第六章 元気焼き肉

 レギュラーを務めてるバラエティ番組終了後、私はどうしても腹の虫が治まらなかった。
「なんなの? 失礼にも程がない?」
 私がそう言ってピクルスを囓っていると、チカちゃんがしょぼんとした顔をする。
「ごめんね、理奈ちゃんをそんなに怒らせちゃって」
「ううん、悪いのはチカちゃんじゃないの」
 私が怒っている理由は、収録中、出演者達と司会のトークをしていた時の事だ。街中の女の子のファッションの話をしていたときに司会が、やっぱりかわいい子はチカちゃんみたいに太ってないね。みたいなことを言っていて、それで頭にきてしまったのだ。
 他の出演者は笑っていたし、チカちゃんも上手いこと受け流していたので、ここで私が怒鳴り散らしたらチカちゃんに迷惑がかかると思って、気に入らないながらもなんとか黙っていた。もっとも、機嫌悪そうにしていたのは、表情に出ていたかもしれないし、もしかしたら笑いながらチカちゃんだって十分かわいい女の子だって主張した方が良かったのかも知れないけれど。
「理奈ちゃん、ちょっと私の楽屋に来られる?」
 おどおどした様子でチカちゃんがそういうので、私は頷いて、マネージャーに声を掛ける。すると、一応マネージャーも付いてくると言った。それを見てか、チカちゃんのマネージャーは黙って私たちに手招きをする。そういえば、マネージャーぐるみで付き合うようになってからもう結構立った気がする。私とマネージャーは、チカちゃんとそのマネージャーについて楽屋へと向かった。

 楽屋にあるテーブルに着いて、チカちゃんと話す。私は真面目な口調で、チカちゃんに言う。
「チカちゃん、あんな風にバカにされて頭にこないの?」
 すると、チカちゃんはしょぼんとした顔でこう返す。
「本当は嫌だけど、あれも私に求められてる物のひとつだから」
「そんな、他から要求されても、嫌なら嫌って言っていいんだよ?」
「でも、あそこで怒って干されて仕事がこなくなっちゃうのは困るの」
 干されたら困る。それは私も痛いほどよくわかる。同じ理由で、私も収録中に他の出演者に怒鳴り散らさなかったのだ。自分の尊厳を疵付けられても声を上げられないなんて理不尽だと思ったけど、私たちの仕事は人気商売だ。迂闊なことはできない。
 思わず黙り込んでしまって、向かいに座ってるチカちゃんを見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「でも、理奈ちゃんが私の代わりに怒ってくれて嬉しい」
 もしかしたら、チカちゃんは怒るのが苦手なのかも知れない。上手く感情を吐き出せなくて、その方法が泣くしかないのかもしれない。そう思うと胸が詰まりそうだった。
 ふと、マネージャーに肩を叩かれる。
「理奈ちゃん、落ち込んだときは焼き肉だよ。楽屋に戻って帰る準備して、チカちゃんと行っておいで」
「マネージャー……」
 顔を上げてマネージャーの顔を見て、少し周りを見回すと、チカちゃんのマネージャーがチカちゃんの肩を優しく叩いて落ち着かせていた。
「チカちゃん、焼き肉。焼き肉行こう。
むかっ腹立ったときは焼き肉だよ」
 私がそう声を掛けると、チカちゃんは自分のマネージャーに渡されたティッシュで目もとを押さえてから、こくこくと頷く。
「それじゃあ、お腹も空いてるだろうし焼き肉に行く準備しましょうか。ね、チカちゃん」
「うん。みんなありがと……」
 自分のマネージャーに優しく促され、チカちゃんがちょっとだけ口元を綻ばせた。私はチカちゃんの頭を撫でてから、私のマネージャーと一緒に楽屋に戻った。

