第二章 舞台の裏

 待ちに待った歌番組の収録当日。リハーサルもつつがなく終わり、本番に入った。
 司会が軽くトークをした後、一番最初に舞台に出たのは私より数年早くデビューしたふたり組のアイドル『アマレットシロップ』だ。
 正直言って、あのふたりはルックスの点で言うなら私よりも劣っていると思う。周りはかわいいと言うけれど、それでもどの学校にもいるような、それこそクラスの中を見渡せば見つかるような、そんな平凡な顔立ちだ。
 歌も上手いかと言われると、どうなのだろう。デビュー間もなくから実力派と言われてはいるけれども、それは疑問だ。少なくとも私が聴く限りでは凡庸の域を出ない。
 それなのに、それなのにだ。あのふたりは私よりも売上が良いし、テレビの出演回数も多い。ライブだって、私が立ったこともないような大きな箱でやっている。それを考えると、あのふたりが妬ましくて仕方がなかった。
 あのふたりほどの人気が私にあれば、私はもうあいつに見つけて貰えていたかも知れないのに。どうして、どうしてその人気が私の手にないのか。こんな事を考えてもせんのないことなのだろうけれども、これが、この数年の差が神様の気まぐれなのだとしたら、神様はなんてひどいひとなのだろう。
 こんな事を思っているなんて表に出したら大変だ。いったんぎゅっと目を瞑って開く。なんとなく顔全体がほぐれた気がした。
 その直後に視線を感じた。どうやらスタジオにあるカメラのうち一台がこっちを向いたようだった。
 なんともないような澄ました顔をして、アマレットシロップの出番が終わるのを待つ。彼女たちが控えている歌手達の座る席に戻ってくると、司会が彼女たちに話し掛けて、少し間を作る。その間に、今カメラに映っていないであろうステージが次に出番を控えている私のために整えられていく。
 司会とアマレットシロップのトークが終わって、ステージの上も整って、私の出番が来た。
「それでは次は、本番組初登場のソロアイドル、月島理奈さんの登場です。
曲目は『マグノリア』」
 司会のその言葉とともにステージに出る。周囲が暗くなって真上からサスの光が私に降り注ぐ。観客席から歓声が上がる。ああ、それでもこの歓声は、あのふたりよりも少ないのだ。
 悔しい思いはあるけれど、ここで失敗するわけにはいかない。私はここで成功して、もっと有名にならなくてはいけない。
 ピアノとバンドが奏でる伴奏に合わせて歌う。ただ声を大きくすれば良いと言うものではない。歌詞に合わせて抑揚を付けて、かつ明瞭に聞き取れるように、音程を外さないように気を払って歌う。歌いながらステージの上を踊って回る。体を大きく動かしながら歌うのは大変だけれども、これができるのは私の強みだ。歌と踊りですべての人に印象づけるのだ。私のことを。

 番組の収録が終わり、楽屋でいつものようにピクルスを囓る。
 実は本番前にもマネージャーに持ってきて貰っていくらか食べていたのだけれど、やっぱり歌って踊った後はお腹が空くのだ。
 マネージャーが用意してくれた蜂蜜と生姜が香る暖かい紅茶。これも疲れた喉にやさしく染み渡って気分をほぐしてくれる。
「理奈ちゃん、今日は良く取り繕ったね」
「まぁね」
 マネージャーも、私がアマレットシロップのふたりを良く思っていないのは知っている。だから、人気を見せつけられた上で不機嫌な素振りを誤魔化せただけでも上々だと思っているのだろう。
「パフォーマンスも、すごくよかった」
「……んふふ」
 きっとこれは本当に思っていることなのだろう。マネージャーは嬉しそうに笑って私にそう言った。私も、そんな風に褒められたら悪い気はしない。
 マネージャーの言葉とおいしいお茶とピクルスで上機嫌になっていると、楽屋の外から甲高い声が聞こえてきた。
「理奈ちゃんだっけ?
あの子休憩中にあんな食べてて、本当は太ってるんじゃないの?」
 それを聞いてかっと頭に血が上る。確かに今日の衣装はゆとりがあるように見えるコーデだったけど、だからといってそんな事をいわれる謂われはない。
「あっ、ちょっと理奈ちゃん?」
 ピクルスの入った保存ケースと紅茶の入ったカップを机の上に置いて、楽屋のドアを開ける。そこにいたのは、声を聞いて察してはいたけれどアマレットシロップのふたりだった。
「あんた達にそんな事言われる覚えないんだけど?」
 すると、片割れがくすくすと笑って私に言う。
「だってねぇ。あんな衣装着て、体型に自信ないんじゃないの?
ステージの上あんなばたばた動き回ってるのに」
 続いてもう片方も口を開く。
「年齢だけで勝負してるのかも知れないけど、そんなお子様のお遊戯には誰も付き合ってくれないよ?」
 このふたりは、アマレットシロップは、デビュー前だったりデビュー直後の新人潰しをしていると言うことが一部で有名だ。
 事務所の方がその噂を握りつぶそうとメディアに手を回してはいるけれども、このふたりに心を折られてステージから降りたというアイドルは何人もいる。そこも私がこのふたりを気に入らない理由だった。
 私はふたりに言い返す。
「あんたたちこそ、あの程度の歌とダンスでよく恥ずかしくないね」
 私に言い返されたのが心外だったのだろう、ふたりは目をつり上げてなおも私を罵ってきた。その程度で折れるわけにはいかない。そうして言い返すと、罵倒の応酬で大喧嘩になった。
 騒ぎを聞きつけたアマレットシロップのマネージャーが遠くから声を掛けてくる。
 彼女たちは吐き捨てるようにこう言った。
「人気が実力の証明なんだから」

 ふたりが去ったあと、怒りが収まらないまま楽屋に戻る。心配した様子のマネージャーが私に色々と声を掛けてくるけれども、苛立ち紛れに怒鳴りつけるしかできない。
「あんたはもっと私の人気が出る方法を考えて!」
 それを聞いて、マネージャーは暗い顔をする。私にはわかってる。スケジュール帳に書かれている仕事の予定がまばらだと言うことが。
 まだ高校生の私がスケジュール帳が埋まるほど仕事するのは難しいというのを考えた上での調整ではあるのだろうけれども、今はとにかくそれがもどかしい。
 マネージャーも事務所の人も、私の売り込みをしているのはわかってる。
 あとは、私が期待に応えられるように歌とダンスのクオリティを上げるためにレッスンを頑張るしかないのだ。

 

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