あの、なんてんだろ、お前が学校で変な扱いされてたりしないかが心配で……」

 しどろもどろなその言葉に、カナメは難しい顔をして返す。

「どうなんだろ。

あんまり学校の人と話さないし、でも危害を加えられてる感じはしないし、今のところ問題ないと思うんだよね」

「そっか、それなら良いんだ」

 勤が安心した所で料理が運ばれてきたので、二人は各々お箸を持っていただきますをする。

お箸で食べるパスタなんて便利で良いなぁ等と言う話をしながら、ふとカナメが付属のスープに目をやった。

「あれ?お前チキンスープ苦手だっけ?」

 ちびちびとスープを飲んでいる勤がそう訊ねると、カナメは不思議そうな顔をしてこう言う。

「ううん。そうじゃなくて、なんでパスタにスープが付いてくるんだろって思って」

「なんで?」

「確かフランス料理のコースでは、パスタはスープ扱いで……」

「そうなん?でも、多分このパスタはスープじゃ無くて麺扱いだと思うぞ」

「そっか、麺かぁ」

 勤の言葉に納得したカナメだが、すぐにまた難しい顔になってこんな事を言う。

「麺類って汁物着いてくる物だっけ?」

 細かい事を気にし始めてしまっているカナメだったが、勤が口先三寸で納得させ、恙無く昼食を済ませた。

 

 それから暫く、カナメが高級そうなデパートに普通に入っていって勤を挙動不審にさせたり等したが、 話は尽きる事無く夕食の話になった。

「どうする?晩飯も食ってく?」

「うーん、晩ご飯まで外で食べるとちょっと辛いから、家に帰って食べようと思うんだけど……

でも、勤も一人暮らしだったよね?

外で食べちゃった方が都合良い?」

「まぁ、確かに家帰って自分で準備ってなると面倒ではあるな」

 明らかに残念そうな顔をする勤に、カナメがぽんと手を打ってこう言う。

「じゃあうちに来て晩ご飯食べて行きなよ。

材料費を折半してくれるなら僕が作るよ」

 微笑んでそう言うカナメの手を、勤はぎこちなく握り、頼りない声で答える。

「是非に……オナシャス……」

 その様子を見てカナメは、勤もきっとお金のやりくりが難しいのだろうなぁ。と思ったのだった。

 

 そしてカナメの家に着き、早速夕食の準備を始める。

台所は狭いので、勤は奥の部屋で麦茶を飲みながらぼんやりと料理が出来るのを待っていた。

 突然、台所からズドンと言う大きな音が聞こえ、勤は思わず台所の方を見てしまう。

「何?何が起こったん?」

 おどおどしている勤に、カナメはレタスの芯を手で引っこ抜きながら答える。

「ああ、レタスを潰しただけだから気にしないで」

「お、おう」

 何故レタスを潰す必要が有るのだろう。そうは思ったがカナメがそれなりに料理が出来る事を知ってはいるので、 料理の手順でそう言う指示でも有るのかもしれないと何となく納得する。

 そうこうしている間にも台所からは少し甘さの入った醤油とレモンの香りが漂ってくる。

じゅわじゅわと音を立てるフライパンをコンロの上に置いたまま、 カナメは冷凍庫から凍ったおにぎりを取り出して勤に声をかける。

「ご飯どれくらい食べる?

おにぎり二個くらい食べちゃう?」

「そうだな、二個分くらい頼むわ」

 それを聞いたカナメは、おにぎり一個をお茶碗に、二個を少し大きめのお椀に入れて、電子レンジにかける。

電子レンジが頑張っている間に、今度はフライパンの相手だ。

フライパンの中で香ばしく蒸し上がった豚バラ肉とレタスを、耐熱ガラスの大きなお皿の上に盛る。

「取り敢えずおかずこれね」

 そう言って勤の目の前にそれを置くと、勤は甚く感激した様子。

「おお、すげぇ!肉!肉!」

「もう。

お肉だけじゃ無くてちゃんとレタスも食べるんだよ?」

 カナメはそうクスクスと笑って、また台所に立つ。

小鍋に水を張り、桜エビと切り干し大根を入れて火に掛ける。

お湯が沸騰したら味噌を溶く、お手軽味噌汁だ。

味噌汁が出来上がる頃には電子レンジも仕事を終えていて、食事の準備が出来上がる。

 二人でいただきますをしてから食べていたら、勤がぽろりとこんな事を言った。

「料理まで上手いなんて、ほんと……なんなん……?」

 その呟きを聞いたカナメは、普段勤がどんなものを食べているのだろうかと少しだけ心配になってしまったのだった。

 

†next?†