第四章 恋の持つ力とは

 仕事も山場を越え、少しゆとりが有る今日この頃。

 今日は語主様が会社を休んで、東京観光に来ているという蓮田さんに、案内人を紹介しに行っています。

 その案内人というのが、当社で書籍を発行している作家さんで、どうやら蓮田さんの知り合いらしいのです。

 その作家さんは人間なのですが、なんで蓮田さんと知り合いなのでしょうか。

 これは気にしても仕方の無いことなのですが、神という身分を隠して生活している我々が、 何故蓮田さんと知り合いなのか。その辺りの説明はどうしたのでしょうね。

 もしかして、身バレしてますかね。

 よくよく考えると、名前もあまり一般人っぽく無いですしね……

 

 鬼の居ぬ間の命の洗濯と言いますか、上司が居ないのでのんびりと仕事を進め、お昼時。

 今日は長めにお昼休みを取っても良いかなと思い、どこにごはんを食べに行こうか考えます。

 この辺りは一見飲食店が少ないように見えますが、実は路地などを見てみると、案外珍しいお店があったりします。

 今日はタイ料理屋さんに行こうかな。そう思って席を立つと、思金様に声を掛けられました。

「美言ちゃん、これからお昼?」

「そうですね、お昼時なので」

「良かったら僕と一緒に食べに行かない?」

 妙ににこにこしてそう言う思金様に、ほんの少し戸惑いを感じながら、返事を返します。

「え? はい。構いませんよ。

今日はタイ料理屋さんに行こうかと思っているのですが、そこで良いですか?」

「あ、うん。パッタイ食べたい。

じゃあ行こうか」

 思金様、普段は一人でごはんを食べに行くのに、どうしたんでしょうか。

 まぁ、稀に他の人と一緒に、と言う事も有るみたいなので、そう言う事でしょうね。

 

 タイ料理屋さんに着いて、揃って店員さんに注文をしました。

 私がバジルたっぷりのガパオで、思金様は先程言っていたようにパッタイです。

 料理が出来るまでの間、ざわめきの聞こえる店内で、思金様がこんな事を言いました。

「美言ちゃんって、恋人とか居る?」

「恋人ですか?

何故突然そんな事を?」

 思金様はそう言ったことに興味が無さそうなので、驚きました。

 もしかして、意中の方が居るのでしょうか。

 ……と思ったら。

「結構さ、色恋沙汰とかで大事になるやつ居るじゃ無い。

神でも人間でも」

「確かに」

「それで、そんな事になるほど、恋愛って言うのは強い力を持ってるのかなって、気になったんだ」

 案の定、興味を持っただけでしたね。

 確かに、恋愛には人も神をも狂わせる何かがある気はします。

「そう言う事でしたか。

でも、私は今まで恋人が居たことはおろか、誰かをそう言う意味で好きになったことも無いので何とも言いがたいですね」

「そうなの?

語主と仲良いから、今はともかく過去には何か有ったんじゃ無いかって思ってたんだけど」

「いや……

そんな事言われましても、そう言う事実はありませんし……」

 突然わけのわからない疑惑を出され戸惑っている訳なのですが、どうすれば良いんですかね。

 確かに、私と語主様は長いこと一緒に居ますが、少なくとも私は、 語主様と恋人同士になりたいと思ったことはありませんし、思ったとしても立場上恋人同士になると、 仕事に影響が出そうなので、きっとなる事は無いでしょう。

「そっか。美言ちゃんに恋愛ってどんな感じなのか訊こうと思ったけど、これじゃわかんないね」

「そうですね。

思金様の言ってることもわかんないですね」

「う~ん、どうしたらわかるのかなぁ」

 完全に知的好奇心だけで話を進める思金様。

 確かに、恋愛がどんな感じの物なのか、どんな力を持っているのかは私も興味は有ります。なので、 私も誰かから話を伺えればと思ったのでこう言いました。

「思金様が恋人を作れば良いのでは無いですか?」

「なるほど。その手が有ったか」

 思金様はやや面倒くさがりな部分が有るので、偶には能動的に動いて欲しいところです。

 でも、自分で言っておきながら、いきなり恋人を作れと言っても、今までそう言う経験が一回も無さそうな思金様には、 難しい気はしますが。

「じゃあ美言ちゃん、僕と付き合わない?」

「ちょっと何言ってるのかわからないですね」

 その発想はありませんでしたね。

「美言ちゃんも、恋愛ってのがどんな力を持ってるか気になるでしょ?」

「それは気になりますけど」

「じゃあ僕と一緒に経験してみれば良いんじゃ無い?」

「そう言う物ですかね」

 いきなりの申し出に戸惑いはしましたが、思金様のことはそれなりに好ましく思っているので、 下手な男性と付き合うよりは、まだ信頼出来るかなとは思います。

「じゃあ、試しに付き合ってみますか?」

「うん。

じゃあ今日のお昼ごはんが初デートだね」

「そうなりますね」

 そんな話をしたところで、注文の品がテーブルに運ばれてきて。

 思金様と一緒にお昼ごはんをいただいたのでした。

 

 お昼ごはんを食べ終わり、今日は長めに休み時間を取ると言う事で、デザートを注文しました。

 デザートを食べながら、思金様と話をします。

「なんかさ、恋人ってなっても急に何か変わるわけじゃ無いんだね」

「まぁ、大体の場合は好きになってから恋人になる物ですからね。

前提が違うんですよ」

 と言うか、急に変わると思って居たんですかこの方は。

「そっか。それだと恋人同士で居てもあまり意味無いよね。

それとも、美言ちゃんはこれから僕のこと好きになる感じする?」

 改めてそう確認を取られて、私が思金様のことを好きになるかどうか、考えます。

 でも、なんとなくしっくりきませんね。

「そうですね、元々好ましいとは思っていましたが、それは語主様や他の方も同じですし、 正直恋愛に発展する気はしないですね」

「それじゃあ、恋愛を体験するって言う実験はほぼ失敗だよね?」

「そもそも成功すると思ってたんですか」

 正直言うと、このまま恋人という肩書きを持ち続ければ、 私はともかく思金様の方には何か変化が有る可能性は有るのですが、 「僕も今までそう言う目で見てなかったから、肩書きが替わっただけじゃやっぱわかんないんだね」

 すぐに結果が出ないと、諦めちゃうタイプなんですよねぇ。

「わかると思っていた事に驚きです」

「それじゃあ、なんかお互い恋してないのに付き合ってるのも悪いから、恋人になるってのは無しで」

「はい。そうなると思ってました」

 面倒くさがりでせっかちで。こんな事では思金様に恋人なんて出来ない気はするのですが、 世の中皆好みはそれぞれですからね。神でも人間でも、いつか良い方が見つかるでしょう。

 私は遠慮しますけれどね。

 

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