第二章 修道士を迎える

 ミカエルがパトロンの元へと異変を伝える手紙を送った翌日、伝書鳩が帰ってきた。
 伝書鳩の足に括り付けられた手紙を開き中身を確認すると、事態の確認のために修道士を派遣すると書かれていた。
 さすがに、街の医者を派遣することはできなかったか。しかし、修道士であればある程度の医療知識はあるだろうし、今起こっている異変で村人達の間に不安が広がったときに、それを和らげることもできるだろうとミカエルは思う。そしておそらく、パトロンもそれを考慮して、医者よりも修道士を派遣するという判断をしたのだろう。
 とりあえず、街から人が、しかも修道士が来るとなったらあらかじめ村長に話を通しておけなくてはならない。ミカエルの家に空き部屋はふたつほどあるけれども、派遣されてくる人数によっては、他の家の部屋も借りなくてはいけないからだ。
 手紙をポケットにしまい、ミカエルは家を出て村長の家に向かう。以前村長といざこざがあったことがあるので少々ぎこちない関係ではあるけれども、話を通さないわけにはいかないのだ。
 村長の家に行き、玄関のドアをノックする。
「村長ごきげんよう。ご在宅ですか?」
 ミカエルがそう声を掛けると、玄関を開けて出てきたのは体格が良くてすこし猫背の壮年の男性。彼がこの村の村長だ。
 村長はいかにも不機嫌そうな顔をしてミカエルに言う。
「なんの用ですかね先生。まさかただのご挨拶とは思えないんですが」
 あいかわらず、自分と顔を合わせると不機嫌になるなと思いながら、ミカエルはポケットからパトロンの手紙を出して村長に事情を話す。
「実は、先日から踊り続ける村人が出ているでしょう。
その件について、街に住む貴族のオニキス様に相談をしたんです」
「ああ、あいつらのことですか。
貴族様なんかに相談するほどのことですかね?」
「相談するほどのことです。
それで、相談した結果、オニキス様が街の修道院から修道士様を派遣してくれることになったんです。
つきましては、その修道士様達を泊めてくれる家を探すのにご協力いただきたいのですが」
 ミカエルの話を聞いて、村長は明らかに上機嫌になる。それから、ミカエルの手を握って振りこう返した。
「修道士様がいらっしゃるのですか!
それなら、どこの家といわずうちに泊まっていただきましょう。早速準備をしますよ」
「おや、それは頼もしいです。お願いしますね」
 修道士が自宅に泊まる事に期待を膨らませているようすの村長が、手をすり合わせながら言う。
「おかしなやつが出てくれたおかげでうちに修道士様が泊まってくれるなんて、なんてうれしいことだろう。
いやはや楽しみです」
 それを聞いて、ミカエルは困ったように笑って村長に釘を刺す。
「この村で起こりはじめていることがただごとではないから、修道士様がいらっしゃるんですよ。
あまりはしゃぎすぎないよう気をつけて」
 ミカエルの言葉に村長は一瞬不機嫌そうな顔をしたけれども、すぐに上機嫌な声で家の中にいる妻と娘に修道士様を迎える準備をするように声を掛けている。
 そのようすを見てミカエルは、村長がなにかやらかさなければいいのだけれどとすこしだけ不安に思った。

