第一章 狼使い

「やぁ、この国は随分と活気に溢れてるね」

 銀色の狼を連れた黒衣の少年が、市場を見渡しながらそう言うと、狼が口を開いた。

「この国の王、兎と言ったかな?

兎王は大きな河から水を引っ張ってきて国中が水に困らない様にしたんだと。

だからこの国では農業がし易い。

それでこれだけ活気があるんだろうよ」

 狼が喋っているのに気がついた人が何人か驚いて少年達を見ているが、 当の本人達はそう言った事には慣れている様だ。

 狼が少年に問う。

「この街にも、ツーヨウが解決しないといけない様な案件はあるのか?

見た感じ、何かに不自由している様な奴は見当たらないが」

「リエレンは甘いなぁ。

こういう風に人が集まる所にこそ、僕の仕事はあるんだよ」

 ツーヨウと呼ばれた少年は、銀色の狼、リエレンと共に大通りに店を出す。

小さな組み立て式の机と、その上には小袋に入れられた玉が並んでいる。

 ツーヨウは通りがかる人にお守りなどどうですか?等と言って人を呼び、 興味がありそうな客にはすらすらとお守りの効能なども説明する。

 彼の売るお守りは、いくら栄えているこの国の国民から見ても、高価な物だ。

それでもツーヨウは言葉巧みに裕福そうな客に、幾つかお守りを売る事が出来ていた。

 日が暮れる頃には、財布から溢れんばかりに、お金として流通している貝が集まっていた。

「いやぁ、随分と珍しいお金まで稼げちゃって良かったよ」

「ツーヨウの売り口上は相変わらずだな」

「え?リエレンは儲からなくて野宿したい?」

「俺は野宿でも問題ないが、お前が辛いだろう。

道中ずっと野宿だったからな」

「気ぃ使わせちゃって悪いね。

じゃあ宿を取りに行こうか」

 宿を探している道中、ツーヨウは異変を感じた。

何処からか叫び声が聞こえるのだ。

やれやれと言った顔でリエレンに言う。

「ねぇ、ちょっと叫び声の元に駆けつけといてくれる?

僕ちょっと準備してくる」

「わかった」

 こそこそと路地に隠れるツーヨウに背を向け、リエレンは叫び声の元へと向かう。

するとそこでは、柄の悪い男複数人が、一人を囲んで恐喝している様だった。

「お前達、何をしている!」

 リエレンがそう声を上げると、男達は驚いて騒ぎ始めた。

「なんだ、狼が喋ってるぞ!」

「狼だろうと喋れる奴に見つかったからには始末しとかないとな」

 そう言った男達は、一人を恐喝されている人の所に置いたまま、リエレンを囲む。

唸り声を上げるリエレン。

多勢に無勢ではあるが、この男達に太刀打ちは出来る。

しかし、ここで迂闊に噛み付いたりしたら、自分を連れているツーヨウまで街の住民に警戒されるだろう。

 男達がリエレンに殴りかかる。その時だった。

「ハァイ、お兄さん達何やってるの?」

 家の屋根の上から声が聞こえ、男達は一斉にその声の方を向く。

するとそこには、青銅で出来た仮面を付けた少年が一人。

 少年は、懐から幾つかの玉を取り出し、男達の方へと投げつける。

すると地面に当たった玉がまばゆい光を放った。

突然の事に戸惑う男達を、少年は一人ずつ殴り倒し、男達の腰紐で全員縛り上げる。

「リエレン、ちょっと兵隊さんの詰め所行って呼んできて」

「わかった」

 少年は男達を積み上げ、その上に座って恐喝されていた人にこう言った。

「大丈夫?お金取られてない?

取られてたんだったら今の内に回収するけど?」

 するとその人は、オドオドしながら答える。

「あの、何とかお金は取られずに済みました。有り難うございます。

あの、それで、宜しければお名前を……」

 その言葉に、少年はこう名乗った。

「僕の名前?

僕は『タオティエ』っていうんだ」

 それを聞き、訪ねた本人と下に積み上がっている男達は驚きの声を上げる。

「タオティエだって?」

「なんてこった、噂で聞いた正義の味方じゃ無いか。

実在したのかよ!」

「ちょっと、人の事勝手に非実在にしないでくれない?」

 そんなやりとりをしている間にも、リエレンが兵士を連れてきた。

恐喝集団が引っ立てられていった所で、被害者がタオティエにこう言った。

「タオティエさん、本当に有り難うございました。

どうお礼をしたら良いのか……」

 何度も頭を下げるその人に、タオティエは手をひらひらさせながら答える。

「お礼なんて別に良いんだけどね。

でも、どうしてもって言うんだったら、安く泊まれる宿を教えてくれない?

追いはぎ宿じゃ無い所」

「は、はい!勿論です!」

 それから少しの間、 タオティエはその場所から少し離れては居るけれど安く泊まれる安全な宿を教えて貰っていたのだった。

 

 タオティエはリエレンを連れて、宿へと向かう道中、こっそりと人気の無い路地へと身を隠した。

青銅の仮面を外すとその仮面は丸みを帯びて腕輪へと変わる。

それを腕に付けるのは、先程までタオティエと名乗っていた少年、ツーヨウだ。

 ツーヨウは誰も見ていないのを改めて確認した後、路地から出てまた宿へと向かう。

そのさなか、リエレンがツーヨウに言う。

「別に人助けは変身しないでやっても良いんだぞ」

「無理無理。

変身した方が力出せるし、何より変身しないと絶対お金取りたくなる」

「この守銭奴め」

「ごめんなさいね~、お金大好きなんだ」

 ツーヨウは、天性の才能を『鏡樹娘々』というモノに見いだされ、世に蔓延る悪を少しでも倒して欲しいと、 そう言われて『タオティエ』へと変身する能力を授かった。

 ツーヨウとしてはお金にならない事は避けたいのだが、鏡樹娘々は意外と強引で、 ツーヨウは説き伏せられてタオティエとして人々を守ると言う仕事を押しつけられてしまった。

 改めてめんどくせぇな。と思いながらもツーヨウとリエレンは宿に辿り着いた。

質素ではあるけれど、教えてくれた人曰く、ここなら安心して泊まれるし、 素朴ながらも美味しい食事が出るとの事だったので宿の店主と少し話した後、割り振られた部屋へと入って荷物を置いた。

 

 店主自ら部屋まで持って来てくれた夕食は、花巻と刺激的な香りのする醤。

「どうぞごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

「はい、どうも有り難うございます」

 笑顔で店主に返事をし、ツーヨウは花巻をちぎって醤を少し付ける。それを口に含むと、柔らかくほんのり甘い花巻の味を、 花椒の効いた醤が引き立てていてこの上なく美味しい。

「ヤバイ、マジで美味い、ヤバイ」

 一方のリエレンも、店主が用意した料理を食べている。

干し肉をほんの少し塩を足した湯で茹でた物なのだが、 その塩加減がどうやってリエレンの好みを探ったのかと疑いたくなる程に絶妙だった。

「ツーヨウ」

「何?」

「この宿は当たりだ。暫くここに泊まろう」

「うん」

 お腹いっぱいとまでは行かなくとも、美味しい料理を食べたツーヨウとリエレンは、安らかに眠りについたのだった。

 

 そして翌日。

用意された食事は特に見た目代わり映えのしない粥だった。

しかしこれもどう味付けをしているのかわからないけれど、とにかく美味しい。

ツーヨウもリエレンも、すっかりその宿が気に入ってしまったのだった。

 

†next?†