オフ会が終わった後、七海はふらふらと家に帰り、心ここに有らずと言った様子で夕食を食べていた。
そんな七海の肩を、後ろから突然誰かが叩いた。
「よう、七海。オフ会どうだった?」
驚いて振り向くと、そこには今家に帰ってきました。と言った様子の琉菜が立っている。
突然訊ねられて何も答えられない七海を見て、琉菜は七海の隣の椅子に座り、いただきますをする。
海藻サラダを頬張る琉菜に、七海は少しずつ、オフ会の話をした。
来てくれたのが良い人ばかりで良かったと言う事や、 普段実物を余り見ないお人形が沢山集まって楽しかったと言う事。そんな事だ。
それから、少し照れた様にこう言う。
「今回のオフ会、楽しかったからまたやって欲しいって言われちゃった」
そうはにかむ七海の背中を、琉菜が優しく叩く。
「頑張ったもんね。
で、次回はあるの?」
琉菜の言葉に七海は、次回も楽しみにしている。何か有ったら手伝う。と居てくれたオフ会メンバー達の事思い出し、 少し涙ぐみながら答える。
「次やるとしたら梅雨が明けてからかな。
あんまり頻繁にやると参加する人も大変だろうし、出来れば晴れてる時にやりたいから」
初めは、自分がオフ会を開くのかとおどおどしていた七海が、 次のオフ会の計画まで思いを巡らせる事が出来る様になっている。
それに気付いた琉菜は、無理をしない様に気をつけるんだよと、そう言った。
オフ会から暫く経って。七海はオフ会に参加した女性陣と連絡先の交換をして居たので、 偶にSNSのメッセージ機能ではやりづらい相談などの話も、偶にして居た。
実は男性陣の連絡先も知っているのだが、あまり男性にメールを送りつけるのは良くないかなと思い、 メールのやりとりは女子陣とだけだ。
今日も七海の携帯電話が鳴る。
何かと思って見てみると、メールの着信だ。理恵が新作の人形用の服を作っているのだが、 どんな装飾を付けたらいいかという相談だった。
添付されている、飾りの付いていない服の写真と、 どれを付けようか迷っているモチーフレースの写真。それを確認して七海は、 個人的な好みだけど。とまえおきをした上で、どのモチーフレースがいいかの返信をした。
そんな風に、SNSだけで無く直接のやりとりでもオフ会の参加メンバーと交流していた七海。
梅雨も明け、暑いけれども天気のいい日が続く様になった頃、オフ会のトピックスをSNSに立てた。
前回同様、ピクニック形式のオフ会だ。
参加の為の条件は前回と同じ。
一つめは、どの種類の人形を持っていっても許容出来る事。
二つめは、ナンパ行為の禁止。
三つめは、他の参加者が嫌がるような事は控える事。
トピックスに必要事項を書き込んだ後、七海はオフ会の予定が立ったと、 男性を含む前回のオフ会参加者にメールで報告をしたのだった。
それから一ヶ月ほど経って、オフ会当日。
前回参加したメンバーも大体居るが、正だけは仕事の都合が付かずに来る事が出来なかった。
少し寂しかったけれど、今回は理恵と木更の友人だという人も来てくれたし、 それ以外にも初めて参加してくれている人も居る。
待ち合わせ場所の駅前で全員が揃うのを待ちながら閑談して。揃った所で、 公園へと移動してオフ会を始めたのだった。
それ以来、七海は数ヶ月おきにオフ会を開く様になった。
小規模ではあるけれど、だからこそ、みんなと語り合える。そんなオフ会になっていった。
途中、オフ会を開催するのが難しくなった時期もあったけれど、それも乗り越えて、 七海達はこぢんまりとオフ会を楽しんでいた。
そんな有る時の事、七海が主催しているオフ会の中で、ユカリがぽつりとこう言った。
「もし俺がオフ会開くって言ったら、来てくれる人居るかな?」
控えめに、少し弱々しくそう訊ねてくるユカリに、もう殆ど顔見知りになっているメンバーが、 口々に予定さえ合えば参加したいという。
その中で、睡がこう訊ねた。
「ユカリさんが開くオフ会って、やっぱりこう言うピクニックっぽいオフ会ですか?
それとも、お店を借りるとかですか?」
その言葉に、ユカリは照れながら答える。
「レンタルカフェって言う所を借りて、 そこでお茶やお菓子をつまみながらみんなでわいわいやれたらなって思うんです。
出せるお菓子は俺が作ったのになると思うけど」
そうはにかむユカリに、七海は早くも期待を膨らませて笑顔になる。
「ユカリさんが作ってきてくれるお菓子、いつも美味しいから、レンタルカフェってすごく良いと思います。
きっと、初めて会う人とも仲良くなれますよ!」
「そうですか?
そんな事言われたら、俺、ほんとにカフェ借りちゃうかもな~」
そんな話で盛り上がって、七海は少しずつ人の輪が広がっていく予感に、胸を躍らせた。
それから数ヶ月後、ユカリがレンタルカフェを借りてのオフ会を開催するというので、 七海も人形を持ってレンタルカフェへと向かった。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、そう言って出迎えたのはギャルソンルックのユカリ。
早速テーブルに通されメニューを渡されるわけなのだが、店内には既に何人もの参加者が来ていた。
その中に、理恵と木更が居る。
メニューの注文を伝え、荷物を椅子において理恵と木更の元に行く。
暫く、理恵と木更の二人と話しに花を咲かせていたのだが、またドアの開く音がしたのでそちらを向くと、 細長いバッグを掛けた睡がやってきていた。
ユカリと少し話をした睡は、椅子の上に荷物を置き、七海の所へとやってくる。
「七海さん、来てたんですね。
あの、実は七海さんに相談したい事があって……」
「相談?」
何かと思ったら、睡はバッグの中から頭が大きく華奢な体の人形を取りだし、七海に見せる。
「この子のカスタムってやってみたいんですけど、初心者でもやりやすいカスタムって有りますか?」
その問いに、七海は自分が好んでいるのと同じ人形に興味を持って貰えた嬉しさを感じながら、丁寧に答える。
まずはウィッグを剥がして取り替えるだけでも印象が変わるし、分解する勇気が有るなら、ネットショップでアイを買って、 アイを取り替えるのも随分と印象が変わる。メイクも、 元々のメイクを消さずにパステルなどで少し上から塗ってあげるだけでも可愛くなる。など、そんな話だ。
睡と話をして、理恵と木更とも話をして、それから、 後からやって来た他の参加者とも少しぎこちないながらも話をして。楽しい時間を過ごしながら、 七海はふと思う。あの時、琉菜が勧めてくれた様に自分でオフ会を開かなかったら、 今この様に話をして楽しんでいる人達の誰とも、会えなかったのでは無いか。
あの時奮い立たせた勇気が、今に繋がっている。七海は琉菜に感謝しながら、その日のオフ会を楽しんだのだった。
ユカリが主催したオフ会から数日、SNSに立っているオフ会告知のトピックスに、こんな書き込みがあった。
『レンタルカフェでの思い出に、フォトブックが欲しいと言う方はいらっしゃいますか?』
七海はふと、初めてのオフ会の後に、ユカリが作ってくれたフォトブックの事を思い出す。
思い出はなるべく形にして残しておきたい。
そう思った七海は、フォトブック希望の旨をトピックスに書き込んだのだった。