 街から修道士がやってくるまでの数日間、あいかわらず踊り続ける村人が何人も出た。
 ここまでくると他の村人も不気味に思うのか、一緒に歌って踊るということはせず、不安そうにミカエルになにが起こったのかを代わる代わる訊きに来るようになった。踊っている村人の家族も、みな不安そうだ。
 なにが起こっているのか、今のところミカエルのはわからない。けれども、ずっと踊らせているわけにもいかないので、踊っていない村人の助けを借りて、ミカエルは踊っている村人をひとりずつ体当たりで倒し、家へと運んでベッドに縛り付ける。
 ベッドに縛り付けたら、体に異常がないかの診察をする。長時間踊り続けていた村人のほとんどが足の皮が擦れているので、ハーブの蒸留水で軽く拭いてから、花の香りのする軟膏を塗っていく。
 それを何人分やっただろうか。後から後から、男女問わずに踊り続ける村人が出てきて、やはりただごとではないのだなとミカエルは確信する。
 そんななか、ある噂が流れはじめた。村人達が、魔女の呪いで踊らされているのではないかという噂だ。
 村人達も、さすがに不安になっているのだろう。ミカエルが診ても原因がわからない奇っ怪な事象に、そう思ってしまうのもしかたがない。
 そうしているうちに、呪いをかけている魔女を炙り出そうという村人が出てきた。
「先生、やっぱりこれは魔女の仕業ですよ。
どこの誰が魔女なのか、調べて教会に相談した方がいいですよ」
 興奮気味にそう言う村人に、ミカエルは宥めるように返す。
「今回の件で、街から修道士様が派遣されるから、その修道士様に相談した方がいいと思うよ。
僕達素人が見て、誰が魔女かなんてわからないだろう」
 すると、村人がミカエルを睨み付けて言う。
「そうは言いますけどね、もしかして、先生が魔女なんじゃないですか?」
 その言葉に、ミカエルは火傷の痕がある左手を見せて返す。
「僕が魔女でないことを天使様が証明してくれた証がここにあるだろう。
それとも君は、天使様を疑うのかな?」
 気まずそうな顔をして村人が黙り込むと、村の入り口の方から大きな声が聞こえてきた。
「修道士様がきたぞ! これでもう安心だ!」
 修道士が来たことを告げる村人が村中にそう伝えると、踊っていない村人が修道士の元へと集まる。それにミカエルも混じった。
 やって来たのは、まっすぐな黒髪を肩に流している強気そうな修道士と、サックスの巻き毛を揺らしている大柄で秀麗な修道士。そのふたりに、村人達が我先にと声を掛ける。
「よくいらしてくださいました、修道士様」
「どうか、この村に呪いをかけている魔女を成敗して下さい」
 それを聞いた修道士達は、驚いたように顔を見合わせ、なにを言おうか悩んでいるようすだった。
 騒ぎになっている村人の中からミカエルは一歩踏み出して、大柄な修道士の方に声を掛ける。
「久しぶりだねウィスタリア。
まさか君が派遣されてくるとは」
 ミカエルから声を掛けられたウィスタリアという修道士が、ミカエルの方をみて訊ねる。
「久しぶり、ミカエル。
オニキス様からはこの村で奇病が流行っているときいて来たんだけど、一体どんな?」
 ウィスタリアとミカエルが親しげに話しているところを見た村人が、静かになってミカエルと修道士達を見つめる。その中で、ミカエルはこう説明した。
「正直言って、今となっては奇病なのか呪いなのかもわからない。
ただ、異変があることだけは確実だ。
これから案内するから見て欲しい」
「うん、わかった」
 ミカエルはウィスタリアともうひとりの修道士を先導し、歩きはじめる。村人達の人垣が割れ、ミカエルと修道士を通した後ぞろぞろと付いてきた。
 今まで黙っていた修道士が、ウィスタリアに訊ねる。
「ウィスタリア、この方とはどういうお知り合いですか?」
 その問いに、ウィスタリアはミカエルをちらりと見てから返す。
「おれが修道院に行く途中で行き倒れてたところを助けてくれた人だよ。
この人がいなかったら、おれは修道院にも辿り着けなかったし、ルカにも会えなかった」
「なるほど、そうなのですね」
 ルカと呼ばれた修道士がミカエルに訊ねる。
「ところで、奇病なのか呪いなのかわからないというのは医者が診ても原因がわからないと言うことでしょうか」
 ミカエルは広場に差し掛かったところでそこを指さしてこう返す。
「あのように、踊り続けるんです。
あれは奇病なのか呪いなのか、修道士様達のご意見を伺いたい」
 広場で踊っている村人を見て、ルカはきょとんとしている。踊りというものに馴染みが無いのだろう。
 その一方で、ウィスタリアが真剣な顔をして息をのんだ。

 

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