 楽屋で帰る準備を整えてからチカちゃんと合流する。スタジオのある建物を出ると、私のマネージャーが車を用意してくれた。チカちゃんのマネージャーも車を持ってきてはいたけれども、どちらが私たちを焼き肉屋さんまで運ぶかを相談して、私のマネージャーが運んでくれることになったそうだ。
 チカちゃんのマネージャーとはそこで別れて、車に乗り込む。
「理奈ちゃん、前にコーチと一緒に行ったって言う焼き肉屋さんに行く? それとも他に要望はある?」
「えっと」
 どうしよう。前に私がコーチに連れて行ってもらった焼き肉屋さんは、確かにおいしかったけれども、帰りの道順がはっきりわかるかと言われると、そうではない。それならばとこう返す。
「新橋に焼き肉の食べ放題あったでしょ。そこがいいな」
「かしこまりっ」
 発進した車の中で、チカちゃんが私に訊ねる。
「理奈ちゃんも、落ち込んだときは焼き肉なの?」
 それを聞いて、私はにっと笑って返す。
「だいぶ前に私がすごく荒れたことがあってね。その時にダンスレッスンのコーチが焼き肉に連れて行ってくれたの。
お肉食べてると、嫌なことが吹っ飛ぶよ」
「あ、なんかわかる気がする」
 ちょっとだけ元気を取り戻したチカちゃんが、くすりと笑う。それをみてやっぱり、チカちゃんはふわふわしててかわいいと思ったし、チカちゃんを泣かせたやつ絶対許さねぇ。と思った。

 焼き肉屋に着いて、マネージャーはすぐに帰ってしまった。ふたり水入らずで話した方が、色々話しやすいだろうと気を利かせてくれたのだ。
 カウンターで受付をして、席に通される。平日だけれども、お客さんは結構入っているようだった。
 席について、まずはチカちゃんが食べたい物を取ってきてもらって、次に私が取りに行く。持ってきたお皿を比べて、チカちゃんの方が野菜の量が多くて、やっぱりチカちゃんはこういう時でもバランスを考えていて偉いなと感心してしまう。
「理奈ちゃん、今日はありがとう」
「ん、いいってことよ」
 野菜とお肉を焼きながらチカちゃんがそう言うので、私も肉を焼いて収録中のことを思い出す。くっそあの司会今思いだしても腹が立つ。
「でもさー、チカちゃん絶対かわいいのにあの司会、全然わかってないよね」
 思わずそう愚痴ると、チカちゃんはびっくりしたような顔で声を上げる。
「えっ、でも、みんなの言うかわいいって、理奈ちゃんみたいな子なのかなって」
「私もかわいいつもりはあるけど、私みたいなのだけがかわいいわけじゃないでしょ。
私はチカちゃんだって絶対の絶対かわいいと思ってるんだから」
 思っていることを素直に口にすると、チカちゃんがもじもじしながらくすくすと笑う。
「やっぱ、理奈ちゃんが私の代わりに怒ってくれるの嬉しいし、なんか不思議な感じがするな。
他の人でもそういう風に、代わりに怒ったりするの?」
 そう言われて、他の友達のことを思い起こす。確かに、怒ったりするのが苦手そうな友達はいるにはいるし、そいつが怒れずに泣いてしまうことがあったら、きっと私は怒るんだと思う。でも、それは誰でもいいわけじゃなくて。
「こういう風に怒るのは、特別な人だけ」
 これは本心だ。でも、このことば選びは誤解を招くのではないだろうか。言った後にはたと気がつく。
 確かにチカちゃんは私の中で特別も特別だけれども、チカちゃんから見た私がどうなのかはわからない。もしこの発言で重いやつだと思われて距離を置かれたら私が泣いてしまう。
 緊張しながらチカちゃんの様子を見ていると、少しだけ目に涙が滲んでいた。
「そんな風に言われたの、はじめて」
「ま、まぁ、私もこんな風に言うのはじめてなんだけど」
 チカちゃんを泣かせてしまった。やらかしたと思っていると、チカちゃんがにっこり笑って私に言った。
「私も、理奈ちゃんは特別なお友達だよ」
 あっ、心臓に来た! 私は一瞬息を詰まらせてから、自分でどんな表情をしているのかわからないままに言う。
「私は、太ってても痩せててもチカちゃんのことが好きだから!」
 それを聞いたチカちゃんは照れたように笑いながら焼いた野菜で焼き肉を包んで食べている。
 そう、こんな風に笑って食べる子がかわいくないはずないんだから!

 

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