第十章 呪いの終焉

 数人の騎士を置いて領主が帰った後、ミカエルはマルコと協力しながら踊り病にかかった村人に熊肉を食べさせ続けた。
 それと同時に、踊り病にかかっていない他の村人にも熊肉を食べるように勧める。村人達は普段、肉と言ったら塩漬けの豚脂くらいしか食べられないので、新鮮な熊肉はご馳走とうつったようだ。
 ミカエルとマルコが肉を村人に配るときに、上機嫌そうな村人にこう訊ねられた。
「呪いを解くための肉を、呪いにかかってない俺達までもらっちゃっていいんですかね」
 その問いに、マルコがにこりと笑って返す。
「もちろんですとも。
この熊肉は呪いをかけられないようにする効果もあると天使様がおっしゃっていました。
ぜひともしばらくは、こちらを召し上がってください」
「それならありがたく。へへへ」
 そのやりとりを聞いて安心したのか、他の村人達も意気揚々と熊肉を持っていく。
 そこへ熊肉をさばいてくれている隣の村の村人がちらりとミカエルの方を見る。ミカエルもにこりと笑って言う。
「もちろん、あなたもたっぷりと肉をお持ち帰っておくれ。
もしあなたの村に呪いが降りかかったとき、呪いを解くためにあなたは大事な役割があるのです。
呪いにかからないに超したことはない」
「ですよね。こいつはがんばらないとな」
 そんなやりとりをしていたところに、エルカナとルカ、それにウィスタリアが森で狩った熊を持って戻ってきた。
 森にいる熊がいなくなるのが先か、村人の踊り病が治るのが先か、若干の不安はあるけれども、これから先順調にいくだろうとミカエルは思った。

 村人達に熊肉を食べさせはじめて二週間。踊り病にかかった村人のようすを見ていた。
 この頃にはベッドの上で弱々しく動き続けていた村人も落ち着いてきて、時々手足を不自然に動かしながらも正気に戻ってきたようだった。
 ミカエルが熊肉を踊り病にかかった村人に食べさせながら訊ねる。
「調子はどうだい?」
 その問いに、踊り病にかかった村人は熊肉を飲み込んでから、恐れるような顔でミカエルに訊ねる。
「先生、おれは一体どうなっちまったんですかね? 一体なにがあったんですか?」
 ミカエルは少し考えてから、村人を宥めるように話し掛ける。
「君は魔女の呪いにかけられていたんだ。
でも大丈夫。こうして話せるようになったということは、呪いが解けてきたということだからね」
「そうなんですか……ああ、よかった……」
 安堵する村人に、ミカエルはまた一度訊ねる。
「ところで、覚えていたらでいいのだけれど、呪いをかけられていた間、君の身体に起こっていたことを教えてくれないかな」
 村人はぼんやりと天井を見て、視線をさまよわせてから答える。
「はじめは、身体中が痛くなって、それで、急になにもかもわからなくなって、痛くてしかたなくて、脚を上げたり腕を振ったりしてたんですよ。
その後のことはよくわからなくて……」
「まだ傷むかい?」
「少し痛いですね。動かしてないと落ち着かない」
「なるほど」
 この症状のことは後でまとめてマルコと共有して、さらにオニキスに伝えなければとミカエルは思う。
 村人に熊肉を食べさせてすこし話をして、ミカエルは次の村人の家へと向かった。

 次の家へと向かう途中、今日の分の狩りを終わらせてきたウィスタリアと会った。ウィスタリアは狩りに出ていないときはその秀麗で頼りになりそうな見た目から、村人に祈りを請われることが多いようだ。
 道端で数人の村人に囲まれているウィスタリアがミカエルに気づき、声を掛ける。
 ミカエルが村人に断りを入れてウィスタリアの側に行くと、ウィスタリアが小声でミカエルに訊ねてきた。
「ミカエル、結局あれは病気だったって言った方がいいかな?」
 その問いに、ミカエルは村人の顔を見てから小声で返す。
「天使様までいらしたし、呪いということにしておいた方がみんな安心するだろう」
「わかった」
 ウィスタリアは村人達の方に向き直り、堂々とした態度でこう告げる。
「呪いを解く方法は天使様がこの方に授けました。ですが、もしまた呪いをかけられて不安なときは、この方を通じて私達に相談してください」
 その言葉に、村人達は指を組んで何度も感謝の言葉を口にした。

 村人達の処置が終わり家に帰ったミカエルは、マルコと共に今回の踊り病の顛末を書面にまとめ、情報を共有した。
「これで、この一件は終わりですかね」
 安堵したようにそう言うマルコに、ミカエルもほっとしたようすで口を開く。
「そうですね。ですが、もう少しようすを見たいと思います」
 そこへ、村人達のために祈りを捧げに行っていたエルカナが戻ってきた。
「ミカエルさん、村のみなさんのようすはどうですか?
我々はいつまでもは修道院を空けていられないので、もうミカエルさんの手に負えるようでしたら、帰らないとと思うのですが」
 その言葉に、ミカエルはにこりと笑って返す。
「あとは僕だけで何とかなる状態です。
今後の経過は書簡でマルコさんとやりとりをするとして、修道士のみなさまはもうお帰りになって大丈夫です」
 エルカナがマルコの方を見ると、マルコはこくりと頷く。それを確認したエルカナが軽く頭を下げて言う。
「でしたら、我々は明日の朝にでも出立させていただきます。今までお世話になりました。
ルカさんとウィスタリアさんにも、もう大丈夫だとお伝えしてきますね」
 そして忙しなくまた玄関から出ていった。
 それを見送ったマルコも、ミカエルに頭を下げて言う。
「本当にお世話になりました。
またなにか異常がありましたら、オニキス様経由でも直接でも、どちらでもかまいませんのでご連絡ください」
「はい、またなにかあった時はよろしくお願いします」
 これで修道士達はこの村を去ってしまうのか。そのことが少し寂しいような、安心したような、複雑な気持ちをミカエルは抱えた。

 翌日、修道士四人が村を出るということで、動くことのできる村人が集まって、村の入り口まで見送りに来た。
 村人達の前に出た村長が修道士達に言う。
「修道士様、ありがとうございました。
本当はもっと長くいて欲しかったんですけれどね、そちらにもご都合があるでしょうし」
 何度も頭を下げてから村長はこう続ける。
「でも、この村はもう大丈夫ですよね。
なんせ天使様のご加護があったんですから」
 その言葉に、ウィスタリアが堂々とした態度で答える。
「それは、これから先の行いが善ければ大丈夫でしょう。きっと天使様もご覧になっていてくださいます」
 村長の側に立っていたミカエルが、にこりと笑って言う。
「だそうですよ、村長」
 すると村長は、少し不機嫌そうな顔をして、小声でミカエルに言う。
「なんですか先生。まるで私の行いが悪いみたいじゃないですか」
 村長の言葉に、自覚が無いのだなと思いながらミカエルはさりげなく返す。
「無実の人を魔女として告発したりしなければ、大丈夫でしょうね」
 それを聞いた村長は、心当たりがあるのか気まずそうな顔をして黙り込む。そのようすがおかしくて、ミカエルはぐっと笑いを堪える。
 そうしているうちに、修道士達は村人達に頭を下げ、別れの言葉を残して去って行った。
 これで、今回の踊り病騒ぎは幕を下ろしたのだとミカエルは安堵する。
 村長は少し困りものだけれど、この村が安泰であることに越したことはないのだ。
 これからまたしばらく、この村は平和な日々を送れるだろう。
 この先、またいつ病が流行るかはわからないけれど。

 

-fin.-