オフ会が終わって数日。ユカリはあの時集まったメンバーが持って来ていた人形をスマートフォンで沢山撮っていたのだが、 それを見返すのが楽しくて仕方が無かった。
実はと言うと、自分が持っている人形以外に興味を持てるかが少し不安だったのだが、 オフ会で会ったメンバーはそれぞれの人形にそれぞれの思い入れがあって、その話を聞くのがすごく楽しくて。
今まで狭い世界に籠もりがちだった自分の視界が、少し広がったような気がした。
オフ会での思い出を、デジタルの写真以外にも残しておきたい。そう思ったユカリは、 パソコンの音声チャットを使って円に相談した。
円に、オフ会の思い出を形にしたいと言ったら、こう返ってきた。
『そっか、それじゃあフォトブックとか作ったらどうだ?』
「フォトブック?」
フォトブックという言葉は何となく聞き覚えが有るのだが、どんな物なのかのイメージが出来ない。
思わず戸惑うユカリに、円がチャット画面に何かのURLを送ってきた。
『スマホの写真でもフォトブックというか、写真集が作れるお店のアドレスだよ。
そこだと安く作れるから、何だったらオフ会の参加者さん達に配っても良いんじゃ無いかって思うんだけど』
「へぇ、そんなお店有るんだ。
サンクス、見てみるわ」
早速、円に教えて貰ったお店を見ると、手の平サイズのフォトブックを、一冊五百円で作れると書いて有る。
円曰く、他にももう少し大きなフォトブックを作ってくれるお店も有るらしいのだが、値段が高くなってしまうと言う事と、 スマートフォンの写真では些か不安と言う事も有り、この店を勧めたとの事。
ユカリがフォトブックの説明ページを見ていると、この店のフォトブックはかなりの枚数写真が入れられそうだ。
そしてふと思いつく。オフ会の時に皆何らかの形で写真を撮っていたし、あの時に会ったメンバーから写真を集めて、 フォトブックを作るのも良いかもしれない。
ユカリは改めて円にお礼を言い、SNSを開いて、オフ会のメンバーに送るメッセージを書き始めた。
そして数日後、オフ会の写真をそれぞれ決まった枚数ずつ送って貰ったユカリは、 フォトアルバムを注文する為に編集して居た。
こう言った画像編集は普段全くやらないので悩む所が多々有る。正直、円の手を借りようかとも思い相談したのだが、 自分の思い出は自分で編集しろと、至極もっともな事を言われてしまい、パソコンの前で四苦八苦している。
そして結局、フォトブックのデータを作り上げるのに、二週間ほどかかってしまったのだった。
試行錯誤の末にフォトブックを注文したユカリ。どんな仕上がりになるか期待と不安が入り交じる中、 ある日アパートの郵便受けを見たら、大きめの厚紙で出来た封筒が入っていた。
もしかして。と思いながら封筒を見ると、差出人の欄に、フォトブックのお店の名前が書かれていた。
遂に届いた。と言う喜びを抱えながらいそいそと部屋に帰り、開封する。すると、中から出てきたのは、 オフ会参加者の人数分有るフォトブックだった。
上手く出来ているか。緊張しながらフォトブックを開くと、パソコン上で編集した物と同じ配置で、 しかし画面上よりも遥かに高いリアリティを持った写真が、ページの上に並んでいる。
「おおおお……これは……」
楽しかった思い出が形になり、手の中に収まっている事に、感動を抑えきれない。
ユカリは早速、フォトブックを写真に撮り、オフ会参加者に完成報告をしたのだった。
それから暫く、オフ会参加者から送り先を聞き、返信が届いた順にフォトブックを送っていた。
最後のフォトブックを封筒に入れ、発送した時、ああ、本当にオフ会は終わってしまったのだなと、 少しだけ寂しくなった。
オフ会が終わりふた月ほど、人形のSNSを開くと、 レンタルカフェを借りて行うオフ会。と言う企画が目に入る。
「へぇ、レンタルカフェ」
そのオフ会は自由参加で途中入場、途中退出が可能な様なので、 様子を見に行くくらいなら。とユカリはそのカフェに行けるかどうか、スケジュールを確認した。
レンタルカフェでのオフ会にそれとなく顔を出し、どの様な物かの雰囲気を掴んだユカリは、 自分も料理などを振る舞ってオフ会を開きたいと思う様になった。
不定期に、時偶開かれる七海主催のオフ会に出たある時、ふと誰ともなしにこう訊ねた。
「もし俺がオフ会開くって言ったら、来てくれる人居るかな?」
すると皆口々に、日程にも寄るけど、出来れば参加したい。そう言っていた。
どんなオフ会にする予定なのか、そんな事を訊かれたので、レンタルカフェを借りたいと言ったら、 七海が笑顔でユカリにこう言う。
「ユカリさんが作ってきてくれるお菓子、いつも美味しいから、レンタルカフェってすごく良いと思います。
きっと、初めて会う人とも仲良くなれますよ!」
「そうですか?
そんな事言われたら、俺、ほんとにカフェ借りちゃうかもな~」
七海とユカリで笑い合って、他の人達からも期待を寄せられて。
何となく。何となくではあるけれども。ユカリの中で決意が固まった気がした。
ユカリが参加した初めてのオフ会から二年。紆余曲折がありながらも、 ユカリはレンタルカフェを借りてオフ会を開く事が出来る様になった。
狭い所では有るけれど、しっかりとしたキッチンの付いたカフェ。
流石に飲食費無料というわけには行かないので、メニューには値段が付いているが、赤字でも仕方ないかなと、 ユカリは思っている。
自分が開くオフ会で、誰かと誰かの繋がりが新しく出来るのなら、それはとても喜ばしいことのように思えるのだ。
勿論、繋がりを作らず、その場限りで楽しむ事も、悪くない。
仕事は忙しいけれども、たまの息抜きくらい許されるだろうと、ユカリはレンタルカフェを借りる日と、その前後に、 有休を取った。
カフェを借りてのオフ会当日。最初にカフェに訪れたのは、理恵と木更だった。
「いらっしゃいませ」
「どうも久しぶりです」
「あれ?私達が一番乗りです?」
「そうですよ。
理恵さんと木更さんが本日最初のお客様です」
理恵と木更にテーブルを案内し、メニューと水の入ったコップを渡す。
それから注文を受け、お茶とクッキーの準備を。
暫く人形を取り出して撮影をしつつ話をする理恵と木更にユカリも混じっていたのだが、 その内に他の参加者がやってくる。
カフェ形式と言う事で、ユカリが一度も会った事の無い人も、何人も来た。
既知、初対面問わずに仲良く話が盛り上がっているうちに、カフェの閉店時間が近づいてくる。
名残惜しそうにカフェから出て行く参加者を見送った後、ユカリは少し微笑んで、後片付けをした。
それから数日後、SNSにユカリが立てた、レンタルカフェオフ会のトピックスにこんな書き込みがあった。
『レンタルカフェでの思い出に、フォトブックが欲しいと言う方はいらっしゃいますか?』
それを見てユカリは、温かい気持ちに包まれる。
参加人数が人数なので、そのフォトブックは無料配布という訳にはなっていないのだが、 こうやって思い出を共有しようとしてくれる人が居る事が、ユカリには嬉しかった。