第十章 どうしてそうなの?

 ある日のお昼時、私と、語主様と、思金様で近所の牛丼屋へと行きました。

 いつもならもう少しゆっくり出来る所で、一人でお昼ごはんを食べるのですが、 今はちょっと仕事が忙しくなっているので、手軽に済ませられるここへ来たのです。

 店員さん以外誰も居ない店内。そのカウンター席に三人揃って腰掛けると、店員さんが声を掛けてきました。

「いらっしゃいませ」

 店員さんの挨拶に、語主様が軽く右手を挙げてこう返します。

「ようシエルン、お疲れ。いつもの頼むわ」

「全員いつもので?」

「で、良いよな」

 語主様の問いに、私も思金様も頷きます。

「はい。良いです」

 いつもの、と言う表現で通じてしまう程度には、この店の店員のシエルン様とは顔見知りです。

正確には、シエルン様は割と古くからの知り合いで、この店にバイトに入っていると知った時は驚きました。

「牛丼並二丁、特盛り一丁!」

 シエルン様、実は堕天使なんです。

 自分でも何を言っているのかわからないのですが、訳あって現代日本国のお金を貯めなくてはいけないらしく、 だいぶ前からここでバイトをしていると聞きました。

 手際よく生卵とお新香を用意するシエルン様に、語主様が問いかけます。

「そう言えば、お前今度いつ弟に会う?」

「プリンセペルか?

予定としては来月あたりだ」

 シエルン様は普段地獄の管理をしているのですが、その管理報告書をたまに主神様に提出しなくてはいけないらしく、 ひと季節に一回、プリンセペル様が取りに行っているそうなのです。

 プリンセペル様の予定を聞いた語主様は、シエルン様にしれっとこう言います。

「そっか。じゃあ会った時に一発殴っといてくれ」

「何故だ」

「あいつのおかげでちょっと迷惑被ったんでな」

「迷惑?」

 まぁ、プリンセペル様は、シエルン様から見たらそんなに余所に迷惑をかけるような方には見えないでしょうし、 疑問にもなりますよね。

 シエルン様の疑問に答えるように、思金様はこんな事を口にします。

「プリンセペルお勧めの本を蓮田に薦めたら、おばけがこわくて眠れないって言い出してね。

それで僕も語主に殴られたよ」

 こう言う事言うと助長されるんでやめてくれませんかね?

「いえ、あの、殴ったりしなくて良いので、すいません。

語主様も物騒なこと言わないで下さい」

 シエルン様がプリンセペル様を殴るなどと言う事は無いと思うのですが、一応語主様を宥めます。

 すると思金様から余計な一言が。

「またパイ投げする?」

「そもそも、思金様の所で情報をストップさせなかったのが悪い気がするんですけどね」

 そうこうしている間に牛丼が出来上がったらしく、シエルン様が両手に牛丼を持って、私達の前に置いていきます。

 私は七味唐辛子と紅生姜を、語主様は生卵を、思金様はお新香を、それぞれ牛丼に乗せて食べ始めました。

 一口、二口食べたあたりで、思金様がシエルン様にこう問いかけます。

「そう言えばさ、物語作るのと錬金術って、なんか似てる気がしない?」

「物語と錬金術?

ふむ。どうしてそう思ったのか聞かせて貰えるか?」

 錬金術……土塊から黄金を作ると言われる、過去の人間が作り上げた科学のことですね。

 どの程度信憑性があるのかはわからないのですけれど。

 何も言わずに牛丼を食べる語主様と、口を挟めない私を置いてお二方は話を進めます。

「錬金術って、色々な要素を合成して、全く違う物を作るんでしょ?

ヨーグルトで精製した金属が薬になるとか、そういうのとか」

「そうだな。危険な物ではあるが」

「物語も、色々な要素を頭の中で掛け合わせて作る物だよね。

つまり、書いている人間の頭の中で漉され、精製され、出来上がる」

「そう言われると、錬金術と物語は似ているな。

どちらも人間が考え、研究し、高みを目指している物だ」

「どちらも人間の英知の結晶だね」

 なるほど? なんだか難しい話をして居ますが、錬金術は神の所行では無く、人間の所行です。

 なので、錬金術と物語が似ていると言う事は、物語を綴って世界を創ることが人間に託されたのは、 その辺りの事情が有るのかもしれませんね。

 私が感心していると、暫く黙って牛丼を食べていた語主様が、こんな事を言いました。

「まぁ、そう言われると錬金術と物語は似てるな。

だけどさ、人間に物語を綴らせるのは、もっと別の意図が有るんじゃ無いかって気はするんだよな」

 語主様の言葉に、シエルン様は興味津々という顔をします。

「ほう? 世界の真理に近い語主がそう言うとは。

何か知っているのか?」

「……いや? 俺は知らないぜ?」

「…………」

 シエルン様はなにやらもっと話を聞きたそうな顔をしていましたが、他のお客さんが店内に入ってきたので、 そちらの対応に回りました。

 それにしても、シエルン様が言った通り、語主様は幾多居る神の中でも、真理に近い場所に位置しています。

 語主様なら、何故人間に物語を託されているのか、次の世界を託されているのか、それがわかるのでは無いでしょうか。

 それとも、わかった上で黙っているのでしょうか。

 もしそうなら、あまり詮索してしまうのも、悪い気はしますね。

 

 牛丼屋さんでお会計を済ませて、会社に戻る道すがら、語主様に尋ねました。

「語主様は、自分の役割に疑問を持ったことはありますか?」

「ん~、そうだな。言われてみると、疑問は持ったこと無いな。

美言はどうなんだ?」

 私が疑問を持ったことがあるか。考えたことも無いのですが、考えたことも無いと言うことは、 疑問が無いと言うことです。

「そうですね、私も特に疑問を持ったことは無いです。

ただ、語主様をサポートすることが、私の役割ですから」

「そっか」

「だから、もし語主様が自分の役割に疑問を持った時、私も自分の役割に疑問を持つのだと思います」

 そう。語主様が迷い無いのであれば、私も迷い無い。そう言う事なのだと思います。

 それを伝えると、語主様は少しだけ難しい顔をして応えました。

「なるほどな。

ちょっとその辺俺に依存してる気がするから、そう言う意味ではもう少し色々考えた方が良いかもな」

「言われてみると、そうかもしれません」

 そこまで言われて納得して、会社に戻って仕事に手を付け。

 語主様に、本当に訊きたかったことは訊けなかったことに気がついたのは、 定時も過ぎて帰りの電車に乗っている時のことでした。

 

 もしかしたら、語主様は世界の真理その物なのかも知れない。そう思いながらも尋ねることが出来なくて。

 けれども、それもいつかわかる日が来るだろうと、いつまで続くかわからない日々を過ごしております次第です。

 

†fin.†